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第百話 覚悟の方向

 文化祭を三日後に控え、私の噂は……まぁ相変わらず。むしろ少し悪化しました。

 初めは皆噂の真偽を考察してる様だったけど、私があまりに平気な顔で過ごしているからか、より過激というか……あんな事をしておいて平気な顔してる、許せない!みたいな方へとシフトチェンジしていた。

 テンペスト家の令嬢に面と向かって苦言を呈したり、かつてのマリアベルの様に呼び出して囲ったりという様な事は無かったけれど、陰口の声はでかくなりました。私に聞こえてる時点で陰じゃないけど。


 本日は、そんな悪口なんて消し飛ぶくらいに嫌……なのはお互い様なんだけど、逃亡したい約束がありまして。


「ごきげんよう」


「……ごきげんよう、クリスティン様」


 衣装を貸し出すに当たって、色々と相談をしようという事になり、本日は最終確認を行う事になった。因みにご機嫌はよろしくありません、私だけでなくお互いに。

 学園中に漂っている噂に則れば、私は加害者でクリスティン様は被害者。私にとってはただの冤罪だけど、クリスティン様にとっては自分を害した相手であって……美しい顔がめっちゃ険しくなってて泣きそう。お父様もそうだけど、美人の顰めっ面は迫力凄い怖い。


「貸し出す衣装はこちらで……サイズの確認は済んでらっしゃいますか?」


「丈は問題無かったしきつい所も無かったわ。少し胸元が大きかったけど、気になる程ではなかったし」


「良かった。ではこちら、お持ちになって下さい」


「えぇ、ありがとう」


 この控え室は犯人が捕まらない限り安心して使えないと、当日まで衣装も小物も自室で保管する事になった。私とクリスティン様は最終確認が終わるまでそのまま使わせてもらったけど、今日から三日間は自室に持ち帰る事になっている。

 小物は元から用意していた物を使うらしいが、靴は一緒に貸す事になっている。

 私は良いけど……クリスティン様にとってはどうなのかな。彼女が私の事をどう思っているかは分からないが、客観的に見ると一番怪しい事には変わりない。

 彼女から宣戦布告という形で挑まれた勝負、このコンテストの結果にルーナの婚約者という立場がかかっている。少なくとも、クリスティン様にとっては。


「……あの、クリスティン様」


「何かしら」


「勝負の、話なんですけど」


「……えぇ」


 クリスティン様の眉間のシワがより濃くなって、空気が一層重くなる。私も出来れば話題にしたくないけれど、今さら後悔したって後の祭り。


「今回の勝負は……取り止めにしませんか?」


「っ……!」


 グッと唇が強く結ばれて、視線に鋭さが増した。不機嫌というよりは……嫌悪感、もしくは軽蔑に近いと思う。

 想像していたよりもずっと険悪な雰囲気にたじろいでしまうけど、言葉は撤回出来ないし私としても出来れば頷いて欲しい。

 このままいけば……私は負けられるかもしれない。それをずっと望んでいたし、出来るならこのまま続行してルーナの婚約者候補を返上してしまいたい。

 だが、正直な所クリスティン様の順位も怪しいのだ。今回の噂は私が悪者で落ち着いている様に見えるけれど、所詮第三者というのは善悪に頓着が薄い。

 悪の中に免罪符を見出だしたり、被害者に自業自得な面を想像したり。結局の所、噂になった時点で関わりたくないと思われるのだ。人が被害者に対して自衛だ警戒心だと責めるのはそういう事だと思う。

 その良し悪しは知らないけど、このままではクリスティン様にとっても不本意な結果が待ち受けているかもしれない。

 だから、この勝負は流しす方がいいと思った。私にとっては勿論、クリスティン様にとっても全力を尽くせない勝負に挑まなくて済む。

 出来るなら、勝負を持ち越している間になんとかクリスティン様の婚約を結べないかという下心。

 お互いにとって、最善だと思った……のに。


「ふざけないで」


「っ、……!」


「取り止めはないわ、絶対に」


 声に乗る怒りがあまりに鮮明で、思わず一歩後ずさる。そうすれば一歩、クリスティン様が近付いてくる。

 距離は遠ざからず近づかず、一定の距離で感じる熱が肌を撫でる。 


「今回の一件……私は貴方が犯人であろうと構わないと思っているの」


「え……」


「勿論別に犯人がいても、どちらだっていいのよ。犯人探しなんて興味ないわ」


 どうでもいいと、言えるくらいに。

 彼女にとって、この勝負は大切なものだった。


「どんな条件であろうと、勝敗には関係ない。イレギュラー、ハプニング、その全てを理解した上で、私はあなたに勝負を挑んだのよ」


 もし仮に今回の事件が影響して負けたとしても、結果を受け入れ潔く身を引くだけの覚悟はあった。

 勝負にはあらゆる要素があり、正々堂々、お互いがベストの状況下での勝敗のみを採用するなんて……そんな物は勝負ではなくただ才能の優劣を明確にしただけ。


「私は、本気で彼を愛しているから、本気で隣に立ちたいと思っているから、あなたに勝つと決めた。このコンテストで、あなたに勝つって」


 目は口ほどに物を言う。正にその通りで、クリスティン様の瞳には私への怒りと闘志で煮えたぎっている様に見えた。

 彼女は、本気で私に挑み、ルーナの隣を手に入れるつもりだった。負けたら、その恋も夢も捨てるつもりで。

 生半可な気持ちではなく、文字通り全てを手に入れる覚悟と捨てる覚悟をして。


「延期はしない。取り止めもない。私は……必ずあなたに勝って見せる」


 エメラルドの瞳がぎらりと光って、それは二度目の宣戦布告。

 金糸の揺れる背中は、気が付くと随分遠ざかっていた。


「……最、悪」


 吐き捨てた言葉は、誰でもなく自分に向けたもの。

 自分の身勝手さに吐き気がして、人生で一番真剣な後悔が襲ってきた。

 彼女の覚悟を軽んじて、自らの半端な下心を口にした事。なんて浅ましく愚かな提案だったのか。

 この勝負は、投げつけられた果たし状。一方的かつ身勝手な条件だったけれど、それでも流され受け入れたのは自分自身。

 クリスティン様が挑んだ者をして覚悟を持っているのなら、私だって受けた責任がある。


「……どうしたものか」


 勿論、勝つ気などない。全力で負けるスタンスは変わらないが、勝負自体を延期するのはあまりに卑怯だった。負けを目指している時点で問題あるかもしれないけど、明確な手加減が出来ない勝負内容だから許して欲しい。


 まとまらない考えが脳内をぐるぐる渦巻いて……結局何の案も出ないまま三日が経ち。


 文化祭が始まった。



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