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第八話 一か八か

 急がば回れ。急いでいる時ほど横着せずに安心安全な道を選びなさい。

 先人はよく言ったものだ。何か前にもこんなこと思った気がするけど過去は振り返らない方向で。今の私に、回っている暇は無い。

 鉄は熱い内に打て、だ。


「お母様、お父様」


「マリアちゃん、どこに行っていたの?」


 ケイトへの根回しを終えて戻った時にはもうパーティはお開きになっており、残っているのは片付けをしている使用人達と私を待っていた両親だけだった。

 一応主役を余所において解散するなよとも思ったが、元々建前でしかない四歳児のお誕生日会だ。遊びに出た子供を待ってくれる人などいないだろう。

 それに、今はその方が都合が良い。


「お料理やケーキは食べられた?途中から姿が見えなかったけれど……」


「えぇ、おなかがいっぱいで苦しかったから外で休んでいたの」


「そう。なら良かった」


 私の言葉に緊張の面持ちだったお母様はホッと息を吐いた。

 どうやら料理の並ぶテーブルに私の姿が無かった事が不安だったらしい。

 心配性だな、なんて思ったのは一瞬で。今日四歳を迎えた娘が視界からいなくなればそりゃ不安だよね。

 娘じゃなくても子供の一人歩きは怖い。例え敷地内であろうとこんな広すぎる屋敷の敷地内なんて外と同じだ。勿論その分警備は万全なんだろうけど、そう言う問題ではないのだろう。


「今日は疲れたでしょう。お風呂の準備は出来ているから、早くお休みなさいな」


「ありがとうお母様」


 中腰になって話すお母様の後ろでは、お父様が秘書のオルセーヌさんと話している。

 うん、こっち見てないな……。

 お父様との距離を慎重に確認しながら自分の口元に手をかざす。分かりやすい内緒話の格好に、お母様の方から私の口元に耳を持って来てくれた。


「あのね、マリア、お母様におねがいがあるの」


「お願い?」


 出来る限り子供っぽく、可愛く幼くを心がけて。これは子供の無邪気なお願い、なんの他意もありませんよー。

 下手に勘付かれたら、計画したのが四歳の子供だってことでうやむやにされかねない。

 正常な思考と理性は奪ってしまうが吉、今回の場合は大吉のはず。


「あのね、明日──」


 誰にも……特にお父様に聞こえないような小さな声で言った私のお願いに、お母様は何の疑いもなく、何時も通りの優しげな笑顔で頷いてくれた。

 


 次の日のお昼、私は大きな鞄を背負ってお母様の手を引いていた。


「マリアちゃん、そんなに慌てなくても」

「あわててないけどいそがないと」


「……?」


 小走りに廊下を進む私にお母様はきょとんと首を傾げたけれど、不審に思った訳ではないらしく何も言ってこなかった。

 子供のやることなんて、大人の想像を軽く越えていく。そう言うことにしておけばどんな不測の事態も『子供だから』で済んでしまうから素晴らしい。

 現金と言われようと今の私にとって四歳児の自分は最高の装備だ。


「ここよ、お母様」


「中庭に来たかったの?」


 目的地は、四方を囲まれた文字通りの中庭。広すぎる我が家には中庭も裏庭も多すぎる広すぎるが、今回はその中でも屋敷の中心にある一番小さな場所をセレクトした。

 理由?逃げやすいからですけど?広くて障害物が無い場所だと不利なので。

 お母様と繋いでいた手を強く引いて、連れていくのは中庭に備え付けられたベンチ──に座っている人物。


「おまたせしてすみません、お父様」


「マリア……お前」

「キルア様……?」


 お互いを見つめて、驚きを隠せないでいる両親。

 同じ屋敷に住んでいるのに顔を合わせただけでこんなに驚くって……あんたら本当に夫婦か。よく私産まれたな、いやマジで。


「マリアちゃん、これは……っ」


「お父様、お母様」


 お母様が驚いている間に手を離して、 一歩一歩後ろに下がっていく。

 日除けのある渡り廊下に乗って、こちらを見る二人にはっきりと、言った。


「マリアは家出させていただきます」



× × × ×



 昨日、デカ過ぎるお風呂は何時も通り落ち着けない物だった。能面メイドのお手伝い付きだから余計に。子供の手って小さいよね嫌になっちゃう。赤ん坊の時の羞恥心に比べたらマシだけど。


 小さな手に相応しい小さな頭を洗われて、ついでに体も洗われて、ふかふかのタオルでくるまれた後、四歳児に不相応なシルクのパジャマを着させられ……今。

 私がいるのは自室ではなくお父様の、秘書の、部屋の前。

  数回のノックに「はい?」と言う声が返され、扉を開いてくれた声の主は数回キョロキョロした後目線を下げてくれた。

 小さくてすいません。


「……マリアお嬢様?」


「おそくにすみません、オルセーヌさん」


 父の秘書、オルセーヌ・エリックさん。緩くまとめられた腰まであるオレンジ色の髪、髪と同じく鮮やかな瞳、片目に貼り付けられた黒い眼帯がミステリアスな美青年。お父様の幼馴染みでもあるらしい。

 本当は呼び捨てで呼んで欲しいって言われてるんだけど……お父様の同級生を呼び捨ては流石に出来ないからね。無邪気な四歳児なら呼べてたんだろうけど、そこまで順応出来ないですごめんなさい。


「……とりあえず中へどうぞ。お風呂上がりで風邪を引いてはいけませんから」


「はい」


 良かった、追い返されなくて。

 一応お嬢様と一使用人の立場だから少し心配だったけど、よく考えたら立ち話の方な失礼になる……のか?

 どっちにしろ四歳児の女の子を部屋に招き入れたところで下世話な噂なんて立ちようもないだろう。

 オルセーヌさんはロリコンですって噂が立ったらヤバイけど……オルセーヌさんの外見ならロリコンじゃなくて子供好きになるだろうし、心配無用。女のイケメンへのフィルターって凄いし。


「生憎珈琲しか置いていませんから、何か飲み物を持ってこさせます」


「大丈夫です……ないしょのおはなしなので」


「……わかりました」


 私をソファに導いて、目線が下になるように屈んでくれる。女の扱いに長けてらっしゃる。柔らかく細まったオレンジの瞳が何とも優しげで……普通の四歳児なら王子様みたいとか胸を高鳴らせている所だ。

 今の私は四歳児に擬態しているだけの大人だし、ドキドキ胸を高鳴らせている場合でもないけど。


「オルセーヌさんにおねがいがあって、来ました」


「はい」


「明日、お父様を一日お休みにしてください」


「……はい?」


 私からのお願い、それは明日、お父様の予定を空っぽにすること。

 本当は明日って限定したくなかったけど……お父様は我が家の当主だし、偉い人だし。だからって何時になるか分からないお父様の休みを待ってもいられない。

 待っている間事態が動かなければ良いけれど、後退する可能性が大なので。私の心はそこまで耐久性に優れていない。


「……マリアお嬢様に寂しい想いをさせてしまったのであれば申し訳なく思います。キルア様とも相談して日程を調整いたしますからそれまでは──」

「わたくし、明日家出するんです」


「へ……?」


「お父様とお母様はおはなしすべきです。お二人はわたくし無しではおはなししません、でもわたくしがいても自分の気持ちをはなそうとしません」


 私を介して話す二人は、私がいるから腹を割って話そうとしない。

 四歳の娘に明け透けな夫婦の会話を聞かせる訳にはいかないと思っているのかもしれない。

 なら、私が家から離れるのが一番だ。


「友人に言われました。わたくしの両親は仲がわるいのかと」


 『言われた』と言うより『言わせた』って感じだけど。


「わたくしもそう思いました」


 話さない、出掛けない、目が会うことすら少ない。

 夫婦じゃなくて友達、下手したら知り合い以下の交流しかとらない二人。

 あれで『お父様とお母様は仲良しなんだね』なんて言えるのはリアル四歳児でもあり得ない。現実逃避がお上手ですねと返す以外無くなってしまう。


「だから二人が、二人でおはなしできるようにしたいのです。家出先はオルセーヌさんだけにおしえておきますので、きょうりょくしていただけませんか」


 してくださいお願いします。

 その意味を込めて、頭を下げた。オルセーヌさんの方が下にいるから項垂れたように見えたかもしれないけど。


 どれだけそうしていたのか。私の方は緊張のドキドキで物凄く長い時間がたった様に思えたけど、実際は物の数秒だったんだろう。

 

「……分かりました」


 つむじが受け止めた声は優しくて、勢いよく上げた視線はオレンジ色とぶつかった。


「仕事は明後日からキルア様に頑張っていただきます。私も、二人の事は気にしていましたし……マリアお嬢様にそんな心配をさせるなんて、親として問題ですからね」


「あ……ありがとうございます!!」


「いいえ」


 上げた視線をまた勢いよく下ろすと、後頭部に優しくて髪を撫でる感触が。

 頭を撫でられている。女子高生だったらキュンポイントだったけど今はそれどころじゃない。


「では家出先と……マリアお嬢様の作戦を教えていただけますか?」


「はい!」


 と言うわけで、私は頼もしい味方を得る事が出来た。私の計画を軸にオルセーヌさんがお父様とお母様の逃げ道を防ぎ、穴を全て埋めて、私には分からなかったお父様の情報……性格を盛り込んだ作戦は完璧といって良いだろう。

 これで失敗したら、もう諦めるしかない。




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