第百四話 王子様
全てが終わった後に届く音というのは、ただの喧騒よりもずっと温度がなく感じる。
本来なら家に帰るまでが文化祭ですって感じなのだろうけど、片付けは大人の方々が杖を一振りであら不思議、いつもの風景に戻るという。元々この文化祭一回の為に用意したものばかりだからね、片付けというか捨てるだけなんだけど。
私の落とした爆弾の威力はそれほどでもなかったらしい、皆の意識は優勝した人にいっている。そりゃ奇行に走った人間が注目されるのは一瞬、一番目立つのは勝者だと相場が決まっている。
文化祭は終了したが、私にとって重要なのはここからだ。
各々が余韻に浸っている最中、人気のない場所は異質な雰囲気がある。熱気がないから余計に人の気配がより感じ取れるのかも知れない。
「話があるのなら聞きますけれど?」
誰もいない空間で話す言葉は独り言であるはずなのだが、私は今明確に話し掛けた。別に頭のネジが吹っ飛んだ訳ではない。
少しの間を置いて、木の間から影が一つ現れる。勿論私が想定していた人だから驚きはない。逆に相手の方は顔色が悪い。
「マリアベル……様」
「三位入賞、おめでとうございます」
血色の悪い顔色をしたクリスティン様は、私が数回会った上での印象と随分違う。清純な見た目よりもずっと溌剌として、猪突猛進な雰囲気が会ったのに。
今は人見知りな子供みたいに不安げだ。
「過程はどうであれ勝負は勝負、私の負けです」
「あれは勝負とは言えない……あなたはっ」
「全ては、結果が物語るものですわ」
私のしたことはオウンゴールと同じ、自ら首を絞めてその結果が敗北。負けに行った結果実際負けた、私にとって優勝するよりもずっと素晴らしい。
それがクリスティン様にとって納得出来ない内容であったとしても、そんな事私には関係ない。
勝負に大切なのは結果、第三者にとってはなおのこと。この場合私は当事者よりも第三者目線です。
「私はクリスティン様に負けました。これでクリスティン様の憂いは晴れましたでしょう?」
というか晴れてくれないと困る。クリスティン様にとっては勿論、婚約話に関してはさっさと消えてもらわないと困る。本命とかどんな悪夢だ。
「この結果を、よく覚えておいて下さいね?」
そしてもう二度と勝負しようなんて思わないで下さい。今度からは絶対に受けませんから、これが最初で最後ですから。
「それでは、ごきげんよう」
空気を纏って背を向ける。ちゃんと笑ったはずなのにクリスティン様の顔色が一段階悪くなったのは何故だろう……そんな凶悪な顔はしてないと思うんだけど。
× × × ×
最終日の夜は勿論後夜祭がございます。後夜祭とか言いつつ規模が恐ろしいから、これもう付属じゃなくメインですよね。
学園敷地内なはずなのに、パーティー会場が広すぎて私は若干どころではない恐怖を感じているよ。ここはどこの魔法世界だ、あぁ魔法学校でしたねそういえば。
「熱い……」
広いとはいえ人が密集しているせいか、もしくは私の精神的な問題か、熱気が肌に絡み付く感じが不快だった。優勝者が目眩ましになってくれているとはいえ、私の姿を見かければそりゃ注目されるし視線は刺さる。
エルやプリメラは色々と言いたげだったが、結局何も言わずに労った上一人にしてくれている。ここで根掘り葉掘り聞いてこない所が、私みたいな合法年齢詐欺でも付き合いやすい所以なのかな。
噴水の見えるベンチに座ると水の冷気が心地いい。噴水がある事には今さら突っ込みもないだろう。
一応正装として皆着飾っているが、私はコンテストで使うはずだったドレスを使い回した。折角送ってもらったしね。クリスティン様に貸した分はクリーニング後そのまま実家に送ってもらう手筈になっている。新品にして返すとか言われたけど、関わるのが面倒だったので丁重にお断りした。
「やっと、終わった……」
色々ありすぎたし、起こしたしで疲労困憊だ。いつかのツバルに喧嘩を売った日に似てるが、未来への不安がない分楽ではある。
日が落ちて温度が下がり、風も出てきた。いつもなら肌寒く感じそうなものだけど、今の体温には調度いい。でも揺れる髪が視界にも、呼吸するにもちょっと邪魔だ。
「見つけた」
「っ……何だ、ケイトか」
後ろから声をかけられて、油断しきっていたからお手本みたいにビビってしまった。いつもなら声ですぐ分かるのに、疲れているのと気を抜きすぎていた事、完全にだらけていた事で余裕がなかった。
あからさまにホッとした私を気にかける事もなく、近付いて来たケイトは断りを入れる事なく隣に腰を下ろした。いつもの事だし、当たり前すぎて気にもならないけど。
「後夜祭には来てたのね」
「マリアがいるだろうから、労ってやろうと思って」
「それはどうも」
クスクスと笑いながら、風で崩れた髪を直してくれる手を受け入れた。
元々手先は器用だし、私と一緒にいたせいかケイトは女の子の髪をいじるのに抵抗がない。三つ編みとか、一見凝っている髪型も簡単に再現して見せたり。
「え……っ?」
そんな事を考えていたら、突然引っ張られていた頭皮が解放される。拘束が解かれた様な開放感と共に、肩からずり落ちる髪の量が増えた。
「ちょ、何……!?」
「はい、暴れんな。ちょっと後ろ向いて」
何すんのよ……と怒りたかったのに。突っ掛かろうとした私を簡単にいなして、肩を掴んだかと思うとくるんと反転させられた。
「ケイト……?」
「んー……ちょっと、待って」
「……?、?」
意図が分からなくて私の脳内はハテナが飛び交っているのだが、マイペースなケイト分かっていても気にはしてくれない。よーく知ってるんで諦めるのは私の方なんですよいつもな!
「……よし、出来た」
満足そうな声と一緒に、触れていた手が離れていく。
首もとがさっきよりも涼しく感じるし、ケイトの手の動きからして何かしら髪型を作ってくれたとは思うんだけど。
「急になんだったの……?」
「鏡で見てみ」
パーティー用の小さな鞄は財布すら入らない。普段使いには全く向かないけれど、パーティーではこのサイズが一番使い易いのだから不思議なもので。私はハンカチと手鏡、折り畳まれた櫛が入っている。
手のひらに収まる小ささだけど、私の顔を写すには充分。
「え……」
菫色の髪が綺麗にまとめられていて、お団子には編み込みが絡まって可愛い。ケイトはこういうのを誰から教わっているのか、私は出来ないけど。
そして一番気になるのは、咲き誇る青い薔薇。
「これ……投票用じゃない」
「ん……マリアの髪色だと似合わねぇな」
「勝手にやっといて……」
する前から分かるだろうよ。同系色だから探せば似合う青もあるんだろうけど、この投票用青薔薇は似合わない分類だった。
「というか、こんな事に使っていいの?折角貰ったのに……」
事前用の赤い薔薇の時だって、使わずに調べたいとか言ってたよね。色の出し方を考えれば赤も青も欲しいと思うんだけど。
「一番綺麗だって思った相手に渡すんだろ」
さらっと、当たり前の様に。むしろ何言ってんだとでも言いたげな表情で。
だから一度、すんなり納得してしまった。文字だけを理解して内容の意味を置いてきぼりに。勝手に脳内でリピート再生されてようやく全てを飲み込めた。
「っ……!?」
そして混乱しました。
「え、何……っ、はぁ!?」
「すげぇ顔」
思わず笑う頬をひっぱたいてやりたくなった。誰のせいだと思ってんだ、お前だよ。あれだけ舞台上で、私美人なんで宣言しておいて今さらだが、ケイトから言われるとなると訳が違う。
マリアベルの容姿が綺麗な事は私だってよく分かっているし、他の誰かに言われたなら笑って流し終了だった。
でもケイトは、私にそういう感情を抱かないって思ってたから。まず美醜に興味が無いんだと思ってたし。
「マリアは負けたがってたから投票はしなかったけど、俺の票が他に行くと思われてたら心外だし」
もう瞬くしかない、今目の前にいるのは本当にケイトなのか。もしかして幻覚……そっくりさん?
渦巻く思考が冷静さをどんどん削っていたが、不意に首筋を撫でた風が私の脳を無理矢理叩き起こす。そういえば今はなんだっけ、後夜祭の最中だった、と。
「風強くなってきたか……そろそろ中戻るぞ、体冷える」
「……うん」
当たり前の様に差し出された手を取って、私達は再び会場に戻った。ケイトがあまりにいつも通りだったから私も取り乱している方がアホらしくなって、その後蒸し返す事はなかったけれど。
自室に戻り大きな鏡に写った自分を、菫の中に咲く青薔薇を見て、思い出す。
優しく笑うケイトの顔。私と同じ正装だったけれど、ネクタイは緩めていたし腕は捲っているし、いつもと違うのは服本体だけで着方はまるでなっていない。
洗礼されたかっこよさなんてなかった。いつもと同じケイトだった。
でも私には、あの一瞬……ケイトがまるで王子様みたいに見えた。
腹が立つから、絶対言ってやらない。知られたって気持ち悪がられる。
誰に讃えられるより、あんな分かりにくい言葉が一番嬉しかったなんて、絶対に。




