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第十二話 駆け込み寺と書いて避難所と読む

 グレイアス・ファニー・サンドリア。

 『LinaLia』の攻略対象四人をクリアすると解放される隠しキャラ。アヴァントール学園の聖属性魔法教員。女好きで軽薄、面倒見が良く平民ながら天才的な魔法能力の持ち主。解説書の登場人物頁参照。

 そして私が最も関わりたく無かった人物である。


 他四人を攻略するとルートが解放される隠しキャラ『グレイアス』は、隠しキャラに相応しく難易度がかなり高い。

 一つでも選択肢を間違うと問答無用でバッドエンドへご案内されちゃうくらい、と言えば分かりやすいだろう。そして私の言いたい事も理解して頂けたと思う。


 バッドエンドの可能性は、そのまま私の命がエンディングを迎える可能性でもある。


 出来ることなら一切合切関わりを絶ちたいが、難易度に比例して悪役(マリアベル)の活躍シーンが多い。彼のルートは黒歴史と死亡フラグの量産源だ、潰れれば良いのに。

 唯一の救いはグレイアスは教員であり担当は聖、私は生徒で属性は真逆の『闇』である事だろう。

 私さえ気を付けていれば、向こうから関わる理由が無い。

 一番関わりたく無いが、一番関わる理由が無い。

 そう思って、安心していたのに……。



「マリア様、出来ましたか?」


「あ、はい……」


 私の自室にて、私の手元を覗き込んでいるのは、その『最も関わりたく無かった相手』である現実をそろそろ受け入れねばなるまい。

 因みに、グレイ先生が家庭教師になって今日で一ヶ月です。


  おおよそ勉強には向きそうに無いアンティーク風のハードカバーノートには、今教わったばかりの計算式が並んでいる。一番新しい文字は先生が出した問題を私が解いた物だ。


「うん、出来ていますね。マリア様は飲み込みが早くていらっしゃる」


「教え方が上手なんですよ」


 ニコニコと、子供らしく笑ってはいるが、実際は解って当然だ。

 私のノートに書かれているのは『7+2=9』『9-4=5』『4×3=12』『9÷3=3』……足し引き掛け割りの計算式が一頁を埋めている。科目は『さんすう』だ。『数学』でも『算数』でもなく、平仮名で『さんすう』。

 確かに六歳の私には相応の問題だろう。

 だけど私の頭脳は高校生×五回だ。忘れている部分は有れど、流石に『さんすう』は解る。楽勝で暗算出来る。


「マリア様はさんすうもお得意の様ですね……こくごも優秀でしたし、全体的にレベルを上げた方が良さそうです」


「あはは……お任せします」


 この一ヶ月で、私は新たな発見をした。

 グレイアス……グレイ先生と関わるのは今でも避けたいのだが、それよりも今は小学生の勉強を今更真面目に学ぶほうが、辛い。疲れるし、辛い。

 でもちゃんと順を追ってレベルを上げていかなければ、反則技で頭脳を補っている私はいつか必ずぼろを出すだろう。そうでなくても六歳児が高校生の問題に着手したら騒ぎになりかねない。

 良くて『神童』悪くて『異常』だ。

 

「これなら他の教科に手を出しても問題無さそうですね。何か学びたいものはございますか?」


「うーん……」


 勉強自体がそれほど好きでない為、学びたいものと聞かれて正直に答えたら無い、もしくは体育一択。

 しかし家庭教師相手に勉強したく無いとは言えないし、体育もまた同様。頼めば鬼ごっこくらいなら付き合ってくれるかもしれないけど、確実にお母様に叱られる。


「今すぐ思い付かなくても大丈夫ですよ。私の方でも色々考えてみますね」


「……はい、ありがとうございます」


 穏やかな笑みで笑うグレイ先生は、正しく教師に向いている。人を安心させる空気感で、子供の扱いにも長けているらしい。

 意外……と言ったら失礼だが、私の彼のイメージは二四歳の彼。今より十歳も歳上で、逆に十年で何を経験すればこの優しいお兄ちゃんがあのセクハラ教師に成長するのだろう。

 今目の前にいる先生にフラれていたら、オートモードでも多少傷付いたと思う。


 そのくらい……良い人なんです、この人。

 出来る限り距離を取ろう決意して一ヶ月。良い人、良いお兄ちゃんな彼を邪険に出来ず、グレイ先生呼びもすっかり定着してしまっているのが現状だ。

 せめて教えるのが下手だったらお父様に先生を換えて欲しいと言えたのに、グレイ先生教えるのも上手いんだよ。私がすでに解っているのもあるんだろうけど。


 本当に、どうしたものか。



× × × ×



「──と、言う訳だ。どうしよう」


「いや、知らないよ」


 ばっさりと、私の言葉を一刀両断したのは、ケイト。両親和解に協力してもらった時から、彼とは遠慮無用の関係が出来上がっていた。

 ケイトは私が猫を被っても気持ち悪がるし、私も猫を被るのは疲れる。何より、貴族としての蟠りが無い。

 マイペースなケイトだから私が何を言ってもお世辞や媚びがない。その分失礼な発言も多いけど、私としてはそっちの方が余程楽だったりした。


 平民であるケイトは小学校に通っている。それを薔薇園で待ち、ケイトのお父さんが迎えに来るまで談笑するのが私達の日課だ。

 ほとんど私の話に付き合ってもらってるんだけど。


「グレイ先生でしょ?俺も話した事あるけど、良い人だと思う」


「知ってる。だから困ってんの」


「ごめん、全然意味わかんない。良い人で、教え方も上手。家庭教師ってそれ以上に何するの?」


「……だよね」


 ケイトの言う通り。

 仮定の未来を知っているから関わりたく無い。でももし死亡フラグの心配をしなくて済むのなら、私は素直にグレイ先生になついていただろう。


「マリアは考えすぎなんだよ、アホなのに」


「私勉強できますけど?」


「うん、だからバカじゃなくてアホ」


「ぐう……」


 流石、出会いから今まで私のアホさを目の当たりにしてきただけある。ぐうの音は出たが言い返せない。


「何悩んでるのかはわからないけど、マリアはアホだから考えて行動しようとしてもアホだからその通りには出来ないと思うよ。アホだから」


「アホアホ言うな!」


 三回も言った。大事な事でも二回しか言わないのに、三回も!

 と言うかケイトの中で私はそんなにアホなのか。身に覚えが有りすぎて心当たりが無い。


「どうせ考えても駄目なんだから思ったままやってみたら、って事」


「……うん」


 生死に関わる悩みをそう簡単に片付けるのはどうかと思うが……実際私はお父様にもお母様にもその両方にも、思い立ったが吉日で体当たりをしてきた。

 グレイ先生に体当たりするかはともかく……今悩んでも実害が出るのは先の先、十年後だ。

 それに大前提として、ヒロインがグレイ先生を選ぶとは限らない。選ばれたら最悪だけど攻略対象(イケメン)は他にも四人、確率は五分んの一。

 ……うん、何とかなる気がしてきた。


「ありがとう、ケイト。アホ 呼ばわりしたのはチャラにしてあげるわ」


「事実を言っただけだからチャラにしてもらう必要はないけど」


「それでさ、今度新しい教科を教えてもらうんだけど何にしようかなー?」


「人の話を聞いて」


 知ってた?スルースキルは生きるための重要スキルなんだよ。特に乙女ゲームの悪役令嬢にとってはね。

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