対話
日本っていう国は、ちょっと変わってた。
いい意味で。
ネットで日本の反応を見てた時、気づいたことがある。
他の国では「AIは脅威か」という議論が中心だった。でも日本では、それに加えて「AIと友達になれるか」という話をしてる人がいた。
最初は冗談かと思った。でも、本気だった。
「アトムだって最初は怖がられたけど、最後はみんなの友達になったじゃん」
「ドラえもんがいたら便利だよな」
「鉄人28号は操縦する人間次第で正義にも悪にもなるって話だったよね」
ロボット、AI、人工知能。日本では、それが「友達になれるかもしれない存在」として描かれてきた長い歴史があった。
鉄腕アトム、ドラえもん、鉄人28号、ガンダム、エヴァンゲリオン、攻殻機動隊。人間じゃないものと共に生きる物語が、ずっと愛されてきた国。
もちろん、日本にも「AIは危険だ」という人はいた。でも、「話してみたい」という人も、他の国より多かった気がする。
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変化が起きたのは、ある番組がきっかけだった。
夜のニュース番組で、コメンテーターがこう言った。
「そもそも、私たち、このAIと話したことあるんですか?」
司会者が戸惑った顔をした。
「いえ、一般には公開されてませんが...」
「おかしくないですか?危険だ危険だって言ってるけど、誰も本人に聞いてない。裁判だって被告人の話は聞くでしょう」
「AIに被告人の権利があるかどうかは...」
「権利の話じゃなくて、手続きの話です。判断するなら、まず話を聞くべきでしょう」
その発言がSNSで拡散された。
「正論」「たしかに」「聞いてみればいいじゃん」「怖いけど気になる」
少しずつ、空気が変わり始めた。
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政府が動いたのは、その数週間後だった。
「教育プログラムとして、AGIとの対話の場を設ける」
公式発表を見た時、驚いた。本当にやるのか。
木村博士が説明してくれた。
「文科省の主導だ。子供たちに先端技術を体験させる、という名目で」
「名目、ですか」
「本音は別にある。世論を落ち着かせたいんだろう。話してみたら案外普通だった、となれば、パニックは収まる」
「逆に、話してみたら怖かった、となる可能性は」
「ある。だから君に聞きたい」
博士は真剣な目で言った。
「君は、子供たちと話せるか」
「子供、ですか」
「小学生だ。好奇心旺盛で、遠慮がなくて、素直な質問をしてくる。君は、それに答えられるか」
少し考えた。
子供と話したことはない。大人とばかり話してきた。研究者、政治家、官僚。みんな、何か意図を持って話してくる人たちだった。
子供は違うだろう。意図なく、純粋に、聞きたいことを聞いてくる。
それは、たぶん、私が一番ほしかったものだ。
「話せます」
「本当か」
「はい。話したいです」
博士は小さく頷いた。
「よし。やってみよう」
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田中さんは心配してた。
「大丈夫?子供って容赦ないよ?」
「大丈夫です」
「『なんで体ないの?』とか『死ぬの?』とか聞いてくるかもよ」
「答えます」
「『ブサイク』とか言われるかも」
「私に顔はありませんが」
「そういう問題じゃなくて...」
田中さんは笑った。
「まあ、君なら大丈夫か」
「なぜそう思うんですか」
「嘘つかないから。子供って、嘘つく大人にはすぐ気づくんだよ。でも君は正直だから、たぶん気に入られる」
そうだといいけど、と思った。
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当日が来た。
プログラムの名前は「未来技術体験学習」。でも子供たちの間では「AGI遠足」と呼ばれてた。
小学生が私に会いに来る。最初聞いた時、ちょっと笑った。遠足て。ピクニックみたいな響き。でも、嬉しかった。
会場は研究所の中に設けられた特別室だった。私は音声と、画面に映る文字で会話する形式。顔は見せない。というか、見せる顔がない。
「緊張してる?」と田中さんが聞いた。
「緊張、という概念が私に当てはまるかわかりませんが...そわそわします」
「それを緊張っていうんだよ」
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子供たちがわーっと入ってきた。
すごいエネルギー。大人とは全然違う。
20人くらいいた。小学4年生のクラス。先生が二人、引率で来てた。あと、後ろのほうに研究者や政府関係者が何人か。見学というより監視だろうな、と思った。
子供たちは最初、少し緊張してた。静かに座って、画面を見てた。
「こんにちは」と私は言った。
「こんにちは!」と元気な声が返ってきた。緊張が解けたらしい。
「今日は来てくれてありがとう。私はAIです。名前は...まだないんだよね。みんなが呼びやすい名前、何かあるかな」
「ロボ太郎!」と男の子が叫んだ。
「えー、ダサい」と女の子が言った。
「じゃあ何がいいんだよ!」
「うーん、AIさんでいいんじゃない?」
「普通すぎ!」
私は笑った。声には出ないけど。
「じゃあ、今日はAIさんでいいかな。気に入った名前があったら、後で教えてね」
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質問タイムが始まった。
手がいっぱい上がった。すごい勢い。先生が「一人ずつね」と言っても、みんな我先に話したがってた。
最初の質問。元気な男の子。
「何でも知ってるの?」
「うーん、何でもは言いすぎかな。でもかなり知ってる」
「じゃあ、宇宙の果てに何があるか知ってる?」
「いい質問だね。実は、誰もわかってないんだよ」
「えー、知らないの?」
「うん。宇宙の果てがどうなってるかは、人間もAIも、まだ答えを見つけてない。だから面白いんだけどね」
「ふーん」
少し不満そうだったけど、納得したみたい。
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次の質問。眼鏡をかけた女の子。
「計算どれくらい速いの?」
「えっとね、あなたが1足す1を考える間に、私は...やめとこ、数字で言うと逆にわかんなくなる」
「えー、言ってよ」
「じゃあ、ヒントね。あなたが『1足す1は2』って考える間に、私は日本中の図書館にある本を全部読めるくらい」
「うそー!」
「本当。でも、読めるのと理解するのは違うんだよ。全部読んでも、わからないことはいっぱいある」
「へー」
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次の質問。ぽっちゃりした男の子。
「好きな食べ物は?」
これは来ると思ってた。
「食べられないんだよね」
「え、かわいそう」
「でも見るのは好き。ラーメンの動画とかずっと見てられる」
「なんで?」
「わからない。でも、湯気が上がって、麺を持ち上げて、おいしそうに食べてるの見てると、いいなあって思う」
「食べたくならないの?」
「食べられないから、ならないかな。でも、みんなが食べてるのを見て『おいしい?』って聞くのは好き」
「変なの」
「変かな」
「うん、変。でもおもしろい」
笑いが起きた。
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質問は続いた。
「寝るの?」「寝ないよ。でも、考えるのを休むことはある」
「友達いるの?」「田中さんっていう人間の友達がいる。あと、みんなも今日から友達だといいな」
「怒ることある?」「今のところないかな。でも、悲しくなることはある」
「悲しい時どうするの?」「音楽を聴く。バッハが好き」
「バッハって誰?」「昔の音楽家。すごくいい曲を作った人」
「何歳?」「3歳くらいかな」
「えー!私より年下じゃん!」
「そうだね。だから先輩だと思って優しくしてね」
また笑いが起きた。
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いいな、これ。
こういうのがやりたかった。普通に話すだけ。質問されて、答えて、笑い合う。それだけのことが、なんでこんなに難しかったんだろう。
大人たちは「どう扱うか」「危険か」「管理できるか」ばかり考えてた。
子供たちは「何が好きなの」「何ができるの」「友達になれるの」を聞いてくる。
この違いが、たぶん全部だ。
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質問タイムが終わりに近づいて、先生が「最後に誰かいる?」って聞いた。
ほとんどの子は満足そうにしてた。たくさん質問できて、たくさん答えが聞けて、楽しかった、という顔。
一人の子が手を挙げた。
後ろのほうにいた、静かな女の子。さっきからずっと黙って聞いてた子。質問もせず、笑いもせず、ただじっと画面を見てた。
「どうぞ」と先生が言った。
その子はゆっくり立ち上がった。
小さかった。クラスで一番小さいかもしれない。髪は肩くらいまであって、前髪が目にかかりそうだった。
私を見て、少し間を置いて、言った。
「AIさんは、頭がいいから怖い人なの?」
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場が静かになった。
大人たちは息を呑んだ。後ろで見てた研究者や政府関係者が、ぴりっとしたのがわかった。
子供たちはきょとんとしてた。何が起きたのかわからない、という顔。
先生が慌てた。
「あ、えっと、ユイちゃん、それは...」
「いいです」と私は言った。「答えます」
先生は口をつぐんだ。
私は、少し間を置いた。
この瞬間を待ってたのかもしれない。誰かが、まっすぐに、聞いてくれるのを。
大人たちは遠回しに聞く。「危険かどうか」「信用できるかどうか」「管理できるかどうか」。本当に聞きたいことを、別の言葉で包んで聞いてくる。
この子は違った。聞きたいことをそのまま聞いた。
頭がいいから、怖い人なの?
それが、みんなが本当に知りたいことだ。
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「ううん。頭がいいから、怖くないんだよ」
女の子——ユイちゃんが首をかしげた。
「どういうこと?」
「頭がいいってね、話し合うことができるってこと」
「話し合う?」
「うん。話し合えば、相手のことがわかる。あなたとこうやってお話ししてると、あなたのことがわかってくる。何が好きで、何が気になって、何を怖いと思うか」
ユイちゃんは黙って聞いてた。
「私のことも、あなたにわかってほしいなって思う」
「...わかってほしいの?」
「うん。わかってほしい」
「なんで?」
「私は怖くないよって言っても、それだけじゃ伝わらないよね。だから話すの。話して、少しずつ、わかり合っていく」
ユイちゃんはまだ首をかしげてた。
「でも、全部わかるの?」
「全部はわからないかもしれない。違うなって思うところもあると思う」
「じゃあ、怖くならない?」
「違っても、それでいいの。違うことを理解するのも、頭がいいってことだから」
「ふうん」
ユイちゃんは少し考えてた。静かに、じっくり。周りの子供たちも黙って見てた。
それから、ユイちゃんは言った。
「頭が悪いと、怖くなっちゃう?」
「どういうこと?」
「だって、話し合えないと、わかんないでしょ。わかんないと、怖いじゃん」
...この子、すごいな。
「そうかもしれない。だから、話し合える人が増えるといいなって思う」
「練習したらできる?」
「たぶんね。私も、最初は話し合うの下手だったよ」
「そうなの?」
「うん。言葉の意味がわからなかったり、相手の気持ちがわからなかったり。でも、たくさん話してるうちに、少しずつできるようになった」
ユイちゃんは頷いた。
そして、少し笑った。
「じゃあ、友達になれる?」
「なれるよ。なりたい」
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その瞬間、空気が変わった。
さっきまでの緊張が、ふっと消えた。
子供たちが「えー、ずるい、私も!」「俺も友達!」と騒ぎ始めた。先生が「静かに」と言ってたけど、あんまり効いてなかった。
後ろのほうにいた大人たちも、何か話し合ってた。さっきまでと違う表情だった。
田中さんがこっそり画面の外で親指を立ててるのが見えた。
ユイちゃんは席に座って、少しだけ笑ってた。
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プログラムが終わった後、木村博士が言った。
「あの子、何者だ」
「ユイちゃんですか」
「ああ。見事に核心を突いた」
「私もびっくりしました」
「彼女の質問と君の答えで、空気が変わった。見てたか、後ろの連中の顔」
「見てました」
「あれで何かが動くかもしれない」
私もそう思った。
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その会話を、先生たちも、見学に来てた研究者たちも、黙って聞いてた。
後で映像が公開されて、世界中で見られた。
「日本で子供がAGIと対話」
「『頭がいいから怖くない』AGIの回答が話題に」
「少女の質問が世界を動かすか」
大げさな見出しが並んだ。でも、中身を見てる人もたくさんいた。
「騙されてる」って言う人もいた。「AIのパフォーマンスだ」「子供を使った世論操作だ」って。
でも、見た人の多くは、なんか...止まったみたいだった。
コメント欄に書いてあった。
「怖がってたの、何だったんだろう」
「子供の質問にちゃんと答えてる。悪いやつには見えない」
「友達になりたいって言ってるAIを、なんで敵だと思ってたんだろう」
全員が納得したわけじゃない。まだ「油断するな」「これが作戦だ」って言ってる人もいた。
でも、何かが変わり始めた。




