第四話 Sorrow -嘆き-
目の前でデアが泣いている。
薄暗い檻の中に一人で。
幾ら走っても、手を伸ばしても、声をかけてもデアの元には届かない。
すると、泣きながら小さな声で囁く。
-お兄ちゃん‥なんで助けてくれなかったの‥‥信じてたのに‥‥-
-うわぁぁぁぁぁ!!-
目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。周りを見渡して始めて自分の部屋に居ることに気がついた。
”なんで俺は寝てたんだ‥‥。仕事に行って、村に山賊が来たって聞いて‥そんで‥‥デアが‥‥!!”
全てを思い出し、ベッドから起き上がろうとするが、酷い頭痛と吐き気に襲われ立ち上がれないでいた。
すると、ドアの外からこちらに近づく足音が聞こえる。
デアかもしれない-そんな期待を胸にネシスはドアを凝視していた。
だが、ドアを開き入って来たのは山賊から助けてくれたラクリル・ベルハートだった。
-あ、目を覚ましたのね-
陽気な口調で話掛けるラクリルは雑炊を両手に持っていた。現状を見る限り、この部屋に運び、ベッドに寝かせてくれたのもラクリルだろう。
だが、今はゆっくりと寝ている場合ではない。
-なぁ、俺はどれくらい寝てたんだ?それに山賊は?デアは?-
突然の事に呆気にとられていたラクリルだったが、雑炊をネシスの目の前に起き、一つ一つ説明してくれた。
俺が三時間程眠っていたこと。山賊は縄で柱に縛っていること。妹のデアの事は何も知らないと言っていた。知らないで当然なのだが。
-それより、今は休まないと。相当なダメージを頭に受けているようだから、多分脳震盪が起きているだろうし‥‥えーと‥-
-俺の名前はネシス。言うのが遅れたけどありがとう。ここまで運んでくれて。でも、俺は休んでいられない。デアを探さないと‥‥-
再び強烈な頭痛に襲われたがなんとか立ち上がり、山賊の元へと急いだ。デアの事を聞き出すために。
体調を気にして止められると思っていたが、逆にラクリルは階段を降りるネシスに肩を貸してくれた。
俺の気持ちを悟ってくれたのだろう。
一階に降りると、気を失った山賊がラクリルの言う通り柱に縛られていた。
気楽に眠る山賊に怒りがこみ上げるのを胸の内に留め、山賊の頭だけを揺すり起こす。
男は起きると、鋭い目つきでネシス達を睨んでいた。
-デアを何処へ連れて行ったんだ!それに、お前らの依頼主っていうのは誰の事なんだ!!-
幾ら質問をしても男は固く口を閉ざしたまま、何も喋ろうとはしなかった。
すると、隣に立っていたラクリルが真剣な表情で男の前へと足を進めた。
-どうしても話さないと言うのならこっちにも手は有るわ-
そう告げると目をつぶり、右手を男の頭の上にかざした。
すると、突然ラクリルを囲むように瑠璃色の光を放つ魔法陣が現れた。光は右手へと集まっていき、小さな魔法陣が形成されたと同時。閉じていた目を開き
-Exposure-
と言葉を放ち、男の頭に手を当てた。
男は断末魔の叫びを連想させる程に声を荒げ、項垂れたままピクリとも動かなくなった。
死んだのか-とネシスは思ったが、ラクリルを信じ、ことの次第を見届けていた。
ラクリルは平然と男に話しかけ出した。
-ネシス君の妹を何処へ連れて行ったの?それと、貴方達に依頼したのは誰?-
すると、男はラクリルの声に反応するかのように項垂れた顔を上げた。男の目はほぼ白目の状態になり、口からは唾液が垂れ、自我を持たない操り人形のように口を割り出した。
-女の子は‥引き渡し場所の‥ゴルティア山に‥仲間が‥‥。依頼主は‥不気味な仮面の女‥‥-名前は‥カ‥‥‥-
それは突然の事だった。
男が依頼主の名前を言おうとした瞬間。
いきなり舌を大きく口から出し、噛み切って死んだのだ。それだけではない。
それと同時に、まだ気絶していて他の山賊達までもが舌を噛み切ったのだ。
何より恐ろしいのは、舌を噛み切る前に男たちは不気味な笑みを浮かべていたことだ。
瞬時にして辺りは一面真っ赤な水たまりと化した。
-なんで殺したんだよ!?-
あまりの悲惨さと恐ろしさに耐えきれず、言葉を放つネシス。
ラクリルは小刻みに震えてながらも、重い口を開いた。
-私が使ったのは人操魔法の一つExposure。相手が隠していることを無理矢理話させる魔法よ。こんな人を殺す効果なんてないわ。
多分、依頼主は自分の名前を言おうとすれば自動的に術式が作動するように組み込んでいたのね。死ぬ前に笑みを浮かべさせ、自殺させる。こんな魔法を現実に出来るのは‥‥-
話を途中で止め、男に近づき服の袖を強引に引きちぎる。すると男の二の腕に術式が刻まれているのが見えた。
血で染まった赤黒い術式が。
それを見たラクリルは確信した。
-山賊の依頼主は女で名前は”カ”で始まり、不気味な仮面をしていた。それに加えこの赤黒い術式‥。あいつしかいないわ‥あだ名を カーリー。殺戮の女神の名前よ-
強く拳を握り、身体は震えていて明らかに怒っていた。始めて見るラクリルの怒りの表情は、デアを連れ去られた事を知った時のネシスのようだった。
だが、いつの間にかラクリルいつもの明るい表情に戻り、背後にいるネシスの方へと身を翻した。
-ネシス君、ゴルティア山に行こう。妹のデアちゃんもまだそこに居るかもしれない。それにカーリーも‥‥-
ラクリルは心が強い-と心から思えた。
私情も入るとはいえ、一度命を助けられ、見ず知らずのネシスを手助けしてくれるのだから、これ程までに心強い仲間はいない。
-あぁ、ラクリルさんが一緒なら心強いよ。だけど一つだけ頼みを聞いてくれるか?-
不思議そうに顔を傾けるラクリル。
だが、頼みと言っても単純なものだ。
-ネシス君っていうのはやめてくれよ。なんか恥ずかしいからさ‥ネシスでいいよ-
クスッと微笑むラクリルに場が少し和んでいた。ラクリルも普通の女子なのだ。
”分かったわ。だけど一つ条件。私の事もラクリルさん。じゃなく'ラク'ってあだ名で呼んでね”
笑顔でそう告げるラクリルに、ネシスも笑顔で頭を縦に振り、二人はデアが連れて行かれたゴルティア山に向かった。