第三話 Encounter -出会い-
気づいた時には男は目の前にまで来ていた。不適な笑みを浮かべ、細い目でじっとこちらを見ている。
-蛇に睨まれた蛙。
その言葉を使うとすれば今だろう。
脳からは
-今すぐ逃げろ‥-
としきりに命令が出ているのにも関わらず、身体は一切の命令を無視し、一ミリとして動こうとしない。いや、動けないのだ。
-おいおい、さっきまでの威勢はどうした!!-
目の前の男からの強烈な頭突き。
その破壊力はもはや鈍器で殴られたかと連想させるほどの威力だった。
一瞬で視界がブラックアウトし、自分が床に倒れろうとしているのがわかった。
”最初っから無駄だったんだ‥俺みたいなやつがこんな人殺しに慣れてる奴らに勝てるわけがない‥‥ゴメンな‥デア‥‥”
-お兄ちゃん!-
一瞬、デアの声が聞こえた気がした。
すると、今までのデアとの思い出が走馬灯のように頭の中で流れた。
そこにあったのは何気ない日常。
一緒にご飯を食べ、畑を土まみれになって耕し、川に泳ぎに行き遊ぶ。
本当に何気ない日常が。
そんな日常を、この男たちは壊した。
”デア‥デア‥デア‥デア!!”
目を覚ますともうすぐ床に倒れこむところまで来ていた。すかさず右足を前に出しなんとか踏ん張り立ち上がった。
-ほう、立ったよこいつ。だが、足元がふらついてる所を見ると、なんとか意識を取り留めているだけで精一杯ってところだな-
ネシスが気絶すると思い、男は椅子に座り直していた。まるで面白いオモチャ見つけたかのような笑みを浮かべ。
-はっ。お前の頭突きなんて聞いてねえよ!-
だが、悔しいことに男の言った事は的を射ていた。
身体には力が入らず、意識は朦朧としていて、少しでも力を抜くと意識が飛びそうになるほどの状況だった。
-そうかそうか。そのほうが遊びがいがあるってもんだ。おい。-
その言葉を合図に椅子に座っていた三人の男たちが同時に立ち、腰にさしていた小柄なナイフを取り出した。
-行け-
その号令を聞き、男たちはナイフを突きつけ襲い掛かってきた。
ネシスも剣を構えたが身体が言うことを聞かず、その場所で剣を構えていることしか出来なかった。
男たちは声を荒げ、もう目の前にまで来ていた。
その時。
突如、背後からネシスの脇を黒い影が通り過ぎ、男たちの前に立ちはだかった。
その人物は黒いコートを着込み、フードを被っているせいで顔は見えなかったが、背丈はネシスと同じくらいだった。
-なんだ?お前-
男たちは突然のことに最初は警戒していたが、直ぐにナイフを突きつけ戦闘態勢に入っていた。
すると、その人物は男たちの構えを見て鼻で笑っていた。
男たちは怒りで震え、三人同時にその人物に飛びかかった。
それからは一瞬のことだった。
飛びかかってきたと認識するや否や、瞬時にコート内に隠れていた長身の剣を取り出し、目にも止まらぬ速さで男たちの両腕を斬り落としたのだ。
まさに音速の如き速さで。
男たちは声を荒げ床に倒れこむ。
だが、同時に先ほどまで男たちで視界が遮られていた背後から、山賊の頭がテーブルを踏み台にし飛んで来た。
そして、勢いよく大剣を横に振り払った。
黒いコートの人物はギリギリで交わしたが、完璧にはかわしきれず、フードの端に当たり、フードがめくれてしまった。
露わになったその人物の顔を見て、ネシスは驚愕した。そこに居たのは茶色の長髪のネシスと同年代くらいの女の子だったからだ。
だが、先ほどの剣技も含め戦闘に慣れているのは明白だった。
-ちっとばっかし剣を学んでいるようだが、所詮 女だ。俺には勝てねえよ。-
大剣を肩に乗せ、まるであざ笑うかのように言い放った。
-負け犬の遠吠えですか?見苦しいですよ男の癖に-
二人の間に張り詰めた空気が流れ、辺りは静寂に満ちていた。
二人は戦闘態勢に入ったまま一向に動かず、相手の隙を伺いあっている。
次の瞬間。
男が大剣を大きく振り下ろした。
その威力は絶大で床は木っ端微塵に吹き飛び、衝撃波でネシスも吹き飛びそうになったほどだった。
しかし、その猛攻を奮う大剣に長身の剣の側面を軽く当て、火花を散らしながら大剣の軌道を変え、紙一重で交わした。
すかさず男の股の間を低姿勢で掻い潜り、背後に回り込み胸元に隠してあった小刀を取り出し男の首元に当てた。
-武器を捨ててください-
男は素直に大剣を床に捨てた。
捨てたのを確認すると、慣れてように小刀の柄で男の首に強い衝撃を当て気絶させた。
-さすが盗賊団 -オリュンポス-ね。少し手こずったわ。まさか倍加魔法を使うなんて。-
一人言を呟き、先ほどまでの張り詰めた顔が嘘のように、柔らかい表情でこちらに歩み寄って来た。
-君、勇気あるね。一般人が盗賊団相手に一人で。それもこんなやわな剣で立ち向かうだなんて-
壁に持たれるようにして倒れているネシスに顔を覗き込ませるようにして話かけていた。近くで見るその女の子は普通の女の子と大差ないほど華奢な身体つきをしていた。
-‥‥君は誰なの?-
ネシスは朦朧とする意識の中で、残り少ない体力を使い聞いた。
-私はラクリル・ベルハート。調査士をしてるの-
-そうだったんだ‥‥-
その言葉を最後にネシスは体力の限界を迎え眠りに落ちた。