第一話 Common -退屈-
気づけばそこは暗い闇の中。
辺り一面何もなく、あるのはどこまでも広がる暗闇ただ一つだけ。
頭の中にある限られた記憶を確かめる。
名前はディオル・ネシス。
右利き右投げ。
特に趣味はなく、昔 剣術を少し。
肉親は殆どおらず、居るのは唯一の肉親の妹ただ一人だけ。
母は四年前に亡くなり、父の顔は見たことがない。
幾ら記憶を辿っても自分が何故こんなところに居るのか分からない。
-どこなんだ‥ここは‥‥-
突然 右腕全体に見たことのない刻印がゆっくりと激痛と共に刻まれていく。
暗闇の中だというのに、その刻印だけは鮮明に視界に捉えることが出来る。
神々しく、眩い光を放っているのだ。
今まで味わったことの無い激痛に意識が飛びそうになるのを堪え、膝を着き声にならない叫び声をあげていた。
流れ出る血と激痛は刻印が刻み終えると共に止み、何も無かったかのような静寂が包み込み、疲れ果てたネシスは地面に倒れていた。
だが安息の時もほんの一瞬。
その静寂を切り裂くように声が轟いた。
-封印は解かれた-
耳元で囁かれていると思うほど、その声は近くから聞こえる。
目を動かすが以前として何も見えず闇の中だった。
緊張の糸が切れたネシスに、返答する力は残っておらず、意識があるだけだった。その声は無関心に淡々と話を続ける。
-あとは自らの力で扉を開け。扉が開かれし時、汝に力を与えよう-
その言葉を最後に頭の中に響いていた声は消え、また静寂が包み込んだ。
しかし、先程の物とは比べものにならない激痛が身体中を襲い、意識を失った。
*****
-うわあぁぁぁ!!-
声を荒げ、気づくといつものベットの上で身体を起こしていた。
身体中には大粒の汗。外を見ると丁度朝日が顔を出し、1日の始まりを告げていた。
-夢‥‥だったのか-
自分に問いかけながらもホッとしていた。
だが、ふと見た右腕に驚愕する。
夢で見た刻印がしっかりと右腕全体に刻まれていたからだ。
夢の中で包み込んでいた闇のような黒い刻印が。
あまりの非現実的な出来事に混乱する。
呼吸が苦しくなるのを感じる。
視線を感じ振り向くと、ドアがゆっくりと開き妹のデアが心配そうな顔をし、こちらの様子を伺っていた。
咄嗟に右腕を布団の中に隠した。
-どうしたのお兄ちゃん?-
-大丈夫だよ、ちょっと怖い夢を見ただけだ -
先程の夢の事や右腕をのことを話すことも出来ず、心配をかけたくなかったこともあり適当に返答をした。
-そっか、それなら良かった。おやすみお兄ちゃん。-
何も知らない無邪気な笑顔でそう言い、部屋を後にしたデアに ありがとう と呟き、布団に入る。
だがもう一度眠ることは出来きるわけがなかった。
ただただ右腕を顔の前にかざし朝まで
じっと見ていた‥‥‥
*****
鶏の鳴き声が朝を告げると共にネシスは身支度を始めた。
右腕の刻印は色々試したがやはり消えず、包帯を巻いてどうにか誤魔化すことにした。
ネシスの家は両親が居なく、暮らしていく為に毎日早朝には家を出、歩いて四十分ほどの距離にある小都市ウンディアの武具屋ガルフで働いていた。
デアは昔から身体が弱く、体格も14歳とは思えないほどに小柄だった。
だから、妹のデアを一人で家に居させるのは不安だった。しかし生きていくには畑の野菜だけじゃ足りず、金を稼がなければならなく、あまり考えないようにしていた。身支度を終え家を出ろうドアノブに手を伸ばした。
-お兄ちゃん!-
後ろを振り返ると妹のデアが寂しそうな顔ですぐそばに立っていた。
-できるだけ早く帰ってきてね?-
-ああ、分かったよ。そうだ、今日は給料日だから美味しい物でも食べようか-
暗かったデアの顔は明るくなり、頭を縦に振るデアの表情はいつもの笑顔に戻っていた。
ネシス達の家は村から少し離れた小丘の上に建っていたのだが、デアは家を出た後も俺の姿が見えなくなるまで笑顔で手を振り見送ってくれていた。
これがデアと話す最後の言葉になるなど今のネシスは知るよしもなかった。
ガルフの店の前まで来ると、店の中が騒がしいことに気づくと同じ時。
店のドアが勢いよく開き中から二十代半ばの男性が全速力で駆け出していった。
だがこんなことは日常茶飯事だら、
”はぁ〜、またか‥‥”
理由も大体の予想はついていた。
ネシスは開いたドアからこっそりと店の中を覗くと案の定。
鍛え抜かれた両腕を組み、不機嫌そうに椅子に座る店長のブランの姿があった。
ブランは色黒で立てば190センチメートルはあろう巨体に加え、四十代には見えない程にしっかりと鍛えられたその身体は武具屋の店長という枠がピッタリと当てはまるような容姿をしていた。
-は〜、またお客さんと喧嘩したんですか?-
ドアを開き店の中でため息混じりに聞いてみた。
すると、聴かれるのを今か今かと待っていたかのように、ネシスが話終わると同時にブランは淡々と話し始めた。
-聞いてくれよネシス!あの野郎 店に入るなり”シラけた店だなぁ”なんて言いやがってよ!それに加えて商品にはケチつけるわ、値段が高いなんてほざくからよ、 そんなに文句があるなら出て行け!
って投げナイフを投げてやったら尻尾巻いて逃げて行ったよ あっはっはっは-
-投げナイフ?-
振り返るとドアの内側に確かにナイフが刀身の半分も深く刺さっていた。
-ブランさん!こんな事ばっかりしているから売り上げが伸びないんですよ!-
ブランは的をいたことを言われたせいか笑いを止め、みるみるうちに不安の色で一色となった。
まるで子どものように座り込み床に∞の文字を指でなぞり書きをし始めていた。
ネシスは考えている事が直ぐに顔に出るブランの事をどうしてもあまり怒れないでいた。
”全くこの人は‥‥”
ため息混じりに自分が少し微笑んでいた事をネシス自身は気づいていなかった。
そんないつもと変わらない平穏は突如として壊された。
今閉めたばかりの後ろのドアが勢いよく開き一人の男が慌てた表情で入ってきた。
-ネシスってヤツは居るか!!-
血相をかいて走り込んで来たのは見たこともない知らない人だった。
-ネシスならお前の目の前に居るヤツだが、ネシスに何か用かい?-
男は呼吸を整える事もせずに、肩で息をしながらネシスの方を向いた。
-お前の村に山賊が!-
一瞬ネシスは理解が出来なかった。
だが、そのコンマ数秒後、ある人物の事を心配した。
”デア!!”
ネシスの顔からは笑顔が消え、心臓が大きく脈を打つ。
ドア横に立て掛けてあった剣を片手に持ち、店を飛び出し村へと駆け出した。






