相談所
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ここは混雑している。金曜日の午後六時過ぎ、あたしは街の目抜き通りから少し外れた場所にある相談所へと来ていた。何を相談するかって?今抱え込んでいる悩み事を、だ。ずっと職員が詰めながら、いろんな人の相談に応じている。小さい街にしては珍しかった。ここまで混んでいるのが。四十歳まで生きてきて、人生も折り返し地点である。会社で仕事をしていたのだが、最近ストレスや疲労を抱え込んでいて疲れ果てていた。別に今だけじゃない。昔から会社勤めしながら、何かと苦痛があったのは事実だ。特にここ数年間、体がきつい。会社は規模が小さいのだが、そこのワンフロアの主任を任されていたので重責だった。上からは命令され、下からは突き上げられる。典型的な管理職の苦痛というやつだ。まあ、いったん慣れてしまえばそうでもなかったのだけれど……。別にあたしも社員と接触することはほとんどない。うちの社は全員に一台ずつパソコンが支給されていて、それを使いオンライン上でやり取りする。確かにネット上で仕事をこなすというのは血が通ってないといえばそれまでだ。だけど、これから先こういった会社が増えてくると思う。今の若い子たちは会社の詳しい仕組みについてあまり知らない。入社したとき、右も左も分からないので、とりあえずパソコンの画面に見入るという選択肢が一番なのだ。あたしもそういった部下たちを管理するのに、口頭ではなくてメールなどを使い、やっていた。休みの日以外ずっと仕事で大変である。部下たちのパソコンやスマホなどにメールを送り、様子見をしていた。考えてみれば、あたしも疲れることの方が多い。今ちょうど夏から秋に掛けて季節の変わり目で疲労が増す。仕事はずっと続いていた。休日は家で過ごしている。もちろん相談所が開いている土曜日の午前中などは通っていた。仕事が続くから疲れてしまう。たまには平日でも休みを――、と思うのだが、いかんせんそうは行かない。ちゃんと欠かさず出勤しないと部下たちは仕事がこなせない。あたしの指令で動くのだから、風邪を引いたり、多少気分が悪かったりしても職場に通い詰めていた。仕事が続くので、尚更こういった相談所は必要なのだった。特に平日でも午後五時で仕事が終われば通う。欠かせないからだ。いろんなことを聞いてもらうということが。
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「こんばんは、笠原さん」
「ああ、こんばんは、島岡さん。いつもお世話になります」
「こちらこそ。……今日はどうなさいました?」
女性相談員の島岡はあたしと仲がいい。ずっと通い続けていて、顔馴染みになっているのだ。疲れているのを察していた。あたしも彼女に全幅の信頼を置いている。まだ三十代で相談員の中では若い方なのだが、しっかりしていた。あたし自身、気を付けている。決して失礼のないよう、話をするつもりでいて。話したのは他でもない。部下の若い男性社員で横着な人間がいて、何かと身勝手なことをするから、対応策はないかということだった。こういった問題には慣れているようで、島岡が、
「簡単ですよ。一度責任を負わせてみたらどうですか?多分真剣になりますよ。今の若い人たちはあまり分かってないんです。仕事に真剣みがないんですよ。だからやりたい放題やるんです。一回失敗すれば、分かると思います。仕事での責任の重さが」
と言って、厳しかった表情を一転笑顔に変える。あたしも納得し、自宅に帰ってから今のことをパソコンを使ってまとめてみることにした。確かにその通りだと思う。一度その男性社員に責任を負わせることで目が覚めると感じた。相談料は無料なので立ち上がって一礼し、出入り口に向け歩き出す。疲れていたのだが、心のモヤモヤが取れたことで疲労も解消できた。自宅に帰り着いたら夕食を取り、幾分温めのシャワーを浴びて、パソコンに向かいキーを叩くつもりでいた。意外と簡単に物事が進む。あたしもここに相談に着始めてから、もう五年ほどが経つ。管理職に就いてから、ずっと着続けていた。一人で悩むことはないだろうと思う。誰かに相談することで解消できた。それがこの相談所だ。気掛かりになることは山ほどある。もちろん受け入れる姿勢は出来ていたのだが、日々疲れていた。毎日自宅に帰り着くのは午後九時過ぎだ。さすがに帰りスーパーに寄ってタイムセールの五割引のお弁当を買い、自宅でそれを食べてから気力を養っていた。ずっと同じ調子で仕事が続くのだが、仕方ない。あたしも神様じゃないんだから、疲れたときはゆっくり休む。その日の夜は午後十一時半まで起きていて、島岡から言われたことをパソコンでまとめていた。キーを叩きながら、ずっと時間外業務とでも言うべき作業をする。ずっと無言でキーを叩き、マウスも同時に使いながら文書を作り続けていた。出来上がった物をフラッシュメモリにコピーし、明日問題のある男性社員のパソコンにメールで送るつもりでいる。果たして何と言ってくるだろう……?こちらからの警告として、いい返事がくることを期待していた。会社の上司がどんなことを言ってくるのか、あっちは知らないに違いない。だから少しでも態度を変えるよう、こちらが考え続けているのだった。もちろんそういった苦労のようなものは、あちらには簡単に分からないと思うのだが……。
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翌日、通常通りスーツ姿で出勤してきて、パソコンを起動させた。新しいマシーンを使っているので起動速度が速い。フラッシュメモリを差込口に差し込み、作っていたデータをメールに添付して、問題のある社員のパソコンのアドレス宛に送った。これで少しは目が覚めるわねと言った感じで。通常通り仕事していると、新着メールの通知があった。あたしもそれに気付き、開いてみる。問題のある男性社員からで、文面に打ってあったのは<すみませんでした。身勝手なことをしてしまったのは反省してます。これからは真面目にやりますので、今回の一件は見逃してください>という旨の記述だった。反省しているようなので、あたしもそれ以上は言わないことにする。相手が横暴なことはしないと言っているのだし、その反省振りを認めたので、これ以上ネチネチと注意し続ける気はなかった。仕事は快適に進んでいる。夏の終わりで幾分肌寒さすら感じているのだった。そろそろ長袖のシャツを着てもいい頃だ。確かに夏場の疲れがドッと出てくるのだし、基本的に疲労を覚えるのは分かっていた。この季節は辛いものがある。あたしもそう感じているのだった。ずっと会社の運営は続いていたのだし、気にすることもないだろうと思う。今、自分が一番すべきなのは目の前にある業務だった。これさえこなせば、後はとりわけ何もない。余計なことを考えずに済む。仕事に集中できるのだった。あたしも気を張っていたのだが、ふっと気持ちが安らぐときがある。ランチタイムだった。お昼になれば、食事を取りに出かける。昼時ぐらいしか休む間がない。あたしもそういったことは感じていた。そしてまた何か相談事があれば、仕事後、例の相談所へと寄る。やはり問題があれば相談するのが一番だ。決して一人で抱え込まずに。
(了)




