第九十九話 特権
あっちでひそひそ、こっちでひそひそ。私が立てば声が止み、私が歩けば視線が背中に着いてくる。そして私が教室を出れば、塞き止められていた感想が洪水を起こす。
いやー、一日で大変な事になりました。
どこから漏れたのか、昨日の今日で学園規模の伝言ゲームが開催されたのか。どこまで広がっているのかは把握しきれていないけど、少なくとも教室には蔓延してるみたいです。居心地最悪だわ。
仮にもこの数ヶ月一緒に勉学に勤しんだ身でここまで露骨に怪しまれる……少々傷付く。私の信用って紙切れ程度だったのね。
確かに、気持ちは分かるよ。多分私が普通の……ただあんまり喋らないクラスメイト程度ならもう少し皆噂の真偽を問うてくれたと思う。
でも今回、噂の中心は私。それも加害者として。
自分でいうのも何だが、やりそうだもんね。むしろそう見える様に出来た顔だもんね。もし被害者加害者が逆だったらここまでになってないだろう、マリアベルが被害者とか嘘臭すぎる。
「マリアちゃん、大丈夫?」
「えぇ……むしろ、ごめんなさい、巻き込んで」
「気にしなくていいよ。でもまさかあたしと別れた後でこんな事になるなんてなぁ」
休み時間、普段ならわざわざ教室を出たりしないが、今日はあまりに居心地が悪くて早々に離脱した。声というか、視線が煩かった。
エルやプリメラも例の噂を聞いたらしく、朝から突撃してきた時はめちゃくちゃ驚いた。寮制度って噂の回り方えげつない。
二人にまで疑われていたらどうしようかと思ったけど、そんな心配は杞憂でしかなかった。二人とも凄く心配はしてくれたけど、私が犯人とは欠片も思っていない様で。
「マリアちゃんがそんな事する訳ないもん」
「直接喧嘩売ったっていうなら分かるけど、陰で嫌がらせとか考えつかないタイプだもんな」
プリメラのは素直に嬉しかったけど、エルのは微妙にディスられてる気がしました。一度二人の前で令嬢相手に正面から両断したの見られてるから否定出来ないけど。
「にしても……どういう事なんだろ」
事の概要は二人とも噂で知っていたし、私は一応口外禁止と言われているので改めて説明はしていない。
逆に噂の内容を教えてもらったが、結構事実そのままで驚いた。私が犯人って部分以外は。
秘密の意味を理解していないお喋りが流したにしては曲解が少なくて、それが余計にただの噂の域に収まっていない。
「優勝候補を潰したいならクリス様だけっていうのはおかしいよね。仮に今回の一件でクリス様が辞退してもマリアちゃんがいる限り優勝は無理だもの」
「まぁ……そうね。だから余計に私の犯人説が濃厚になった訳だし」
「それに集合場所も……本当は違ったんでしょ?」
「みたいね」
実はあの日、サラから控え室に集合と聞いた後で、やっぱり一度全員で集まってからという事になったらしい。その事伝えようとサラが教室に戻った時には、私はすでにエル達と出た後で。端的に言うと入れ違いになったらしい。
だから私は抜いて、他の人達で集合してから控え室についたら……言わずもがなです。この時点で色々と陰謀を感じますね、オブラートを排除して言えば、嵌められた。
「そういえば、サラは……大丈夫なの?」
「どうかしら……あれから話してないのよね」
本人が私を疑っているかどうかは知らないが、周りが露骨に嫌そうな顔をするので近付けない。もしかしたら当日断られるかなぁ……と少々気になるが、その時は自分で何とかしよう。マリアベルとしては経験がないけれど、一応基本的な化粧くらいは出来る。
「人の興味なんてあっという間に移り変わるものだし、文化祭が終わればどうせすぐに忘れるわ」
嵌められたとわかった上で犯人を野放しにするのは心配だが、下手に追求すれば噂が余計に酷い結果になりかねない。
犯人の目的が本当にクリスティン様なのか、私を貶める為にクリスティン様を使ったのか、両方を狙って一石二鳥の行動に出たのかはわからないが、どれにしろコンテストが終われば目的は達される。私は罰されずとも評判がた落ちだし、クリスティン様の優勝も確実ではなくなっている。
今一番心配なのはもし、万が一、私がクリスティン様に勝ってしまったらと思うと……二十三重の被害が予想されます。
「はぁ……」
元々憂鬱だった当日が、八割増しで鬱屈した物になりました。
× × × ×
視線と陰口の中、授業と休憩を終えた放課後。私が避難する所なんて一つしかない。
「お疲れさん」
「本当に、疲れた……」
こつんと頭に当たったのは、ケイトが持参しているマグボトル。呼べばどこにだってティーカップに入った飲み物が運ばれてくるが、ケイトはあの格式ばった感じが苦手らしい。中身は寮で頼んでいるから同じなんだけどね。
ぐったりとしているから、一息つくためにも飲めって事なのか。お嬢様に対してこの対応、私以外だったら問題になりそうなもんだが。
実は昔からよくある光景だったりする。家にいる間はマイボトルではなく普通のカップだったけど、幼い頃から回し飲みを平気で行ってきた延長だ。ケイト以外とはやらないけど。
「視線が鬱陶しい、陰口は聞こえない所でして、もしくは直接言いに来い……!」
「荒んでんなぁ」
「何で私の方が気を遣って離れてあげなきゃいけないのよ……悪口と主観での噂はもっと周り見て」
「悪口自体は許容しちゃうのってどうよ」
「だって……正直興味がないわ」
「自分の事でしょうよ」
だって実際どうでもいい。私の預かり知らぬ所で勝手に盛り上がる分には、いくらでもお好きになさって下さい。
ただ本人に勘付かれるなら、いっそ正面からぶつけに来てくれ。そうすれば弁解、もしくは拒絶だって出来るのに。
こういうのって本来言う側が気を遣って本人に伝わらない様にするべきだよね、何で言われてる私が聞こえない様に人気のない花壇まで逃亡せねばならないのか。
いや本当、聞かれたくないなら周りを見ろ。
「ほんと、お疲れ様」
「うぅ……」
「してほしい事は?」
「ここにいて、隣に座ってて」
「了解」
重いため息を吐く私の頭を、ぽんぽんとケイトの手が柔らかく触れる。
不満を口に出したおかげで少しスッキリした……傷付いてはいないけど、思っていたより鬱々とはしていたみたいだ。
エルとプリメラといる時は何も気にしてません、へっちゃらですって思っていたけれど。ケイトに会ったら自覚していなかった苛立ちが噴き出して、結果ぶちまけた。
二人を信頼していない訳じゃないし、平気だと思った事だって紛れもない事実だけど……ケイトでなければいけない部分が、私の中には明確に存在する。
「甘えてるなぁ……」
「甘やかしてるの間違いでしょ」
「ケイトって私に甘いの?」
「時と場合によって」
甘やかされてるとも思うけど……私が頼りっきりというか、しっかりしてないからじゃないかな。甘えてるから、許容してるというか。
「叱咤か激励か慰めか、その時必要そうなのを選んでる」
何度も思っているけど、お前はエスパーか。しかも実際に当たってるから余計に、気のせいとかではなく本当に分かってる可能性が濃厚すぎる。
「マリアは分かりやすいし、俺は察するの上手いから。最終分からなくても聞けば素直に答えるだろ」
「それは……嘘付く必要ないから」
「秒でバレるしな」
「うるさい」
どうせいつも世話になってるよ、ありがとう!
腹いせにボトルの中身を全部飲んでやったら、きょとんとした後笑われた。そして口パクでバーカって言われた、声に出さない辺り小馬鹿にしてる感じがしてより腹立つ。
仕返しがしたいけど、生憎今は何もない。手にあるのは空になったケイトのマグボトルだけ。
「……ケイト、ちょっと向こう向いてて」
「は……?」
意味が分からないと首を傾げ、それでも私に背を向けてくれる辺り、ケイトが私に甘いのは確かなのかもしれない。
何の警戒もない背に嬉しくなったけど、私の目的は一つ。襟足で揺れるリボン結びを解いた。
「え……」
「こっち向かない、そのまま」
散らばった髪は肩にかかって、男の子にしてはやっぱり長い方だと思う。結んでいたくせに何の癖もないサラサラストレートなのが羨ましい妬ましい。
紐を唇で挟んでいる内に両手で髪を整えて、片手で押さえている内にくるくると紐で結んだ。あまり得意では無かったが、出来栄えは上々。
「ん、完成」
「何したの?」
「ふふ、可愛く出来たわよ」
「はぁ……?」
一つに纏められていた髪は首を隠したまま、いつもの機能性重視とはまた違う髪型は予想通り似合っている。後頭部で揺れるリボン結びが可愛くて、そこだけ見たら女の子みたいかも。
「私とお揃いにしてみました」
「そういう事……急にどうしたのさ」
「仕返しがしたかったけど思い付かなかったから、ただの愉快犯よ」
「胸を張って言う事じゃねぇし」
「ふふっ」
完全に呆れられてるけど、私は満足だ。
それが笑顔となって現れると、つられてケイトも呆れた様に笑った。
「元気になった?」
「……えぇ」
頷いた私に、今度はケイトの方が満足した様子で。伸ばされた手が私の前髪をぐしゃっと撫でた。絡まるって何度言っても変わらない撫で方は、もう安心材料の一つになっている。
何も解決していないけれど、私の心だけは晴れやかだった。




