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第七話 「恵みを受けぬ少女」

本当に申し訳ございません

六月下旬に間に合いませんでした


お詫びといってはなんですが、今回はエンチャ史上最大ボリューム、最高潮のシーンでお送りします!

 思いがけず――本当に思いがけない事に、既に働き口が決まってしまった。

 町に入って、三十分足らず。


「それじゃあ、実際にここで働き始めるのは三日後からだ。

 それまではこの町をゆっくり散策してみると良い」


 ダウニーの言葉だ。


 俺は、ダウニーの店の奥の工房、その端に置かれたテーブルの上で、ダウニーとその弟子四人と共に、ここでの雇用内容について話し合っていた。


 給料は月の末日に、その月の店の売上高に応じて支払われると言う。

 その月々で需要が異なってくるため、一年を通してみると大きなバラつきがあるものの、だいたい贅沢をしなければ十分に暮らして行ける程度にはなるそうだ。


 とはいえ、得意とするジャンルの差こそあれ、モノを作ることが三度の飯より好きだと言う偏屈者の集まった工房である。

 食料自体は最低限のもので済ませ(詳しく聞いたところ、日本で言うところのカップめんオンリーの生活がそれに近い)、個人・あるいは全員の作りたいものの材料費とか、工房の拡張――主に機材面で(もちろんそれも自作なのだが)――に当ててしまうことが殆どの様だ。


 それ自体には何の不満も無い。むしろ、願ったりかなったりだ。

 それに、東京での生活も大体似た感じだった。


 バイト、バイト、バイト。

 稼いだ金でカップめん、カップめん、カップめん。

 余った金は趣味に。


 ゲーム機を買ってくる。バラす。

 パソコンを買ってくる。バラす。

 ダ○ソンの掃除機を買ってくる。バラす。

 円盤状のロボット掃除機を買ってくる。バラす。

 最新のエアコンを買ってくる。バラす。

 その先に待つのは、皆等しく魔改造であった。


 こっちもそう変わりはしないみたいだ。


 遠方で発明された魔道具を、一月の店の売り上げ全てで買ってくる。バラす。

 そして魔改造(こちらの世界で魔改造というと誤解されそうだが、つまるところ変態的な改造だ)。

 ちょっと強い素材がほしいと言う理由で、町の最高の武力集団にお使いを依頼。

 ちょっと強い素材と言うが、世に名だたる魔法金属オリハルコンなのだが。


 こんな世界でも気の合う人がいたと喜ぶべきか、こんな世界にも気の合う人がいたのかと落胆するべきか。


 何も俺は、自分の思想を無条件に素晴らしいものと思っている訳ではないのだ。

 むしろ、性質たちが悪いとさえ思っている。

 元の超合理主義な性格の所為で、ああせざるを得ないのだ。そうしたくてしているのは否めないが。


 そして、月毎に需要が異なると言うのはどういう事かと言うと、どうもこの世界、魔物が大量発生する季節があるのだと言う。


 その際にはティープの森をはじめとする森林地帯から、ほぼ無尽蔵に魔物が湧き出てくることとなる。

 当然、普段なら散発的にしか起こらないはずの町への魔物の攻撃も、普段以上の規模と頻度で襲い掛かってくる。


 となると当然、防衛しなければならない。


 防衛に駆り出されるのは、町の衛兵や戦闘ギルドの人間(何でも屋兼傭兵団のような集団)である。

 その際にはいうまでも無く武器が使用される。

 つまり、武器の修理、新規購入が増えると言う寸法だ。


 反面、その季節には大気中に含まれる魔素の量も格段に増えることもあり、初心者の魔法練習の季節としても重宝されているようだ。

 もちろん、それは町が大きく安全マージンをとることが出来ている場合に限られるが。


「三日後ですね。わかりました。

 それで、ここに住み込むのは大丈夫ですか?」


「当然。むしろみんなそうしている。

 金床が枕だ」


 俺の質問に答えたダウニーの言葉に、四人が大きく頷いた。

 宿屋を借りるような金が有るならインゴットでも買っとくわ、とでも言いたげな――おそらくその通りだろうが――表情だ。


「それは有り難い。

 しかし……まあ、街の雰囲気を感じたいってことで、しばらくは宿屋から通おうと考えてます」


「ん、いいぞ。いつでも、好きなときから住み込めば良い。

 条件は、自分の安全は自分で守ることと、寝ぼけて工具を蹴飛ばすなと言うことくらいか」


 工具を蹴飛ばす、のところでダウニーが四人の中で一番大柄なリザードマンの男をチラリとにらんだ。

 頭を掻きつつ、こちらに愛想笑いを向けてくるリザードマン。


「壊した道具は自分で治せ。それが鉄則だ」


 ダウニーの強い言に、リザードマンが胸を張って言い放つ。


「この工房の道具は、殆どワシの手になるもんだ。

 なかなか良い仕事をするじゃろう?

 うははははははははははははははははは」


 うははははは、じゃねえよ。

 全部壊してんのかよ、あんた。


「こんなところか。まあ、何か困ったらすぐに知らせな。

 お前一人よりは、よっぽど力になるだろうよ。

 こんな変なやつらばかりだが、皆、根は良いヤツらだ」


 こんなところか。

 ダウニーがあご髭をジョリジョリとなでつつ、解散を告げようとしたとき、「お」と小さく声を上げた。

 何かを思い出したかのようなその表情。頭の上に豆電球が点ったかのような。


「そういえばお前さん、元々は武器を買いに来たんだったっけな

 どれ、見ていけよ。

 これからはこの工房の一員だしな。好きなのとって言っていいぜ


 ダウニー、それは勘違いだ。

 俺は道を聞きに来たんだよ。


 ダウニーの言葉に突っ込みを入れつつ、道を聞きに来ていたのだと、俺もそのとき初めて思い出したのだった。


          ◇


 町の入り口近くの露店で町の地図を買った。

 はじめからこうすれば良かったのだと思いはしたが、そうすればダウニーたちに会うことも無かっただろう。

 もっとも、そうだったとしても、近いうちに彼らのことを知ることにはなっただろうが。


 ともかく、町の構図は分かったのだ。

 俺は宿屋を探すついでに、町をぶらりと散策することにした。


 しかし。しかしだ。


 そうしてしばらく歩いていると、町の人の流れが、明らかに町の中心部に向かっているのに気がついた。

 部外者の俺でも、すぐに異常に気がついた。

 交易の町を名乗るにもかかわらず、町の内外への人の行き来が、ほぼ完全に途絶えていた。


 道を行き交う人々が、皆一様に同じ話題を口にする。


 『うけず』が出たぞ、と。

 そして、その『処断だ』とも。


 強情、意地が悪いの意味の『いけず』ではない。聞き間違いではない。

 皆、『うけず』と言っていた。


 『うけず』の『処断』?


 頭に浮かぶ無数のクエスチョンマークは無視して、とりあえず人の流れに乗っていくことにした。


「今回のうけずはどんな感じのヤツなんだ?」


「女の子だとよ。それもまだ年頃の、だ」


「可愛そうに。だが、まあしかし、うけずを放置するわけにも以下ねえしな」


「わざわざ見に行くのか? 伝染る(うつる)って話だぜ」


「捕まったってことは、もう既にこの町をうろちょろしてたんだろうよ。伝染るならとっくに伝染ってら」


 横を早足で歩くおっさん二人組みの会話を聞き、さらに疑問が募る。


 中心部につくと、そこはディズニーランドのパレード前かと言うほどの人だかりだった。

 これほどの数の人が見るほどのものなのか、『うけず』とやらは。


 町の中心部は、円形の広場から数本の大通りが放射状に伸びる構造になっている。

 パリの凱旋門と同じ感じだ、と言うのが一番分かりやすいだろうか。

 もっともここはその凱旋門があるべき場所が、ぽっかりと空いた広場になっているのだが。


 地図を売ってくれた商人が言うに、いつもならこの広場は大小さまざまな露店が立ち並び、常にお祭りの様相を見せているらしい。


 俺は、門が開かれた瞬間の光景を『祭りのようだ』と形容したが、あれはただのいつもどおりの露店でしかないそうだ。

 いまだ見れていないが、それならば、この中央広場の様子はどれほどのものなのか。


 しかし、今はそんな様子は見る影も無い。

 有るのは、中央広場を円形に囲む人だかりだけだ。


 俺の横にいたおっさん二人が『前に行こう』と、二人で人だかりを強引にかき分けて進んでいく。

 周囲の人には申し訳ないが、俺もおっさんたちの後に続いて、最前列へと出た。


 そこで初めて広場の全容を見て取れた。

 広場の中央に置かれた『物体』と、それを遠巻きに見守る人だかり。


 中央広場から延びる大通りのうちの一本が、円状の人だかりのアルファベットの『C』の形に切り取るように空けられている。

 屋敷通り呼ばれるその大通りの向こうには、町の中でも一際大きな、荘厳な建物が見えた。

 公爵の屋敷――そう、地図には書かれている。

 つまり、公爵側から、この広場に人が来るということだ。


 この広場につれてこられた『うけず』がどういう運命をたどるのか。

 それは、広場の中央の物体を見れば一目瞭然だった。


 俺の知識が正しいのなら。もし、俺の知識が正しいのなら。

 広場の中央に鎮座するものは――


 ギロチン。


 元々は、フランス革命において、受刑者の苦痛を和らげる人道目的で採用された、斬首刑の執行装置だ。

 内科医で立憲議会議員だったジョゼフ・ギヨタンによって提案され、外科医アントワーヌ・ルイによって発明された。

 死刑執行人の熟練度に関係なく、皆一様に、人道的な死刑を執行するために。


 4メートルの高さから、40キログラムの刃が自由落下することによって、首を切断する装置。

 

 そう。

 『うけず』が『処断』されるのだ。


          ◇


 ここにきて二十分あまり。広場の一角がにわかに騒がしくなり始めた。


「来たぞッ! 『うけず』が来たぞおおおおおおおおおッ!」


 人だかりの後方では既に押し合いが始まっている。


 屋敷通り方面から、十人ほどの人間が歩いてくる。

 赤と金を貴重とした礼服を身にまとう姫騎士と思しき人物。ベージュのローブを羽織る神官と思しき人物。町にいる他の衛兵とは違う、上位の衛兵と思しき人物が二人。あとは、公爵家側の人間だろう。


 そして、『うけず』


 頭部に麻袋を被せられ、ぼろ衣のみを身にまとい、裸足のまま石畳の上を歩かされる一人の少女。

 年は、おっさんたちの言っていた通り、『年頃の』少女だ。


 やがて屋敷通りから来た一団はギロチンの近くで立ち止まり、事前に決めてあったのだろう、それぞれの配置についた。

 一番高そうな服を着た人物――十中八九、公爵だろう――の後ろに、その連れが控える。

 姫騎士は公爵の前に立ち、ロングソードを両手で杖のように突き、民衆に向けて護衛のポーズをとった。

 上位衛兵二人が、姫騎士の斜め後ろに立ち、各々の武器を抜き放つ。

 『うけず』は公爵の前に荒っぽく転がされた。


 公爵が咳払いをし(口に手を当てているのが見えた)、姫騎士が脇に逸れた。上位衛兵も一歩後退する。


 公爵が懐から一枚の羊皮紙を取り出し、紙の上辺を右手で、下辺を左手でつかむようにして広げ、民衆に向かい、高らかに宣言した。


「これより、『恵みを受けぬ者』の処断を執り行うッ!」


 公爵の大音声は広場の隅々に響き渡り、その後、広場を沈黙が支配した。

 だれも言葉を発することが出来ないでいた。


 今理解した。

 『うけず』は『恵みを受けぬ者』のことだったのだ。


 未だ意味の分からぬ言葉ではあったが、俺はそこに一抹の不安を覚えた。

 恵みを受けぬものにではない。俺自身にだ。


「先日、奴隷商によって、彼の所有する奴隷の中に、『恵みを受けぬ者』が紛れ込んでいる事が確認された!」


 公爵の後ろに控える者の中に、一人だけ雰囲気の違う人物を見つけた。

 小太りの、顔中に脂ぎったような笑みを浮かべる中年の男。


「奴隷商は『恵みを受けぬ者』を教会に引き渡した! 教会は、『恵みを受けぬ者』発見の謝礼として、男に金貨三十枚を報酬として送る!」


 小太りの男が、手をこまねきつつ一歩前に出る。

 公爵は懐から取り出した袋を頭上に掲げ、それを振って見せた。


 袋の中でぶつかり合う小銭の音は、広場の静寂の中によく響いた。


 公爵はそれを小太りの男に渡した。

 小太りの男はこれ身がよりにそれを振りつつ、公爵と同じようにそれを掲げて見せ、そしてにんまりと、へばりつく様な笑顔を浮かべた。


 あからさまに手に持った袋から音が出るように、丸い体を上下に揺らして歩き、小太りの男は元の位置に戻った。


「そして、ここに、今回の処断が正当なものである事の証として!」


 公爵の言葉を受けて、姫騎士が地面に転がされた少女から、頭部の麻袋を乱暴に剥ぎ取った。

 麻袋があごに引っかかったのか、麻袋は顔からなかなか離れず、しかし、姫騎士の外見に似合わぬ膂力によって、少女は引きずりまわされ、ついに麻袋は外された。


 広場の誰もが行きを飲んだ。

 公爵側もまた同じだった。唯一、小太りの男を除いて。


 美しい。可憐な。妖精のような。

 およそ、妖艶と言った類の言葉以外の、美を形容する言葉全てが当てはまるような、そんな美しさか。

 いや、世の中の全ての美に喧嘩を売っているとも言うべきか。


 緑とも、水色ともつかない独特の風合いの髪。手入れをされておらず、大雑把に肩にかからない程度に切られただけではあるが、その髪が尋常でないほどの滑らかさとしなやかさを持っている事は、誰の目にも明らかだった。

 理想的なカーブを描くあごのライン。そしてそこから伸びる首。姫騎士に引きずられた後だからか、わずかに乱れた息と連動して上下する細い喉。

 やせ過ぎているとも、そうでもないとも言えない絶妙な具合で浮き出た鎖骨。優しげな印象を与える撫で肩。

 ぼろ衣から浮き出るようにして見える、程よい大きさの胸、尻。それらをつなぐ見事な三次元曲線のくびれ。

 その全てを覆うは、湯で卵のような絹肌。


 碧水晶。そう呼ぶのが相応しい、その眼。

 なだらかにハの字に開く整った眉と共に、これから起こるであろう事に恐怖するその眼。

 ぷっくりと桃色の唇は、薄く開けられ、ひゅうひゅうと荒い息が漏れる。


 一体、どれほどの言葉を弄すれば、この少女の美しさを形容できようか?

 ただひとつ、そうして堂々巡りを続けた疑問の果てにあるのは、やはりシンプルな『美しい』だった。

 下卑な考えを抱く事すら許さない、ただただシンプルな『美しい』


 ゆえに少女は、少女の美しさは、世界中の『美しい』の全てを打ち伏せる。


 公爵の演説とは正反対の意味で、広場は沈黙に支配されていた。

 思考が停止し、この場所に集まった意味すら忘れる。


 そんな中で、ただ一人、行動の指針を持っていた公爵だけが、次の行動に移ることが出来た。


「ここに!」


 広場の全員がわれに変える。

 今一度、公爵は宣言した。


「ここに! この処断の正当性を示すッ!」


 そういった公爵は、ただ、無言で腰をかがめ、ただ、無表情で。

 少女の小さく漏らした悲鳴も、沈黙に解けて消える。

 そのまま、ただ、少女の手を握って見せた。


 閃光。


 一瞬遅れて、電気の爆ぜる様な音。

 少女の悲鳴が広場に響き、民衆がどよめく。


 閃光から復帰した人々が見たのは、顔をゆがめて手を押さえる少女と、その周りを漂う黒い煙だった。


「なんだ……今の……」


 人々の疑問がつぶやきとなって漏れ、にわかに広場が騒がしくなり始めた。


「これがッ!」


 手を押さえうずくまる少女を指差し、熱っぽい口調で公爵は語る。


「これこそが、『恵みを受けぬ者』たる証!

 そう、これこそが、『恵みを受けぬ者』たる証だ!」


 俺の不安は、今ここに結実した。

 『恵みを受けぬ者』という呼び方。それが、おれの知っていた(・・・・・)呼び方と違ったから、今まで分からなかった。

 ボールドが、レノア婆さんが教えてくれた呼び名と、違っていたからだ。


 不適格者。


 俺は、そう教えてもらっていた。

 魔法に見放された者、と。


 レベルの差こそあれ、地球上の全ての人が持っているはずの魔法を扱う才能。

 勉強しさえすれば、誰でも一様に使う事の出来る『技術』。


 全ての人が同じ魔法を使えても、その威力に明確な差は出る。


 皆、誰しもが、目の前にある棒を握る事は出来る。当然だ。

 しかし、その棒にかけることの出来る握力には、差が出る。

 そういうことだ。


 そんな中で、ごくごく僅かな数だけ。

 本当に、僅かな数だけ『棒を握れない』人間がいる。


 つまり、先天的に魔法が使えない人間。


 そして、魔法が使えない事意外に、不適格者にはもうひとつの特徴がある。

 体内に魔素を持つもの、すなわち魔力を持つもの――魔法が使える人間(それはつまり全ての人間だ)と接触した場合、不適格者はその魔力に耐え切れず――


 閃光と激しい痛み。

 強烈な拒絶反応が起こる。


 それこそが、不適格者。

 それこそが、恵みを受けぬ者。


 この世界の最大宗派は、魔法を『神が与え給うた剣』と呼ぶ。

 すなわち、人を造りし神が、弱き人に、魔物と戦うための剣として与えた技術。


 『神からの恵み』


 それを持たない者とは、すなわち、神から剣を与えられなかった者。

 人として認められなかったもの。

 人ならざるもの。


 それはつまり、人の形をした魔である、と。


 不適格者とは、人類社会から排斥されるべき存在なのだ。


「よってッ! 今ここに、この『恵みを受けぬ者』の処断を断行するッ!」


 何故?


 宗教だからさ。

 作った側の都合のいいように作られているんだ。


 都合のいいように?


 魔物への敵愾心をあおって、民衆をまとめる為。

 魔物は、人の姿に代わってまで、自分たちを脅かしてくるぞ、ってね。


 どうして、そんなことしなきゃならないのさ。


 共通の敵を持たせる事が、人々をまとめるのに一番都合が良いからね。

 この世界の人間は常に魔物の脅威に晒されている。

 人々の意識は常にそれに対するように向けられていなければならない。


 衛兵がいるじゃないか。傭兵がいるじゃないか。


 軍隊は多飯喰らいだからだよ。

 軍隊を維持するには、大量の税金が必要になる。

 常に魔物の脅威に晒されているこの世界では、常に軍隊を稼動させなければならない。

 莫大なエネルギーだよ。


 だったら、軍隊が民衆から頼られないと。


 そう、軍隊は頑張らなければいけないね。

 だけど、民衆に安心感を与えちゃだめなんだ。


 どういう意味さ?


 日本の自衛隊がいい例さ。

 平和ボケした民衆が軍隊排斥を唱える。そういうやつらに限って声が大きい。

 空軍の戦闘機が創設されてからどれだけスクランブル発進したか知っているかい?

 二万回だよ、二万回。

 今に至っても、年に五百回はしてるさ。

 この意味が分かるかい?


 軍隊は、民衆を危険から守る一方で、民衆に危機感を持たせなければならない。

 必要性を感じさせなければならない。

 そういうこと?


 そう。

 日本だって、平和なように見えて、年に五百回は領空侵犯の危機に脅かされている。

 それに核廃絶だって考え物だよ。

 核の傘、って知ってるかい?

 切る事の出来ないカード、絶対の切り札。でも、相手に切られたら絶対に切らざるを得ないカード。

 打てば打たれる。攻めれば打たれる。

 そういう危ういバランスで、今の世界は成り立っている。

 核と言う、分かりやすい力でね。


 それは、いい事なの?


 必要な事さ。


 そういう意味じゃない。善い事なの?


 全体にとってはね。

 でも、しわ寄せは必ずどこかにくるんだ。


 それでいいの?


 必要な事さ。


 それでいいの?


 必要な事さ。


 ねえ。


「『恵みを受けぬ者』を断頭台へッ!」


 少女が、二人の上級衛兵に引かれてギロチンへと運ばれてゆく。

 少女が泣き叫びながら抵抗する。が、大の男、それも兵士二人の前には無力だ。


 俺はそれをただ黙ってみていた。

 それでいいのか、俺は。

 俺は、どうすればいい?


 ――これは予感じゃないよ。長く生きてきた者にしか分からん事よ。


 ――何なんですか。教えてください。


 ――私はね、この村が好きなんじゃ


 ――分かります。


 ――この小さな村を守りたいんじゃ。この村の人間が迫害されるのを見たくは無い。だから、許してはくれんか?


 そういってレノア婆さんは、俺の手を握った。

 月夜を照らす閃光、激痛。


 ――不適格者をかくまった。その事実は、この小さな村を容易く蹂躙してしまうじゃろうて。


 月をシルエットに立つレノア婆さんを、俺はただ黙ってみていた。

 何も出来ない。ただ手をさすっていた。

 そして、その口が開かれる。


 やめてくれ。

 思い出したくないんだ。




     ―― お前さんは、不適格者じゃよ ――




 お前さんは、不適格者じゃよ。

 お前さんは、不適格者じゃよ。

 お前さんは、不適格者じゃよ。


 必要な事さ。

 必要な事さ。

 必要な事さ。


 無数の文字が、会話が、倫理が、主義が、宗教が、脳内を駆け巡る。

 瞬間的な思考が、目の前の光景と共に流れ去ってゆく。


 その思考は、目に捕らえられず飛び去っていく葉のようで、しかし、確実に一枚一枚を認識できる葉でもあった。


 思考を超えたイメージの果てで、全てがせめぎあって、相殺して、打ち消されて。


 そして最後に残ったものは、やはりというべきか。

 ただ、シンプルだった。


 ――武器はあるのか?

 ――自分の力で太刀打ちできるのか?

 ――そもそも何かの罠ならどうするんだ?


 ――そこまで一気に考えて気が付いた。


 シンプルに、ただシンプルに。

 だからこそ頑丈で、安定していて、揺るぎが無い。

 その研ぎ澄まされた姿が、究極。

 機能を追求すれば、それは自然に美しくなる。


 最後に残ったものは、ただ、美しく。

 ただ、美しく。


     ―― 悩んでいるのは、助けに行くか、ではなくなっていた ――


 最後に残ったもの。

 ただ、自分の心のあるがままに。

 


『名は――』

『ソフランと申します』


『そうか。

 ……自己紹介が遅れたな、俺の名前はボールド。この村で狩りをして生計を立てている』


『来たかえ』

『……レノアおばあさん、ですか』


『客人よ、貴方を歓迎しよう。

 ようこそ、商いの町へ。コーエキーの町で良き商売を、良き日々を』


『お! あんちゃん、ハンター志望か!

 いいねぇ、ほら見てってくれよ!』


『新入りか。歓迎するぜ』


『――行くぞ』



 ただ、自分の心のあるがままに。


          ◇


 じゃらりと。

 重みのある、数え切れないほどの金貨の音。

 小さな布袋にこめられた、数え切れないほどの金貨の量。


 莫大な金貨を秘めた小さな布袋は、公爵からほんの二メートルほどの距離に落ちた。


 広場から、完全に音が消えた。

 呼吸音さえも、全てが途絶える。


 少女をギロチンへ運ぼうとしていた衛兵二人も動きを止め。

 姫騎士も身動きがとれず。

 公爵もまた。


 そして全ての視線は、ゆっくりと、小さな布袋を放った人物へと注がれる。

 布袋を放った、俺へと。


 圧倒的な視線の津波を前に、しかし、俺の心は静かだった。

 ただ、自分の心のあるがままに。


 ほら、俺なら出来る――そうだ、ほら。

 出来たじゃないか。


 俺は、その中にありながら、おどけるように手を広げて見せた。


「足りないか?」


 俺の一言が、風に乗って、音を震わせ、人の波を撫でた。


 何が? そんな反応すら返ってこない。

 この場の全てが、飲まれてしまっている。


 たった、俺一人に。


 手をだらりとおろし、笑みを浮かべ、顔を少しだけ上に向ける。

 見下ろすように、そんな目つきになるように。


「聞こえなかったか? なら、もう一度丁寧に言ってやろう」


 広場の全員に。

 あくまで傲慢に、尊大に、力強く、言い放て。


「その少女を、買おう」

書いているうちに筆が乗りすぎた

現在三時

肩こりと疲労による全身の震えがががががが


明日月曜なのに……


筆が乗っているときはフィーリングに身を任せて書くのが信条です

頭を使って書いたものよりも、細かい粗こそあれ、構成はこっちの方がすばらしいと思うんです


ではまた次回、七月上旬(もう入ってるよ……)にお会いしましょう


追記:八話遅れます。ごめんなさい

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