歯医者へ行こう
歯科医院には、色んな人間が集まってくる。
虫歯の患者がいれば、定期検診の人間まで、理由はそれぞれ違う。
「こんにちは」
花村は歯科衛生士で、まだ2年目だった。
それでも最初に比べると、慣れてきたほうだった。
「今日は定期検診でいいですか?」
聞くと、患者は緊張気味に「はい」と答える。
30代くらいだろうか。
かっこいい顔をしており、花村も緊張してくる。
ー彼女、いるんだろうな。
そんなことを思いつつ、笑顔を作る。
「じゃあ見てみますね。椅子を倒します」
花村が優しく言うと、男性ー関口はうなずく。
かすかに煙草の香りがするが、口の中は肛門よりも菌が多いので、できれば歯磨きしてきて欲しかった。
「口を開けてください」
側にもう1人、歯科衛生士がやって来て、歯を見ていく。
ついでに歯肉が下がっていないか、調べていく。
「1が3、2が2」
患者的には呪いのように聞こえるかもしれないが、大事なことだった。
関口はその間、じっとしており、天井を見ているのだった。
ーこの人、歯が綺麗だわ。
煙草を吸っていても、どこかで歯磨きの仕方を習ったのか、歯肉からの出血が少なかった。
花村は全部の歯を見ると、関口に柔らかく言う。
「大丈夫ですよ。虫歯はなさそうです。一応、レントゲンを撮りましょう」
「は、はい」
別の部屋に移動し、レントゲンの用意をする。
関口はそんな花村に聞いてくる。
「眼鏡はとらなくていいんですか?」
「大丈夫です。じゃあ撮りますね。はい、口を開けて」
関口の口の中に撮影用の物体を入れると、レントゲンを撮り始める。
関口は喉を鳴らしたが、花村は気にならなかった。
「…はい、終わりです。お疲れ様でした」
そう言うと、元の部屋へ戻るように促す。
関口は真面目なタイプのようで、言われるまま従う。
歯科医院には他にも見ている最中の患者がおり、関口はちらりと見ながら部屋に戻る。
ー矯正していないのね。歯根がばらばらだわ。
レントゲンの結果を機械でさっと見たが、やはり虫歯はないようだった。
すぐにその画面を、関口に見せる。
「関口さんの口の中を見たのですが、虫歯はないようです。ただ奥歯が磨きづらいのか、血が出たのて、意識して磨いてください」
「あ、あの…」
「はい? 何でしょうか?」
「磨くと言っても、どんな力で磨けばいいのでしょうか?」
「そうですね。ちょっと待ってください」
花村は部屋を離れると、ハブラシとフロスを取りに行ってくる。
それから関口に手を出してもらい、ハブラシを当てる。
「力はこんなものでしょうか。痛いと思ったら、歯肉にダメージがくるので、やめてください。歯磨きは1cm以上動かさないこと。分かりましたか?」
「分かりました。歯磨き粉は?」
「使ってください、ただし、粒粒が入ったものは、避けてください」
「はい。…それでフロスは?」
「フロスは失礼ですが、奥の歯ができていないので、一緒にやってみましょうか」
「詰め物があって、怖いんですけど。何か取れそうで」
「それなら私達が見ますから。ーこれを持って」
フロスを渡すと、花村は関口の手を掴み、少しどきりとする。
ー大きな手。いいな、男の人は力もあるし。
羨ましく思ったのは、ピアノやギターを弾く時に、花村は手が小さいので、上手くいかないのだった。
だからやめてしまったのだが、こんな大きな手があれば良かったなと思ってしまう。
「ゆっくり、ゆっくり。そうです。そこはそのまま入れて、あ、血が出ましたね」
花村は褒めたり、事実を伝えたりしながら、歯磨き講習をしていく。
ーこの人、飲み込みが早い。
患者の中には分からないという人も多いのだが、花村はやり方を聞いただけで、できる人は珍しかった。
「全部の歯をやりましたね。それじゃあ、スケーリングをしましょう」
「スケーリング?」
「あの、歯の表面を機械で綺麗にしていく作業です。綺麗にしないと、歯茎が下がってしまうので」
「あー。お願いします」
「はい」
関口は静かに答えると、一度、うがいをさせた。
ハンカチで口を拭うと、スケーリングをしていく。
音波で歯を綺麗にしていく掃除機みたいなものだが、花村は今日は上の歯だけにすることにした。
「痛くないですか? 緊張しないでいいですよ」
「はい。お願いします」
花村は機械を操作すると、前歯から綺麗にしていく。
途中、先生が来て「どう?」と聞いてきたので、「大丈夫です」と答える。
「ちょっと見せてくださいね、関口さん」
「はい」
先生が代わりに機械を持ち、作業を進めていく。
花村はじっとそれを見、勉強していくのだった。
「なるべく際まで綺麗にして」
「はい、分かりました」
「あとは奥歯に気をつけて」
「分かりました。気をつけます」
そう言うと、先生と交代し、口の中を綺麗にしていく。
関口は何も言わず、スムーズに進んでいく。
ー全部の患者さんが、そうだったらいいんだけど…。
抵抗する人や、しつこく聞いてくる人など、花村も疲れる時は疲れるのだった。
「ーはい。お疲れ様でした。上の歯は終わったので、次は下の歯をやりましょう」
椅子を直すと、花村は関口にしたエプロンをとる。
「ありがとうございました」
「はい。また次、来てくださいね」
そう言うと、関口が荷物を持って去っていく。
ほっと一息つくと、お腹がぐうとなった。
照れたようにさすると、花村は
「よし、次だ」
と呟く。
患者はまあまあ多く、忙しいのだった。
「えっと次はー奥田さん、どうぞ!!」
名前を呼ぶと、花村は張り切り出したのだった。




