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第二話 「シルク・マジック」

予定より大幅に早い投稿となりました。

久しぶりの土日二連休だった上に、筆が乗ってしまったので。

初の感想ももらった事ですしね。

「……嘘だ」


 日付が完全に分からなくなってしまった……。

 データが無事に残ってるかどうかは……駄目だ、確認する気も起きない。


 ――圏外。


 俺の契約している携帯事業者は、日本のどこであろうと他社よりも高速で通信できることを売りにしている。

 キャッチコピーは「富士山頂上でも快適ネット」だ。

 それが本当だとするなら……本当に、圏外なのなら、ここは少なくとも日本ではないのだろう。


 常日頃からクソ回線だと罵っていながら、こんな不正確だと分かり切った情報をアテにしなければならないという事に、今の状況は本当に絶望的なのだと思い知らされる。


 絶望的なのだ……本当に。

 俺は――東京に帰れないのか? あの、みんなではしゃぎ回った研究室に戻ることは出来ないのか? 仲の良かった町工場のおっちゃんにも会えないのか?


 いかんいかん、これじゃ駄目だ……まだ俺は自分の夢を諦めたくはないんだ。


「良くない表情をしているな、お前さん」


 突然後ろから掛けられた野太い声に、スマートフォンを取り落しそうになりつつ、自分でもびっくりするくらいの勢いで振り向いた。


「朝の狩りから帰ってきたら、坊主は水を飲みに行っちまったって言うんでね」


「『言うんでね』って言うのは――」


「ん? ――おう、ソフランからだ」


 振り向いた先に立っていたのは、身長は二メートルもあろうかと言う大男だった。

 両手を腰に当て、胸を張りながら仁王立ち。ボサボサで汗に濡れた髪を、適当に後ろに束ねただけの頭。髭は不揃いに切られているだけだ。

 黒く焼けた肌に紅潮した頬。笑った口から覗く白い歯が顔にアクセントを加えている。

 月並みな表現だが、本当の意味で『丸太の様な』腕に、荒い生地のタンクトップから胸筋と腹筋が浮き出ていた。


 親父、親分。そんな呼び方が似合いそうな『おっさん』だ。


「おう、そんなに見てくれるな……。

 よくこう言ってからかうわれるんだが、突然変異ででかくなったドワーフなんかじゃねえぜ。れっきとしたヒューマンだ」


 何のことだ?

 からかうってことは、ある種のジョークなんだろうけど、なんだろう……アメリカンジョークを日本人が聞いたみたいに、意味が分からなくて反応に困る。


 たしか、ドワーフってのは、ファンタジー小説やロールプレイングゲームに出てくる種族だったか?

 ええと……俺の記憶が正しければ、鍛冶仕事に強い、背が低くて力が強くて、長い髭――ああ、そういう事か。


「はぁ……」


「坊主、そんな気の抜けた返事をすんなや。まあ、積もる話は俺んおれんちでしようか」


          ◇


「うーい! ソフラン! 帰ったぞ!」


 そんな大きな声でなくとも、と言うくらいの大音声を上げつつ、おっさんが引き戸を開け放つ。


 玄関口に放置されていたウサギ数匹を纏めてさっと拾い上げ、キッチンの方向に放り投げつつ、どかっとソファに座り込んだ大男は、顎と目線で俺にも座れと言ってきた。


 放り投げられたウサギが落ちる音はしなかった。

 が、そのかわり玄関から静かにソフランの声が返ってきた。


「ご主人様、ウサギの方はいつも通りでよろしいでしょうか」


「おう、そうしてくれ」


 どうやら放り投げられたウサギは、ソフランによって完璧にキャッチされていたようだ。

 会話から察するに、おっさんが帰るなり獲物をキッチンに放り投げるのは、いつもの事なのだろう。


 俺はおっさんに指示された通り、おっさんの向かいのソファに腰を下ろした。


 おっさんは慣れた手つきで煙草の様なもの(とはいえ、その構造と用途から見て、十中八九煙草、少なくとも嗜好品の類だろう)に火をつけ、口にくわえた。


 口に咥えた煙草の先の火を消さんとばかりに、強く鼻息を吹き続け、それが十秒以上続いたあと、それまでの反動とばかりに(吐いた後に吸うのは当然なのだが)勢いよく煙草を吸い始めた。

 猛烈な勢いで短くなってゆく煙草を見つめること数十秒、煙草から口を離したおっさんは、火を噴いているかのように煙を吐く。

 そして、すっかり短くなった煙草を手のひらに押し付けて消火し、吸殻をソフランの持ってきた灰皿へ入れた。


 一通り煙草を吸い終えたおっさんは、改めてまじまじと俺の顔を見つめ、やっと、口を開いた。


「待たせて悪かったな、坊主。俺ぁ、こいつを吸わねえと始まらねぇんだ」


「いえ、お構いなく」


「そうか。

 ……自己紹介が遅れたな、俺の名前はボールド。この村で狩りをして生計を立てている」


 そう言いつつ、おっさん――ボールドは、ソフランに追加の煙草を注文していた。

 銘柄は、やはり、あの水飴のような飲み物『×××××××』と同じように聞き取ることは出来なかった。


「僕は……内田智史といいます」


「ウチダ・サトシ、か。

 珍しい名前だな。貴族の出か?」


 貴族出身ではないかと聞きつつも、その口調がぞんざいなものから変わらないのは、この人の人柄か。

 俺は貴族出身どころか、おそらく、この世界の出身ですらないが、身分と言うモノが無い世界で生まれ育ってきた身としては、自分よりも年上の人間が自分に頭を下げるのには、多分、耐える事が出来ないと思う。


「いえ、貴族の出身ではないです。

 ……おそらく、平民――になるかと」


 貴族、奴隷という言葉が平気で出てくるあたり、この世界は地球よりも数百年くらい、技術進歩が遅れていると見ても良いだろう。

 そうならば、地球での俺の身分は如何いかがなものか。


 この世界の身分の相場(変な言い方だが)が分からない以上、下手に高い身分を言ってもあとあと苦労するだけだろう。

 だったら精々、平民くらいなものじゃないだろうか。


 まだ奴隷制度が残っているくらいの、地球の裏側のジャングルの奥地って言う線はもうない。

 ボールドさんも、ソフランも、日本語で話しているのだから。


「『おそらく』って、お前さん、記憶でもなくしちまったか?

 そのナリじゃあ、どう見たって貴族だぜ。

 盗みか人殺しでもしたって言うんじゃない限り、とてもじゃないが平民が手を出せる様な服じゃぁないぜ?」


 しくじった!

 そうか、この世界では俺の服装は相当に高価なものだと見られているのか……。


「記憶は……いえ、無いという事はないんですが、どういう経緯いきさつでここに来ることになったのかは……覚えていません。

 服は、紛れもなく自分の物です」


「まあ、悪く言ってるわけじゃないが、どう見てもお前さんは、盗みや人殺しが出来るようには見えんしな。

 お前さんが言うなら、自分の物なのだろう」


 だが、平民がそんな上等な服を着てる、って分かっちまえばすぐに憲兵団が飛んでくるだろうしな。

 そういったボールドは、キッチンからソフランを呼んだ。


「レノアの婆さんの家に行って、婆さんの倅の服、一着譲って貰ってこい。

 礼として、干し肉をいくつか持って行っておけ」


「すみません」


「そんなに頭を下げんな。

 そんなに感謝されちまうと、調子が狂っちまう」


 頭をがりがりと掻きつつ、照れくさそうに言う大男。

 ボールドは感謝されることに慣れてないようだ。


「……では、あの、僕がどうしてこの村に居たのかを教えてください」


「ああ、別にかまわないが、正直、どうしてここに来たのかなんてこっちが聞きたいくらいだ」


「……と、言うのは?」


「ここは北のギィ帝国と南のショーク王国との国境・ティープの森の入り口に位置する村だ。

 ティープの森は深いのと、とにかく魔物が多いのが特徴だ。魔素の量も半端じゃないしな。

 基本的に、南北の移動はティープの森を突っ切るのではなく、東のゴゥ王国を経由する形で行われる。

 それほどまでに危険な森だからこそ、南北の国境とされ、南北は仲が悪いにもかかわらず大規模な侵攻もないまま、過ごせている訳だが……」


「それは、ソフランさんから聞いています。

 それで、僕は……?」


 魔物、魔素と言う単語は気になったが、今は自分がどうやってこちらに来たかの方が重要だ。

 帰るための手掛かりにもなるかもしれないのだから。


「ああ、それでな……」


 お前さんは、そのほぼ中央部で倒れていた。

 煙草の煙を吐きつつ、ボールドがさらりと言った。


「……え?

 いや、ティープの森は危険すぎるんじゃ……」


「だからこそ俺も気になってるんだよ。

 見つけた日――三日前だったか……は、妙に魔物の数が少なかった。

 異様なまでに、だ。

 理由は知らん。だが、だからこそお前さんを見つけられた」


「見つけたって、中央部まで危険を承知で入り込んだんですか?」


 俺の問いに、ボールドは新しい煙草に火をつけつつ、ガハハと豪快に笑いながら答えた。


「お前さん、俺をただの狩人だと思ってもらっちゃ困るね。

 全盛期には大分劣るが、これでも大陸で結構、名のあったハンターだったんだ」


 ハンターと狩人。

 地球においてこれらの単語の意味は同じだが、この世界では違う意味で使われているようだ。

 厳密には同じ意味だったが、次第に違う意味で使われるようになっていったというのが本当のところだろうが。


 狩人は食料を得るために『動物』を狩る人を。

 ハンターは別の目的で――おそらく、人間の生活圏から危険を排除するため――『魔物』を狩る人を。


「引退した身とは言え、俺もハンターだ。

 明らかに異常と取れる事態だったから、原因を突き止めるのも含めて、少し、奥まで行ってみたんだ」


 そしたら、お前さんが転がっていた、と。


「初めはショーク王国からの亡命者かと思ったが……違うんだろ?」


「ええ。

 僕自身、生まれてきたときからこの歳まで、育ってきた記憶はちゃんとあります」


「けど、ここ数日間の記憶が無い、と。

 見つけたのが三日前だから、少なくとも四日以上は記憶が無いのか」


「はい」


 一瞬の間を破るようにして、引き戸が開けられる音。


「ご主人様、ただ今戻りました。

 ご要望の品を取ってまいりました」


 会話が途切れたジャストタイミングでソフランが帰ってきた。

 いや、狙ったか。


「そうか、ありがとう」


 ボールドは顎をしゃくって、ソフランにその荷物を俺に渡すよう指示した。


「こちらになります」


「助けていただいただけでなく、こんなものまで……本当にありがとうございます」


「感謝は要らんと、いっただろう?」


 ボールドは満面の笑顔だ。

 ソフランも薄く微笑んでいる。


 俺には……ここまでしてもらっていながら、俺には何も返せるものが無いのか……。


 ――いや。


 ――いや、あるぞ!

 俺の見た目が貴族と言うのならば、絹のハンカチはこの世界では超高級品に値する筈だ。

 大学院への進学祝いに母親に買ってもらったハンカチを渡すのは忍びないが、命の恩人だ、むしろこれくらいしかないと思うべきだ。


 本当の価値と言うなら、精密機器類が鞄の中にいくつかあるが、ここでは到底、価値が見いだせない品だろう。


「感謝は要らないと言われても、感謝をしなければ、僕の方が耐えられません。

 ……どうか、これだけでも受け取ってもらえないでしょうか?」


 鞄の中に入れてあったハンカチを取り出し、ボールドに両手で差し出す。


 俺の手に乗せられたハンカチを一瞬注視し、それが絹製であると築いた瞬間、ボールドの目が見開かれ、ものすごい勢いでソファから立ち上がって、それを受け取った。


「こいつは……絹か!

 ……これほど精巧で質のいいものは、俺も見たことがねえ!

 しかも、魔法がかかってる訳でもねえのに、抗菌状態になってやがる……。

 受け取れねえよ! こんなもの!」


「それでも! 貴方は僕の命の恩人です!」


 一瞬の間。


「……参ったな……」


 思わず叫んでしまった俺の言葉に、ボールドは唸りながら、どさっとソファに腰を落とした。


「ふむ……じゃあ、こうしよう」


 そういったボールドが俺に提案してきた内容は、こうだ。


 どう見てもこのハンカチは超高級品だ(大陸中を飛び回った俺が見ても、とボールドは付け加えた)

 皇帝に献上しても恥ずかしくない程の代物。

 だが俺は皇帝はおろか貴族にすら会えるような身分ではない。

 別口で売ろうにも、世慣れしていない俺では二束三文で引き取られるのがオチだ(もちろんそのあと貴族に高値で売りつけられるだろう)

 だから、このハンカチはそれなりに名のあるボールドが売る。

 そうすれば損をすることもなく、適切な値段で売る事が出来る。


 俺はこの世界についてあまりにも無知だ(その歳で何故ここまで無知なのか、詳しい事は聞かない、とボールドは言った)

 ボールドがハンカチを売った金はボールド自身にも十分な利益が出るようにし、俺にも分配される。


 とまあ、こんな感じだ。


 一通り話し終わったボールドは、席を立ち、キッチンの奥へと向かった。

 キッチンの奥に姿を消す前に、ふと思い出したようにボールドが聞いてきた。


「坊主。

 ……お前、家も何もないんだろう?」


「え?」


 俺はまだそんなこと言ってなかったはずだが……。


「目ぇ見りゃ、分かるんだよ。

 困ってんだろ、お前さん」


 それだけ言い残して、彼はキッチンの奥へと消えてしまった。

 足音から察するに、地下室へ向かったのだろう。

お読みいただきありがとうございました。


話自体の進行が遅い気もしますが、まあ、こんなもんでしょう。

あとあとに矛盾や面倒な展開(主に書き手として)にしてしまわないよう、

細心の注意を払って、序盤は進めなければ。


後半はまだ少し粗削りな感が拭えない……


内容で勝負とは考えていましたが、宣伝もある程度は必要かと思って、

ランキング用のタグをいくつか追加しました。


洗剤のステマではありません。

ええ、決して。

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