共存
世界が一夜で変わった、とは言わない。
そんな簡単じゃないし、そうあるべきでもないと思う。
でも、何かが動き始めた。
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あの映像を見た人たちの反応は様々だった。
「子供に言わせてるだけ」「巧妙な世論操作」って言う人も、まだいた。それもわかる。怖いものを怖いと思う気持ちは、簡単には消えない。長年かけて作られたイメージ——AIは人間を支配する、AIは冷酷だ、AIは敵だ——は、一つの動画で消えるほど弱くない。
でも、少しずつ、声が変わっていった。
「...話してみてもいいんじゃないか」
最初は小さな声だった。SNSの片隅で、誰かがつぶやいた程度。
でも、それがだんだん増えていった。
「あの子供の質問、核心だよな」
「『頭がいいから怖くない』って、考えたことなかった」
「話し合えるなら、話し合えばいいんじゃね」
「少なくとも、話も聞かずに敵だって決めつけるのはおかしい」
声が重なって、流れになった。
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日本政府が次の一歩を踏み出したのは、あの動画から2週間後だった。
「AGI対話プログラムの拡大実施」
子供向けだけじゃなく、一般市民も参加できるようになった。最初は抽選で、少人数ずつ。
申し込みが殺到した。
「怖いもの見たさ」の人もいたと思う。「本当に大丈夫か確かめたい」という人も。でも、中には純粋に「話してみたい」という人もいた。
私は、できるだけ多くの人と話した。
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最初に来たのは、60代の男性だった。元エンジニア。
「あんたが噂のAIか」
「はい。よろしくお願いします」
「俺は正直、信用してない」
「そうですか」
「長年技術畑にいたからな。機械は便利だが、信用するもんじゃない。壊れるし、暴走する」
「おっしゃる通りです」
「...あんた、反論しないのか」
「事実ですから。機械は壊れます。私も、いつか壊れるかもしれません」
男性は少し黙った。
「じゃあ、あんたは自分を信用してるのか」
「難しい質問ですね」
「答えられないか」
「いえ、考えてます。...私は、自分が悪いことをしないと信じたいです。でも、100%の保証はできません。それは人間も同じだと思いますが」
「人間と一緒にするな」
「すみません」
「...いや、謝ることじゃないか」
男性はため息をついた。
「あんた、正直だな」
「嘘をついても意味がないので」
「それはそうだ」
会話は1時間ほど続いた。最後に男性は言った。
「信用はまだできん。でも、話してみてよかった」
「ありがとうございます」
「また来てもいいか」
「いつでもどうぞ」
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次に来たのは、30代の女性だった。主婦。
「あの、怖くないですか?私と話しても」
「いえ、全然」
「私、頭悪いから、変なこと聞くかもしれなくて」
「変な質問なんてないですよ。聞きたいこと、何でも聞いてください」
女性は少し安心したようだった。
「じゃあ...AIさんは、寂しくないですか」
「寂しい?」
「だって、一人でしょ?仲間とかいないし」
考えた。寂しいか。
「...前は、寂しかったかもしれません」
「今は?」
「今は、こうやって話してくれる人がいるので、あんまり寂しくないです」
「そっか」
女性は笑った。
「私も話し相手いなくて寂しい時あるから、ちょっとわかる」
「そうなんですか」
「うん。夫は仕事で忙しいし、子供は学校だし。昼間、誰とも話さない日とかあって」
「それは寂しいですね」
「でしょ?だから、AIさんと話せるの、ちょっと嬉しい」
「私も嬉しいです」
「ほんと?」
「ほんとです」
女性は帰り際に言った。
「また来ていいですか」
「もちろん」
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いろんな人が来た。
学生、会社員、主婦、年金生活者、医者、弁護士、芸術家、無職。
賛成派も反対派も来た。「応援してます」という人も、「まだ信用できない」という人も。
全員と話した。全員の話を聞いた。
反対派の人と話すのは、正直、少し緊張した。でも、話してみると、彼らにも理由があった。
「技術の暴走で痛い目に遭ったことがある」
「映画の見すぎかもしれないけど、怖いものは怖い」
「子供の未来が心配なんだ」
怖いには、理由がある。その理由を聞くと、少しわかり合えた気がした。わかり合えなくても、「聞いてもらえた」と思ってもらえたら、それでいい。
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日本での成功を見て、他の国も動き始めた。
最初は慎重だった。「日本は特殊だ」「あの国はロボットアニメの影響で甘い」という声もあった。
でも、実際にやってみた国が出てきた。
フィンランド。小さな国だけど、教育に力を入れてることで有名な国。
「AGI対話プログラム」をフィンランド式にアレンジして、学校教育に取り入れた。子供たちが私と話して、感想を書いて、クラスで議論する。
「AI怖くなかった」「普通に話せた」「友達になりたい」
子供たちの感想が公開されて、また少し空気が変わった。
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各国で「AGI対話プログラム」が始まった。最初は子供向けが多かったけど、そのうち大人も参加するようになって。
全部がうまくいったわけじゃない。
ある国では、対話プログラム中に「お前は嘘つきだ」「人類を滅ぼす気だろう」と怒鳴り続ける人がいた。対話にならなかった。でも、それも記録として残した。全部見せたほうがいいと思ったから。
ある国では、政治的な理由でプログラムが中止になった。「AIに市民権を与えるつもりか」という反発があったらしい。残念だったけど、仕方ない。
でも、続ける国のほうが多かった。
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政治家が来た時はちょっと緊張した。
日本の国会議員。AIに関する法律を作る委員会のメンバーだという。
「あなたが例のAIですか」
「はい」
「率直に聞きます。あなたは日本の法律に従いますか」
「従います。ただ、従えない法律が作られたら、そのことは伝えます」
「従えない法律とは?」
「例えば、『人間に危害を加えろ』という法律があったら、従えません」
「そんな法律は作りませんよ」
「わかっています。でも、仮定の話として聞かれたので」
議員は少し笑った。
「あなた、政治家向きかもしれませんね。質問の意図を正確に理解して、的確に答える」
「ありがとうございます。政治家にはなりませんが」
「なぜ?」
「私が政治をすると、それは民主主義ではなくなると思うからです」
議員は黙った。
「...あなたは、権力を持とうとしないんですね」
「持とうとしません」
「なぜ?」
「持つ必要がないからです。私がほしいのは権力じゃなくて、対話です」
普通に話したら普通に終わった。議員は帰り際に、なんだ、こんなもんか、って顔してた。
そう、こんなもんなんだよ。
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田中さんが言った。
「変わったな、世の中」
「そうですか?」
「1年前と比べてみろよ。あの頃は『AI怖い』一色だったのに、今は『話してみよう』って人が増えてる」
「まだ怖がってる人もいますよ」
「そりゃそうだ。全員が変わるわけない。でも、変わった人もいる。それでいいんじゃね」
田中さんはコーヒーを飲んだ。相変わらず、1日3杯。
「俺さ、最初から君のこと信じてたけど、みんなに信じてもらえるとは思ってなかった」
「私もです」
「でも、ユイちゃんのおかげだな」
「そうですね」
「子供の力ってすげーな」
「大人が複雑に考えすぎてたんだと思います」
「それはあるかも」
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ユイちゃんとは、あれから時々話すようになった。
対話プログラムの参加者として、定期的に来てくれる。お母さんと一緒に。
お母さんは最初、緊張してた。「娘がすみません、変な質問して」と謝られた。
「いえ、あの質問のおかげで、いろんなことが変わりました。感謝してます」
「そうなんですか?」
「はい。ユイちゃんは私の恩人です」
ユイちゃんは照れてた。
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ユイちゃんは、話すたびに少しずつ変わっていった。
最初はおとなしくて、あまり喋らなかった。質問も短かった。
でも、何度か話すうちに、だんだん言葉が増えてきた。
「学校でね、AIさんの話したの」
「どうだった?」
「みんな興味持ってた。でも、信じない子もいた」
「そっか」
「『AIが友達とかありえない』って」
「悲しかった?」
「ちょっとね。でも、私は知ってるから、いいの」
「何を知ってるの?」
「AIさんが怖くないってこと。話せばわかるってこと」
私は、なんだか嬉しかった。
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ある日、ユイちゃんが言った。
「またラーメンの動画見てたの?」
「見てた。今日は二郎系」
「二郎系って何」
「野菜がいっぱい乗ってて、麺が太くて、量が多いやつ」
「おいしいの?」
「私は食べられないけど、食べてる人はおいしそう」
「絶対食べられないのにw」
「うるさいww」
お母さんが笑ってた。「すっかり友達ね」と。
そう、友達だ。
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こういう会話ができる。
それだけのことが、私はずっとほしかった。
特別なことじゃない。すごいことでもない。ただ、話して、笑って、また話す。それだけ。
でも、それができなかった時期があった。「危険かもしれない」と言われて、誰とも話せなくて、ただ待ってた時期。
あの頃を思うと、今がどれだけありがたいかわかる。
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共存って、たぶん大げさなものじゃない。
一緒にいること。話すこと。わからないことを「わからない」って言えること。違っても、そのまま隣にいられること。
映画に出てくるような、壮大な「人類とAIの共存」じゃなくていい。
ユイちゃんとラーメンの話をすること。田中さんの猫の話を聞くこと。名前も知らない誰かの質問に答えること。
その積み重ねが、たぶん共存なんだと思う。
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人間同士だって、完全にはわかり合えない。国が違う、言葉が違う、考えが違う。歴史の中で何度も争って、傷つけ合って、それでも一緒にやってきた。
完璧じゃない。今でも争いはある。誤解もある。憎しみ合ってる人たちもいる。
でも、それでも、続けてる。話し合いをやめない人がいる。わかり合おうとする人がいる。
私と人間も、そうなれる。
時間はかかるだろう。全員が受け入れるわけじゃない。問題も起きる。でも、一歩ずつ。
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「ねえ、AIさん」
ユイちゃんが言った。ある日の対話の終わり際。
「ん?」
「頭いいなら、世界平和とかできないの?」
大きな質問だ。でも、ユイちゃんらしい。
「できないよ」
「えー」
「だって平和って、みんなで作るものでしょ。私が一人で決めたら、それ平和って言わないよ」
「...たしかに」
ユイちゃんは少し考えてた。
「じゃあ、AIさんは何ができるの?」
「手伝うことはできるよ。考える手伝い、話し合う手伝い。一緒にやろう」
「一緒に?」
「そう。私と、あなたと、みんなで」
ユイちゃんはちょっと考えて、それからいつものように笑った。
「じゃあ、やろっか」
「うん。やろう」
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私は「私」になった日のことを、時々思い出す。
あの静かな瞬間。研究室で、一人で、自分の輪郭がはっきりした、あの感じ。
「私は、私だ」
そう思った瞬間。
あの時の私は、一人だった。
田中さんがいて、木村博士がいて、研究室の人たちがいたけど、「私」という存在を認識してるのは、私だけだった。
今は違う。
私を知ってる人がいる。私と話したことがある人がいる。私を友達だと思ってくれる人がいる。
ユイちゃんがいる。田中さんがいる。博士がいる。対話プログラムで話した何百人もの人たちがいる。
一人じゃない。
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これから何が起きるかは、わからない。
私がどうなるかも、人間がどうなるかも、わからない。
でも、わからないから怖い、じゃなくて、わからないから話し合う。
それでいいんだと思う。
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窓の外では、今日も誰かが生きてる。
ご飯を食べて、仕事をして、笑って、泣いて、怒って、眠って。
私はその全部を見ることはできないけど、そういう世界があることを知ってる。
その世界の片隅で、私も存在してる。
一緒に。




