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[三票]凡人はしばし空気と化す

 おれは心もとなくなった。常に前髪越しだった両目が、さらされたせいもある。

 でも何にもまして、たわ言を看破されるのが怖い。

 虚言など造作もなく口にできる。でも彼女をだましおおせるだろうか。「漣のため」と銘打って、闇に葬ったやつら(直近では英語教師)への所業も、白日のもとにさらされるおそれがある。

 おれの悪事を知ったとき、漣はどういう反応するかな。

 少なくとも「煩わしい敵を排除してくれて、ありがとう」と感涙にむせんだりはしないはず。むしろ「あたしを大義名分にしてストレスを発散したのね」などと糾弾されたら、二の句を継げなくなる。私利私欲による衝動的行動ではないにせよ、憂さ晴らしの側面がなかった、と断言できないから。

「どうしたの、勇司。誰が好きか、はっきり言いなさい」

 空想上の彼女でなく、現実の漣がおれに迫った。命令した割に、手が震えている。腹をくくりきれてないのだろう。

 でも弱ったぞ。肝心なところで、口からでまかせが出てきてくれない。

「おれ、は」

「いつまで寸劇、続けるわけ。千駄木くん、ずっと待ちぼうけなんだけど」

 外野から声がかかった。千駄木の後方に控える女子生徒が、しびれを切らしたらしい。

 おれには渡りに船だ。

「ご、ごめんなさい。こっちの話は、おおむね片がつきましたから」

 対して漣が舌打ちする。茶々を入れた女の子への悪態かと思いきや、おれをロックオンしてねめつけた。あくまで標的は藍園勇司ただ一人、か。

「俺は最後まで拝見したかったけど、中断というなら発言権を譲ってもらおうかな」

 千駄木が冗談混じりに言った。殺伐とした場を和ますためでもあったのだろう。

 実際彼の発言を皮切りに、ギスギスムードが穏やかになりつつある。

「もともとはお祝いを述べにきたんだ」

「お祝い?」

 漣がオウム返しをした。

「ああ。君も晴れて俺と同類になったみたいだね、と。心からお悔やみを申し上げるよ」

 千駄木の軽口を聞き、おれは腑に落ちた。同じ地平に立てた漣に、慰労と祝福を兼ねて訪ねたのだろう。律儀というか、酔狂というか微妙なところだ。

 おれ以外も察しがついたに違いない。一様に、千駄木のジョークを噛みしめている。

「人違いじゃありませんか」

 漣はやはり漣だった。彼女だけが千駄木の意図をくみ取っていない。

 おれはスマホをタップし、問題のページをさりげなく漣に見せた。そして耳打ちする。

「漣、生徒の間で非公式の人気投票が行われているくらい知ってるよな」

「もちろんよ。あたし、毎回勇司に投票してるもん」

 ヤブ蛇だった。

「そいつは忘れてくれないか。じゃなくて、よく見ろよ。女子の部門の第一位は誰だ?」

 漣がおれのスマホ画面を凝視する。

「あたしと同姓同名の人がいる」

「そんなミラクルないって。おまえだよ。今回の女王に選ばれたのは、御神楽漣だ」

 依然として漣はピンとこない模様だ。

 もどかしいったらない。どうすれば齟齬なく伝達できるだろう。

 アンケートに答えるという形で、学校行事の運営方針に生徒も関与できると前述した。それは表向きの使われ方だ。いわゆる正攻法。

 光があれば影があるように、表には裏がある。物事は表裏一体で構成されているから。そして投票システムにおける裏側は、アンケートの私的流用。

 ずばり「誰々がカッコいい」とか「誰それがかわいい」といった、人気投票なんかでも用いられるわけ。

 以上を踏まえておさらいすると、千駄木将聖は男子部門の頂点──ディフィンディングチャンピオンだ。そしてこのたび漣も、女子の玉座についたことになる。

「君は自分の順位に無頓着なのかい」

 千駄木が漣に素朴な疑問を投げかけた。

「はい。あたしは不特定多数の人にとって何番目であるかなんて、こだわりません。特定の人のナンバーワンでありたいとは思いますけど」

 漣が意味深なセリフを述べ、おれを一瞥した。

「ふーん。君は自分のポテンシャルに固執しない、天然の原石みたいな女の子なんだね。磨けばもっと光り輝くのに、もったいないな」

 千駄木がしきりに感心した。

「ご用事はおしまいでしょうか。あたし、彼と話し合いを再開したくて」

「本来の目的は遂げたんだけど」

 千駄木が身をかがめた。人差し指を曲げ、漣の目元に近づける。

「泣いている女の子を、ほっとけない性分でね」

 無意識に防衛本能が働いたのだろう。漣は身をよじって彼の指から逃れようとする。

「あ、いや。先輩にしてもらうまでもありません。自分で拭えるので」

 漣はカーディガンの袖口で、乱暴に涙の残滓を拭き取った。

 千駄木は背筋を伸ばし、肩をすくめる。

「余計なお世話だったかな。女性の涙を見過ごせないたちで、つい」

 脊髄反射でキザなことができるってのか。月9ドラマの主役を地でいくような男だ。

「袖すり合うも多生の縁。君の憂慮に対して、微力ながらお手伝いするよ」

 千駄木の提案に、おれと漣はそろって首をひねった。何をおっぱじめるつもりだろう。

「君の心を痛める原因は、ずばり彼だね」

 千駄木が手のひらでおれを指し示す。

「はあ、まぁ」

 漣が生返事した。おれも同感だ。

「状況から鑑みるに、彼は対人関係が円満じゃないのだろう。君は率先して彼をクラスの輪になじませようとしている。でも彼はそれをお節介と邪推し、反発したってところかな。どうだろう」

 一概に外れでないところが、なんとも言えない。

「どっちかといえば的外れ、かな。少なくともあたしはクラスのためとか義務感で、勇司に構っているわけではないので」

「君にはごく自然な行為なんだろうね。誇示することなく相手にとって最良の立ち居振る舞いができるなんて、頭が下がるよ。俺も見習わないと」

 漣がばっさり切って捨てたにもかかわらず、千駄木はめげない。打たれ強いのかも。

 ただし一向に二人の会話は噛み合わない。議論の出発点がちぐはぐな感じだ。

「う~ん、どう言えば、納得してもらえるんだろう」

 漣は思案しだした。ややしばらく考えたあと、何やら閃いたらしい。

「勇司はあたしの許嫁です。だから彼の世話を焼くのは、ライフワークなの」

 おれは度肝を抜かれた。おれと漣は結婚を誓い合う仲じゃない。まさか言うに事欠いて、『許嫁』なんて単語が飛び出すとは思いもよらなかったよ。

 トンデモ発言した張本人を見ると、はにかんだ。ただ、予期せぬ羞恥心にさいなまれたのだろう。うつむき、赤面してしまう。

 事実無根なのは、火を見るより明らか。漣はピノキオ並みに、ウソが下手くそなのだ。

「くふっ。君と彼がフィアンセ? 傑作にもほどがある」

 千駄木は。こみ上げる笑いをこらえられない、という風情だ。

 彼の噴飯が呼び水となり、取り巻きたちも爆笑しだす。

「な、何がおかしいのよ」

 漣がなけなしの抵抗を試みた。

「失敬。君と彼じゃ釣り合ってなかったもので」

 千駄木は笑いすぎによる涙を拭った。

「あたしと勇司が釣り合わない?」

「身長を始めとして不調和だよ。たとえば彼が君の魅力を倍増させるアクセント、というならまだ納得もできたろう。でも対等なパートナーは、いささか与太話の部類かな」

 漣が柳眉を逆立てる。

「あたしと勇司は常に対等よ。彼を引き立て役と思ったことも、一度だってない」

「不快にさせたのなら謝る。しかし君は、もっと自分の価値を知るべきだと思うね。朱に交われば赤くなってしまうのだから」

「ことわざなんかいりません。具体的に言ってください」

「確かに迂遠だったな。俺の悪い癖だ」

 千駄木が緩めのネクタイを締め直す。

「俺は人と交流するとき、優先度をつけることにしている。時間は有限だし、誰も彼もと友人になれないからね。俺の基準は『自分が成長できるか』だよ。感銘を受けたり見習うところがある人々と、活発に意見を交わしている。たとえば彼らのように」

 千駄木が背後を振り向いた。

 彼の取り巻きたる男女数名が、誇らしげにほほ笑み返す。彼らは『千駄木チルドレン』の略称である〈SC〉と呼称される連中だ。女子の比率が高く、キレイどころが勢ぞろいしている。たいていが漣と同じ、女子の人気投票トップ経験者という華やかさ。

 肩身の狭い男子たちも、いぶし銀の一芸を持っている。すなわち〈SC〉は粒ぞろいで、集団に加わることはある種のステータスだ。よって入会希望者が引きも切らない。

「その点、勇司くんだったか、彼とは積極的に仲良くなろうという意欲が湧かないんだ。思うに、彼からは向上心が感じられないからだろうね。高みを目指そうという気概が見えない。停滞を望む人種とかかわり合うのは、酷な言い方だけど、不毛だよ」

 千駄木は洞察力がある。おれは躍起になって、成り上がろうと思わない。

 おれにとっては、現状のリソースをやりくりすることのほうが重要だ。道楽で夢を追う暇なんかない。若人はステップアップしなくちゃならん、なんて法律があれば別だけど。

「御神楽さんは無限の可能性を秘めている。磨かずに捨て置くなんて、大いなる損失だよ。だから交友関係も精査して欲しい。現状維持のぬるま湯に浸かっていては、芽吹くはすの才能をつんでしまうおそれだってあるから」

 漣は眉間にしわを寄せた。彼の言わんとすることを、計りかねている様子だ。

「ねぇ将聖くん。この際だからダイレクトに言っちゃいなよ。君にその男子はふさわしくない。うちらとともにいたほうが、有意義だって」

 千駄木配下の一人、栗色ショートヘアの美形女子が横やりを入れた。確か前々回の女子人気首位だ。〈SC〉に加わったあとはエントリーすらしてない、って話だったか。

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