第二十話 ガンモドキと呼んではいけない男
朝からの大乱闘がおそらく収束し、止めに入った三人は困惑した表情で、雷やら炎やらで焼け焦げた乱闘現場を見やる。
「これ……どうするの?」
さすがにこのまま放置しておくのは、まずい。とジェン。
「てか、当事者が真っ先にいなくなるってどういうこと?後始末してってよ、もう。」
文句たらたらだが一応片づける気はあるらしいルノ。
「いやー、二人がお互いいなくなったからこその、乱闘収束でしょ。と、いうわけで僕もいなくなるわ。じゃね。」
二人に対して、二人の尻拭いをする気はまったくないクラ。
そして、そのまま、止めに来た方向―つまり外へ出て行こうとする。
それに慌ててルノが声をかける。
クラに対して片付けを手伝うように言うのかと思えば…違った。
「えぇ?ちょっと待ってよ!行く前に教えて!君誰?クラはどこ?」
『は?』
クラはおろか、ジェンまでもが素っ頓狂な声を上げた。
まあ、それが普通の反応だろう。
クラはさっきから居て。
ルノもさっきまでは普通に接していて。
他の誰も、クラはクラとして接していた(殺そうとしていた?)のだから。
「いやいや、僕がクラだし、帰ってくるも何も僕はここにいるし。」
ジェンより先に我に返ったクラが言う。
「さっきからずっと居た。」
続いてジェンも追従する。
だが、ルノは聞く耳を持たない。
「だーかーらー!さっきから居た君はクラじゃないんだって!何となく言い出しづらかったの!とにかく君はニセクラ…いや、クラモドキ?」
「クラモドキって何…」
「クラディーもどき略してクラモドキ!いいからちょっとと聞いててね。うんと……本物クラはねー、今朝どっか行ったらしいの。なんかね-、部屋に置き手紙あったの見たから。」
「だから、その用事から帰ってきたんだってば!さっきも外から来たでしょ!」
もっともな言い分だが、ルノは首を横に振る。
「違うもん!あのね、私、クラがいないの見てから、何してんのかなーって思って、占いしたの!そしたらね、殺虫剤まいてたから!だからまだ帰ってきてるはず無いもん!」
「さ、殺虫剤…?」
「ルノ占いでできるの?」
「できるよー、はっきり写らないことばっかりだけど。ジェンも占ってあげようか?あ!そこで殺虫剤に笑ってるクラモドキは占ってあげないからね!」
ずいぶんと、クラモドキと言う単語が気に入ったみたいだ。
「いや、ハハ、殺虫剤はともかくさぁ、ルノちゃんが見てから今までに時間が空いてるわけじゃん。僕帰ってきててもおかしくないよね?アハハ」
こちらは殺虫剤がツボに入っているらしい。
よほど的外れだったのか、それとも言い得て妙だったのか。
そして一人テンションの高いルノや、何がどうしてそんなにおかしいのか笑い続けているクラにおいて行かれたジェンは、一人無表情で事の推移を見守っている。
「とーにーかーくーっ!クラモドキはクラじゃないのっ!絶対違うの!何かそんな気がするのっ!アレだからね!あの…んっと…サージャが言ってたほら……クラはどこだ!言わないなら…ほら…えーラ、ライオンのもとで寝起きすることになるぞ!」
ルノがしどろもどろになりながらご丁寧に指さしポーズまでつけて叫んだ。
言って流石に自分でも恥ずかしかったのか、頬が少し上気している。
「リアル食料?」
ぼそっと呟いたジェンの言葉が状況をよく表しすぎていて、クラモドキはまた吹き出した。
「ぶはっ!あはは!それラトナだし!ライオンのもとで寝起きって!それ確かに食料になっちゃうよ!あはは!」
自分で突っ込んでおいてジェンまでもがクツクツと笑っている。
が、少し顔を上げて、ルノを見た瞬間-凍り付いた。
ルノは笑っていなかった。起こってもいなかった。恥ずかしがっても。
ただただ、無表情でクラモドキを見ていた。
「クラモドキ……おかしくもないのに笑わないで。ルノそういう場の雰囲気に合わせて笑いましたみたいな笑い方大っ嫌い。」
声も表情も平坦で、ルノの表情の変化に気づかず爆笑していたクラモドキさえも硬直した。ほんの一瞬だけ。
そしてルノに向き直り、瞳ををまじまじと見つめる。
そして、突然笑い出した。
さっきまでの、明るい笑い声ではなく、背筋に悪寒が走るような冷たい声で。
「ククク……そうか、その黄色い眼…おかしいとは思っていたが。思い出した。お前アリステスの娘だな?」
「え…………」
無表情になっていたルノの顔に、動揺の色が浮かんだ。
「アリステス…あいつの娘なら…確かにこれを見破る力があってもおかしくない……まだ力は未発達のようだが。」
不安げな表情を肯定と見たのかクラモドキは言葉を続ける。
だが…違った。
「あのー、一人心地してるとこごめん。お前…と娘…の間の名前?がさ、さっぱり聞き取れなかったんだけど。クラモドキ発音悪くない?」
動揺したのは、一部分だけ聞き取れなかったせいらしい。
「…?アリステス。お前の母親だろう?」
「や、だからさ、そんなに発音しにくいの?てかルノお母さんいないよ?ずっとサージャと一緒だったもん。」
「ルノ…アリステスって言ってる。」
黙っていたジェンも、おかしいと思ったのか口を挟む。
しかし至近距離にいるジェンの声でも聞き取れないらしく…。
「もおっ、何でジェンまでー。二人していったい何なのさ…」
そこで、クラモドキが合点が言ったように呟いた。
「……あぁ、記憶が消されているのか…、あの女、そんなことまで出来たとは…」
「ちょっとそこのクラモドキっ!一人でブツブツ言わないでよ!」
呟いた内容が聞こえないルノが叫ぶ。
ルノのように叫んだりはしないが、ジェンも何となく聞き耳を立てている。
話そうと話すまいと、自分に影響はない。そう判断したクラモドキは、話してやることにした。
「お前の母親は殺さ」
話してやることにしたのだが…
「あっ!ちょうちょだ!!」
「あぁ?!」
ルノが突然、とんでもない方向へ飛んでいった。
魔法を使っているようで、あり得ない距離までジャンプする。
それはともかく、クラモドキの話は、
「クラー、ジェンー、このちょうちょねっ!キベニアオイって言って、すっごく珍しいちょうちょさんなんだよ!」
クラモドキの話は…
「三日ごとに色が変わってくの!なんか捕まえた瞬間光ったんだけど…なんでだろ?」
もう興味が無くなったようだった。
というか、クラモドキの存在自体忘れてしまったようにも見える。
「ルノ…クラモドキが言ってたのは…」
「は?倉もどき?何言ってんのジェン、どうした?」
「いや、さっきからクラはクラじゃないとか…」
「え?クラはクラじゃん。熱ある?」
見える、ではない。本当に忘れてしまったようだ。
一人、クラモドキだけが、こちらを訝しげににらむ。
「今のは世界樹の魔力…、お前世界樹と知り合いか?」
「世界樹?あぁ!ししょー!クラ知り合いなの?」
「いや……」
「なんだぁ…でも今度会ってみなよ!面白いよ!…あ…でも世界樹の所、サージャ以
外連れて行くとどうも迷うなんだよなー」
一瞬、クラモドキは何が起きたのかを話してやろうと思ったが…やめた。
「まあ、いいか、俺の目的はお前ではないしな。少し懐かしい物を見ただけだ。」
そして、すれ違いざまにジェンにささやく。
「娘…我が身を思うなら、昨日会った者達にはかかわらぬ方がよいと思うぞ。忠告だ。」
そして、見事に石化したジェンを置き去りに、そのまま外へ出て行った。
「あれー、二人ともどうしたの?って、何この残骸!?戦争でもあったの?」
「あっ!クラお帰りー!殺虫剤お疲れ様でーす。」
「あぁ、なんだ。なにやってたか知ってたの?」
「よく分かんないけどちょっと知ってるの。それよりさ、ここ片付けるの手伝ってよ。あのね、サージャとライトったらひどいんだよ…………」
かくかくしかじかで…と、ルノが今度こそ本物であろうクラにに説明している…もとい愚痴を言っているのを聞きながら、ジェンは「やっぱりあの晩、なんとしてても無視すべきだった」と心の中で呟いていた。