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[四票]凡人の第六感が風雲急を告げる

「勇司があたしにふさわしくない、ってどういうことよ」

 漣がとげを含んだ口調になる。

「だって彼、見るからにさえないでしょ。あんた、ヒロイズムにでも酔ってるんじゃない。哀れな男の子に手を差し伸べるあたしって素敵、みたいに」

 栗毛女子が敬虔なシスターよろしく、手を組み合わせた。

「手を差し伸べてくれるのは勇司のほうよ。あたしには借りが山ほどあるの」

「いい子ちゃんぶって。いいえ、優越感に浸っているのかな。人間って、自分より惨めな底辺を認識すると、心が平穏になる生き物だから」

「やめないか。無闇に人を侮辱してはいけないよ」

 漣が噛みつく前に、千駄木が仲裁した。

「彼女に代わって俺が謝罪する。不愉快な思いをさせて面目ない。でも彼女の言い分にも一理あると思うんだ。御神楽さん、俺たちのグループに入ってみる気はないかな。きっと見識も広がるよ」

 大勢の生徒が加入を希望しても門前払いされる〈SC〉へのスカウト。悪い話じゃないはずだけど、胸のうちがもやもやする。おれ、千駄木にヤキモチ焼いてるのだろうか。

「願い下げです」

 漣はにべもなく断った。刹那すら逡巡していない。

「理由を聞かせてもらえるかな」

「勇司の悪口言う人たちと、打ち解けられないと思うので」

 漣は栗毛女子をへいげいした。

「あんたの目、節穴なんじゃないの。将聖くんの誘いを蹴った挙げ句、女々しくダサ男のお尻追っかけてさ。狂気の沙汰よ」

 負けじと栗毛女子も応戦する。細身の見た目に反して勝ち気らしい。

「訂正して。勇司はダサくなんかない」

「嫌よ。将聖くんと比べたらザコすぎじゃん」

「あなたは上辺ばかりにとらわれて、勇司の長所を見ようとしてないの」

「将聖くんがイケてるのは周知の事実じゃない。人気投票が揺るぎない証拠。そっちの彼、十位以内にランクインしたこともないでしょ。張り合おうとするだけ、おこがましい」

「ラン……が……よ」

 漣が肩をわななかせ、何ごとかつぶやいた。

「聞こえないけど」

 栗毛女子が耳に手を当てた。

「ランキングが何よ!!」漣がベンチから立つ。「他人の格付けや統計なんて関係ない。誰が一番かは、あたしが決める!」

「開き直りね。あんたは事実から目を背けたいの。世間からずれた自分の感性を、認めることにビビっているだけ。多数決は〝正義〟なのよ、おバカちゃん」

「白熱した議論はお開きにしないか。注目の的だから」

 千駄木が漣と栗毛女子の口ゲンカに水を差した。彼の指摘通り、おれたちの一挙一動が屋上にいる野次馬の見世物になっている。

「将聖くんが言うなら自粛する」

 栗毛女子が矛を収めた。教育が行き届いている。

「賢明だね。御神楽さんも」

「上等じゃない」

 千駄木のセリフを漣が遮った。

「証明してあげる。勇司が先輩よりもカッコかわいいってことを」

『かわいい』ってなんだよ。突如として新機軸ぶっこまないで欲しいな。

「どうやってやるのよ。口論でも実戦でも、とことんまで付き合うけど」

 沈静化しかけた栗毛女子の闘争心が再燃したらしい。

「正義の方法とやらで、勝負すれば文句ないでしょ。全校の女子にアンケートを取って、白黒つけましょう。勇司と千駄木先輩、どちらが人気あるのか」

「男女の人気投票は年二回よ。あと半年、のんびり待てってこと?」

 漣が首を左右に振る。

「悠長に先送りするつもりはない。手っ取り早くいきましょう」

 漣の口元が挑発的につり上がった。

 おれの胸中に悪い予感が膨れ上がる。漣がよこしまな顔つきするとき、決まっておれに災厄が降りかかるからだ。

「あたしは男子人気投票のやり直しを所望します」

「あんた、正気? 再選挙を申しこむ権利があるのは、ランクインした人だけよ。権利はあっても誰も行使しないけどね。だって将聖くんは、ダントツの一位だもの。たとえ再戦しても、恥をかくのが目に見えてる」

「勝負ってのは、やってみなくちゃ分からないものよ」

 漣がスマホを操作し始めた。目的の画面を呼び出したらしく、携帯電話を反転させる。

「あと勇司には申しこみのチャンスがある。だってランキングに名を連ねているもん」

 千駄木と〈SC〉会員たちは、漣のスマホに目を凝らした。

 おれも起立して、仲間入りする。人気投票の結果発表画面で、最下位争いが表示されていた。同率ビリ数名のうち、問題の氏名がある。

『藍園勇司 1票』

 なんてこったい。よりにもよって、黒歴史がお目見えするとは。

 投票したのは、御神楽漣。いわば身内票だ。バレンタインデーで母親からもらうチョコレートに近い、カウントもはばかられるデリケートな珍事。いっそ0票なら圏外なのに、一票あるせいで最下位に滑りこんでしまう。

 毎度漣に「投票はしないで」と懇願したにもかかわらず、馬の耳に念仏で約束をほごにされた。もはや嫌がらせではと疑いたくもなるけど、当の漣に悪気がないのだから叱るに叱れない。おれは半年ごとに生き恥をさらしているわけだ。

 漣がどや顔で告げる。

「ほらね、勇司は要件を満たしてるでしょ」

〈SC〉のメンツが気の毒そうに眺めてきた。言いたいことは分かる。

「無様なビリっけつが、よくも頂点に挑もうと思ったな。天につばするほどの無謀だぞ」

 おれは場違い感に耐えきれず、逃走したくなった。

 千駄木が笑いを噛み殺す。

「いやはや、参った。君たちのことを見くびりすぎていたようだ」

 漣には嫌味に聞こえないらしい。

「忠告です、先輩。上ばかり見ていると、つまづきますよ」

「アドバイス痛み入るよ。ではこっちとしても無下にできないね。御神楽さんの挑戦状、受けて立とうじゃないか」

「ちょっと将聖くん。本気? こいつら駄々こねてるだけで、勝負なんて時間の無駄よ。というか学校中の笑いの種になりかねない」

 栗毛女子がボスに再考を進言した。

「俺の評判なんて、さして問題じゃない。応じることで御神楽くんの気が済むなら、安いものさ」

 千駄木は栗毛女子から漣に視線を移した。

「ただし、受けるうえで一つ条件がある」

「なんでしょうか」

「やるからには単に『勝った』『負けた』じゃ張り合いがない。どうせなら勝者に見返りがある、というのでいかがだろう」

 漣が啖呵を切る。

「何かを賭ける、ってわけですね。望むところです。勇司が勝てば先輩と、そちらの彼女に謝ってもらいましょう」

「何に対しての謝罪要求かな」

「勇司をコケにしたこと、です。二人そろって彼に、平謝りしてください」

 えっ。おれへの平身低頭なんて、リスクを犯してまで求めることないのに。

「オーケー。じゃあ俺が勝った暁には、御神楽さんをグループに迎え入れたい。念のため言っておくと、君だけね。彼はご遠慮願うよ」

「ひれ伏したって構いませんよ。どうせ勇司が勝つので」

 漣が二つ返事で了承した。

「勇ましいね。じゃあ交渉成立だ。俺から投票のやり直しを申しこんでおくよ」

 おれは見逃さなかった。かすかに千駄木が舌なめずりしたのを。

 全身の毛が逆立つ。恐らくおれたちは罠にはまった。どんな落とし穴か明示できないが、漣にとって幸運なことにはならない。

 おれは条件反射で、漣の前に立ちはだかった。名案があるわけじゃない。ただ『歯止めをかけないと』という衝動に突き動かされたのだ。

「何か物申したいことでもあるのかな」

 千駄木が不快感を如実に示した。

「今の勝負、なかったことにしてください」

「勇司、どうして」

 漣がおれのひじをつかんで振り向かせようとした。

 おれは踏みとどまる。

「漣は視野狭窄になって、周りが見えてない。当事者の一人として、おれにも『やる』か『やらない』かを決断する権限があるはずだ」

「道理だね。で、君は『棄権する』と?」

 千駄木に向かって、おれはうなずく。

「勝ち目のない戦いを、したくないので」

「はんっ、見苦しい。こんな腰抜け、将聖くんに及ぶべくもないのよ」

「なんですって! もういっぺん言ってみなさいっ」

 嘲笑した栗毛女子に、漣が牙をむいた。

「腑抜けなおれは、なんと言われても構わない。だから暴走するな」

「美しいね、かばい合いの精神は。ただ、こちらも火がついてしまっている。落とし前かけじめはつけてもらわないと、うまく丸めこめる自信がない」

 方便だな。鶴の一声があれば、子飼いの連中が当主に刃向かったりしないだろうから。

 ま、体面くらいでオールクリアなら──

「盾突いたりして、すみませんでし」

 おれは深々とおじぎしかけて、頭を倒しきれなかった。漣に肩をつかまれ、妨害されたのだ。

「勇司は悪いことしてないじゃん。謝ったりしちゃダメだよ」

「邪魔するなって。減るもんじゃないんだ。なんなら土下座だって」

「減るよ。勇司が不当な扱いされると、あたしの心がすり減るの。だから許さない」

 こっちのセリフだ。漣に不条理が襲いかかるのは、見るに耐えない。だからこそ、おれはあまたの泥をかぶってきたってのに、なぜ分かってくれないんだ。

 おれたちが押し合いへし合いする間に、千駄木はきびすを返したらしい。

「取り越し苦労するだけ無益だよ。行動の伴わない杞憂ほど唾棄すべきものはないからね。まず実行してみて、対決が双方にとって吉と出たか凶と出たかを検証しようじゃないか」

 千駄木たちが屋上からいなくなり、おれは頭の下げどころを逸した。脱力して、ベンチに座りこむ。

「勢い任せに安請け合いして、大丈夫かよ。勝算なんてまるっきりないぞ」

「勇司は大船に乗った気でいるといいよ。あたしが勝利の女神になってあげるから」

 漣のまぶしすぎる笑顔は、かえって先行きを暗澹とさせた。

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