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第00話 「変異の朝」(改訂版)

2012/10/08

プロローグを修正しました。


初期は作品自体の雰囲気が固まっていなかったため、

だいたい六話までにかけて、それ以降と作品テイストがかなり異なっています。


七話以降の雰囲気で統一する事にしたので、

プロローグから順次、改稿して行きます。


改稿したものには、タイトルの後に(改訂版)とつけています。

 顔に朝日が差している。

 ベッドは日が差さないように部屋の奥に配置してるんだけどな。


 ぼんやりとしたまま、日が顔に差している事への不満より先に、頭に部屋の見取り図が浮かぶ。

 自分のマンションの構造図と、寝室の家具の配置。今の季節。


 脳内図面で、部屋の中での自分の頭の位置と、窓とに大雑把にラインを引く。

 そこから大体の日の角度を計算し、時間に見当をつける――今は十時くらいかな?


 そこまで来てようやく寝坊した可能性に気づき、予定表とカレンダーを思い出す。

 ああ、よかった。今日は丸一日フリーだ。

 今日は秋葉原散策に勤しむとしよう。


 体を起こして時計を見るのが億劫だという理由だけで、ぼやけた頭のままでこんな事をしてしまう。

 厄介だが、そういう性分だ。仕方が無い。


 さて、答えあわせでもするか。


 そう思って体を起こした。


「あ、起きられましたか」


 目の前には、俺の顔を見て安心したように微笑む、茶色の髪の少女がいた。


 その言葉は、独特の訛りは有ったが、確かに英語だった。



     ◇ マジカル・インダストリアル ◇



「……大丈夫ですか?」


 混乱の極みにある俺に構うことなく、濡れタオルを両手で手渡してくる少女。

 俺の耳が確かなら、この少女は確かに『Are you ok?』と言った。


 これで顔を拭けというのか。

 冷たい水で濡れたそれからは、かすかに川のような香りがした。

 渡された、タオルと呼ぶにはいささか苦しいぼろ衣を顔に当て、拭く振りをしながら彼女の顔を伺う。


 日本人離れした顔立ち。茶色の髪。事実、日本人ではないのだろう。

 どういう教育を受けたらそうなるのか、驚くほどに丁寧な言葉遣い、完璧な動作。

 秋葉原でよく見る、格好だけメイドの小娘とは格が違う。服装こそ粗悪な麻のものだが、その立ち振る舞いはまさに従者の鏡。


 七分丈の薄手の肌着に、荒い生地のベストと思しき上着。下半身は膝下までのスカートだ。

 スカート前面にかかった、元は白だったのであろう薄汚れた茶色のエプロンからは、どこかメイド服に似た意匠が感じられない事もない。


 セミロングの髪は、頭の後ろに団子状にしてまとめられていた。

 毛先は随分痛んでおり、お世辞にも十分な手入れがなされているとは言いがたい。


 ついに俺の頭も逝ったか。

 しかし何が悲しくて三次元の世界に。どうせなら二次元の世界に行きたかった。

 ある種、諦観の境地に達しつつ、周りを見渡す。


 自分の部屋ではない。


 ベッドも硬い。ニトリの羽毛布団はこんなに硬くは無かった。


 木造と思しき家だった。

 日本的な木造家屋というよりは、西洋的なログハウスという方が正しいだろう。


 家の中の調度品は、およそすべてが木製、ソファなどに張ってある布類は随分荒いつくりだ。

 見た所、プラスチックやナイロンなどの化学繊維から作られていそうなものは、何一つとして見当たらない。


 窓の外もまた同じ。 

 ガラス窓ではなく、木枠と鎧戸のみの簡素なもの。日はそこから差し込んでいた。


 そこから見えるのは、川と水車小屋、わらぶき屋根の民家がぽつぽつ。

 極彩色のニワトリと思しき生物が駆け回っている。


 ドッキリ、なんていうのも一瞬考えはしたが、俺の友人にこんな気の利いたドッキリを仕掛けられるヤツが居るものか。

 仮に実行に移したとして、俺の目の前にいるのは水色の髪の少女なんてものではなく、二次元美少女の立て看板ってのがオチだろう。


 それに、あいつらにこんなファンタジーなセットを作るセンスがあるはずが無い。起きたらネルフ本部って言う方がまだあいつららしい。


「あの……大丈夫ですか?」


 もう一度、俺の顔を覗き込みながら、恐る恐るといった調子で女の子が、やはり英語で問いかけてきた。


 自体が飲み込めないまま、とりあえずとりあえず濡れタオルを少女に手渡した。

 顔を拭いて、いくらか目が醒めてきたように思う。


 通じるのか――?

 頭のどこかで疑問を持ちつつも、恐る恐る、英語で少女に話しかけた。


「何か飲み物を――コーヒーでも頂けないでしょうか?」


「コーヒー……ですか?」


 どうやらちゃんと通じるらしく、少女はそのままコーヒーという名前を聞き返してはきたが、飲み物が飲みたいという事は伝わったようだった。


「ええ、無ければ水道水でも構いません。それと、ここがどこなのかも教えてくださると嬉しいです」


 英語に、日本語のような厳密な敬語は存在しないが、それでもこちらの話し方から、そこらへんは汲み取ってもらえるだろう。


 少女は困ったように首を傾げ、どこか遠慮したように言った。


「すみません、私、皇都の方や貴族様の文化に疎いもので……」


「貴族……?」


 テーマパークじゃあるまいし、時代錯誤もいいとこだ。

 今時、いい年下女の子がコーヒーも知らないなんて、笑い話にもならんぞ。


「はい。……今の上流階級では、果実水が流行っているとは聞いていましたが、なにぶんこの地方は情報が殆ど入ってこないので。

 こちらでも作れるものでしたら、すぐに準備いたしますが、どういたしましょう?」


「そりゃあ……大変ですねぇ……。とりあえずスーパーマーケットにでも行けば、インスタントコーヒーくらいはあると思いますよ。

 もちろん、コーヒーじゃないと我慢できないって訳ではありませんが」


 口調こそ落ち着いているが、正直なところ、俺の本心は『なに言ってんだこいつ』だ。


 いまさら貴族、上流階級なんて、冗談じゃない。

 王政を採用している国は、確かに今でも残っているが、これだけ英語を流暢に喋れる上、きちんとした礼儀作法を身につけた子が、いるような国ではなかったと思う。


「失礼ながら、スーパーマーケットという物ががどのようなものなのか、私は存じておりませんが、おそらく、その『コーヒー』という飲み物も、『インスタントコーヒー』という飲み物も、すぐには準備できないかと思います」


「いえ……ただの水でもいいですよ」


「申し訳ありません」


 丁寧に、腰から身体を折って頭を下げた少女は、小走りで外へ出て行く。

 止め具こそネジではなさそうでは有ったが、ドアの接続部は、れっきとした鉄製の蝶番ちょうつがいだった。


 三十秒と立たずに戻ってきた少女の手には、木から削りだして作られたと思われる、簡単なつくりのコップが握られていた。


「どうぞ、お水です」


「どうも」


 軽く礼をしてコップを受け取り、すぐさま口へ運ぶ。


 俺が礼をしたことに、少女が困惑したようにうろたえたが、無視してコップなのかの水を胃へ流し込む。

 しかし、水道水独特の塩素の味がしない事に、思わず顔をしかめた。


「これ、どこの水ですか?」


「え? 川ですよ」


 思わず質問した俺に、完全に虚を疲れた顔で答える少女。

 次に変わった表情は、水を持って来いと言ったのはお前だろう、そんな表情だ。


「煮沸消毒はしてありますか?」


 もちろん、あれだけの時間でそれが出来たとは到底思わないが。


 川の水を飲む事になれてない俺では、腹を壊すんじゃないか。

 第一、俺は水道水を持って来いと言ったはずだ。

 何も水で大自然が感じたいわけではないのだ。


「煮沸消毒? ……ですか?」


 煮沸消毒を知らないらしい。

 というより、その口ぶりからして、消毒という概念自体ないようだ。


 ……薄々悪い予感はしていた。


 しかし、家で寝たはずなのに、朝起きたら違う場所にいたということを、理性が信じていないだけなのだ。


「ここは、どこですか?」


 無意識のうちに、強い口調になっていた。

 初対面の人間に向ける言葉としては、礼儀知らずになるだろう。


「え、スタト村です……」


 何だそれは。

 怒鳴りそうになるのを、すんでのところで押さえ込む。


「そうじゃない! どこの国の、何県の、何市の、何町の、何村かと聞いているんだ!」


「け、県ですか……?」


 県も知らないのか。

 ならここはどこなんだよ。


「そうだ」


 早く言え、そういう目で少女をにらみつける。

 人を馬鹿にするのも大概にしろよ。


「すみません……。

 ここは、ギィ皇国南部、です。皇国の南部に位置するショーク王国との国境沿いに広がっている、ティープの森、その入り口です。村の名前はスタト村。一番近い都市は、ティープの森から歩いて三時間ほどにある、コーエキーの町になります」


「何だその国は。聞いたこともないぞ。国連非加盟国か?」


 分かっている。分かっているさ。

 ……これが現実逃避である事なんて、当然、分かってる。


 彼女の目は真剣そのものだ。

 彼女こそ、俺と同じ感想を持っているのだろう。

 『大丈夫かこいつ』と。


 本気で俺を心配している顔だ。

 とてもじゃないが、俺には彼女が俺を騙しているようには見えない、いや、思いたくない。


 彼女と俺、どちらが気違いか。


「お召し物から、貴方様は相当に位の高い貴族の方じゃないのかと……思うのですが……」


 俺の言動にだんだん自信がなくなってきたのか、声が尻すぼみになっていった。

 ナイロン製のカッターシャツにネクタイ、スーツのズボン――それが俺の服装だ。


 そして俺の希望は、続く彼女の言葉で、完全に打ち砕かれた。


「……記憶喪失の類は、治癒魔法でもどうしようもありませんし――」

お読みいただきありがとうございました。

基本的に、半月以上の間を空けずに更新しようとは考えていますが、

多忙なためままならないこともあるかと思います。


趣味で書いているものですので、そのあたりは割り切ってお読みください。

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