(97)領地にて
「もう、姉ちゃん。アレ一回って約束は守ってよ?」
「え~?わかったよ。でも、ロイ君の気持ちが変わったらいつでも言ってね?」
以前ギルドを突然退職してある意味失踪した事を持ち出されてしまったので二度目ではあるが今回だけと言う条件で再び風呂に入ったロイなのだが、こればかりは次はないと厳しくリーンに釘を刺している。
「でも、本当に凄く立派な家になっていたよね?びっくりしちゃった」
「あ、あはははは、そうね。そうだよね。俺もびっくり!」
家に案内された時と風呂から出た時では明らかに家の創りが大きく変わって何故か巨大化していたのだから相当な驚きであるはずが、最早色々と基準がおかしくなっているリーンはこの程度の反応で済んでいた。
常識を持ち合わせている集落の人々は少々眠気に襲われて意識が回復した際に有り得ない程立派な家が立ち並んでいる事に腰を抜かしてしまっており、世間一般では一応こちらの反応が標準だ。
リーンはロイと行動できる事が何より重要なのでこの状況がカードの者達、則ち万屋の仕事であるとは全く意識がなく、単純に凄いな!程度の感想なのだが、ロイとしては全く気が抜けない状況に頭痛がしているまま集落を後にする。
このまま増長してしまうと行く先々の町並みまで平気で完全に変えてしまいそうなので、今晩あたり流石に苦言を呈する必要があると思っている。
そうこう話しながら進むとやがて大きな防壁が見え、周囲には多数の冒険者や商人が同じように門に向かっており、残念な事に集落で時間調整をしたのだがやはり緑の服を着た二人は今尚追随していると報告を受けているロイ。
その程度は気に病んでも仕方がないし自分の目では視認できない事からそのまま進み、過去の記憶では例がない程に長蛇の列になっている最後尾に自然に並ぶ。
本来は領主の関係者なので一切並ぶ必要はないのだがロイは旅人と言う意識が強かった事から普通に並んでしまい、リーンとしては少しでもロイを独り占めしたいので何も指摘せずに共に並んでいる。
領地に入ってしまえば間違いなく兄であるルホークがロイを構いに来るので、少しでもその時間を先延ばしにしようとしていた。
楽しく話しをしながらであれば時間が経つのは早く感じるので、意識していない内に入門のチェックをしている門番の声が聞こえる場所にまで移動していた。
「う~ん、困っちゃったな。おい、隊長を呼んできてくれるか?すみませんが後ろが閊えているので、ちょっと別にお話を聞かせて頂きますよ?こちらへどうぞ」
何やら少々商人ともめてしまったようで、その為に入門審査が遅れる事を嫌った門番の配慮で個別に話しを聞く流れになったようだ。
余りない事態のようで周囲の者達の視線を集めてしまっている商人と対応している門番だが、他の門番が入門の流れが途切れないように列に向かって視線を移して問題ないので進むように告げる。
「皆さん、そのままお進みください。こちらで!?・・・リーン様、ロイ様ではありませんか!おい、ルホーク様に連絡しろ!」
普通に一般人の入門チェックを受けるために並んでいる二人を見つけた門番は慌ててしまい、その様子を見た周囲の者達は少し前の商人の時とは違い相当驚いたような視線を二人に向ける。
「リーン様、ロイ様。何故一般の列に並ばれているのですか?並ぶ必要などないでしょう?そもそもこの入門はハイス子爵領への入領の門なのですから、ハイス子爵家の方々がチェックを受けるなど有り得ませんよ?」
少々お小言を貰ってしまったのだが二人とは言え一般人用の列に並んで処理をしてはその分処理が遅れるからであり、過去に同じ事をして怒られた事を思い出したリーンとロイは素直に謝罪する。
「ごめんなさい。でも、ロイ君は悪くないのよ?私が並んじゃったから・・・」
「いやいや、違うでしょ?姉ちゃん。俺が何も意識せずに普通に並んじゃったのが原因です。本当にごめんなさい!」
互いに譲らない状況になっているので、過去の記憶にあるリーンとロイの様子を思い出し微笑ましい気持ちになっている門番の男性は笑顔で謝罪を受け入れる。
「フフ、変わらないですね。わかりました。ですが、もう普通に並ぶのは控えてくださいね。ここはお二人の家ですから、並ぶのはおかしいですよ?」
「「はい」」
「リーン、ロイ!おぉ、元気だったかロイ!」
うまく纏まったと思った瞬間に領地の中から馬に乗って勢いよく飛び出してきた男性がおり、リーンとロイを見つけると完全に止まっていない馬から飛び降りて勢いよく二人に近接する。
この人こそが領地の経営を主に行っている長兄ルホークであり、リーンや両親と同じく金目金髪の美男子ながらも少々糸目と呼ばれる目が見え辛い表情をしている。
「兄ちゃん、久しぶり・・・でもないよね?聞いていると思うけど、今度からは姉ちゃんと行動する事になったから安心でしょ?」
「それは聞いている。確かに安心ではあるが羨ましい・・・いや、リーンが暴走する事は少々不安ではあるな」
「むぅ~、随分な言い様じゃない?ルホーク兄。私がロイ君と旅ができるからって、羨ましいんでしょ?へっへ~」
とても領主一族とは思えない程に低レベルの会話をしているので来訪者は唖然とし、門番達はルホークが来た時点でこうなるだろうと予想していたのでさっさと持ち場に戻って業務を再開すると、少し前に商人と話しをしていた門番がルホークに対してこう告げる。
「ルホーク様、大変申し訳ありません。お時間を頂けないでしょうか?」




