(88)ハイス子爵家の余裕
通常貴族であれば今回のような大々的な催し物の際には立場に応じて最低でも一般人とは異なる席が準備されているのだが、ハイス子爵の立ち位置を落としたいと思っている国王の一存によってそこだけ意図的に手配されていない。
細かい嫌がらせなのだが、貴族専用の入り口で席がないと伝えられたハイス子爵家の一行はまるで気にする様子を見せずに一般席に向かうと、その場に屯していた冒険者一行はリーンによって以前のギルドマスターの傍若無人な振る舞いを正す事が出来た上に美味しい食事を提供してくれる食堂まで解放された事を知っているので、全員が率先して闘技場が良く見える場所をあけてくれた。
本来はこれこそが貴族のあるべき姿ではあるのだが・・・その姿を貴賓席から目ざとく見つけていた国王バレントは苦虫を噛み潰し、ソシケ王国の良心である宰相ブライアンは自らの主とも言える国王のこの姿勢に心底呆れていた。
一連の対応について、ハイス子爵家としてはロイと共に観戦できれば場所はどこでも良いと言う気持ちが大きいので本当に全く気になっていなかったのだが、カードの者達は違う。
絶対の主。それも、当然この大会程度は圧倒的な力で制覇する配下を持つ至高の存在が無下に扱われたのだから、カードの者達による緊急会合が行われている。
「そもそも・・・だ!我が主にお座りいただく席が、何の変哲もない物で出来ている事自体が不敬ではないか?」
「ダイヤキング殿の言う通りだ!それに我が主が大切にされているご家族の方々に対しても、相応の対応があってしかるべきではなかろうか!!」
カード状態での会議である為に誰もブレーキをかける存在がいないのもいつもの事であり、大会の出場権利を勝ち取って既に顕現しているクラーブことクラブキングが会議の結果を聞いて即座に自らが収納している豪華な椅子を四脚持ち、一般席に突入する。
「我がある・・・コホン。私はクラーブだ。今回ハイス子爵家の名で出場させて頂くのだが圧倒的な戦力をご覧いただくのにその席では申し訳ないと思い、至急準備させて頂いた。是非ともこちらの席に座って頂きたい」
完全に床に固定されている既存の椅子を簡単に引っぺがした上で誰もいない遠くの闘技場に向かって容赦なく軽々と投げ捨て、貴賓席に準備されている椅子よりも遥かに豪華な椅子を四脚急ぎ設置するとロイの両親であるヴァイス、テレシア、そして姉のリーン、ロイに恭しく勧める。
ロイ以外の三人は良い環境でロイと共に過ごせる事に否やは無く喜んでおり、そもそも強固に固定されている既設の椅子を簡単に引っぺがして見せた事、国家の設備を容赦なく、そして躊躇なく公衆の面前、更には国家元首の面前で破壊した事は気にならない。
ハイス一家の中でこの有り得ない状況が気になっているのはロイだけであり、周囲の驚きの視線が突き刺さった事もあって心労からか既に頭痛と胃痛がしているのだが、この場で上手く対処できる案が出る訳も無く苦し気な表情のまま勧められた椅子に座る。
「いや、相当良い椅子だね。気持ちに余裕も出て来るし体調も良くなっている気がするよ。助かりましたよ、クラーブさん」
「お褒め頂き光栄です。では名誉あるハイス子爵家の代表として圧倒的な戦果を示す様、ゆるりとご覧あれ!」
消えて行く万屋を名乗っているクラブキングを見ながら頭痛と胃痛が消えて行くのを体感じているロイは、当然カードの者達が見かけだけ豪華な椅子を提供するわけはないと思っていた。
椅子に付与されている力によって落ち着く事が出来たロイなので周囲の冒険者達を含めた一般の民の動向が気になったが、驚きこそ見受けられるが妬みや嫉妬と言った感情が見受けられなかった事から心底ホッとしている。
ここで王族達の方に意識が向かなかったのは、カード達やリーンを始めとしたハイス子爵家の影響を大きく受けてしまっていたからだろうか。
「まぁ!アレは何でしょうか?バレント陛下。服装や佇まいから貴族に見えなくもないですね?あれ程豪華な椅子を即準備させる家臣であれば少しお話しをさせて頂きたいですね」
備え付けの椅子を容赦なく闘技場に放り投げていた事もあって目立っていたロイ一行は貴賓席にいる聖国ロナの国主ロマニューレからも視認されており、彼女は一連の行動よりも一見だけで相当高価だと理解できる四脚の椅子に興味津々だったようで、大きな声でバレントに対して要望を伝えた。
「ちっ、守銭奴が・・・ロマニューレ殿。アレは確かに我が国の子爵家の一行ではありますが子爵と爵位が低い事、そして今回子爵家の名を背負って大会に出場者を送り込んでいる事もあって、公平を期す意味でも一般席での観戦としております」
とってつけたような言い訳をしているのだが、当然冒頭の悪口は自分だけに聞こえるように小さな声で呟いている国王バレント。
貴族として区分けされている席にいる事で他の出場者に対して圧力をかけられる可能性があると暗に告げており、実際にそのような事が出来るのが貴族であり権力を持つ者だとロマニューレも理解をしているので説明に対して疑問を持つ事は無かった。
「そうですか。では、大会終了後に是非とも子爵家を紹介くださいませ」
貴賓席では勝手に火花が散っているがそちらにまでは意識を向ける事がなかったロイは、もうこうなったら結果は見えているが家族と共に観戦を楽しもうと気持ちを切り替えていた。
この切り替えが出来たのも、実は出された豪華な椅子の効果である事は付け加えておく。
「ロイ君、これ・・・お姉ちゃんが作りました!どうかな?美味しいかな?」
「お、美味しいよ、姉ちゃん。俺の為にありがとうね!」
「やった!ロイ君に褒めてもらっちゃった!」
その後は大会の様子を観戦しつつも、リーンの過剰な接触に振り回されていたので貴賓席からの厳しい視線や興味津々な視線を感じる余裕がないまま過ごしているロイ。
一連のハイス子爵家の態度は貴賓席側、特に国王バレントから見ればハイス子爵と言う貴族の名を懸けた戦いが行われるのだが全く緊張する様子すら見せない余裕の態度に見えるので気分を悪くし、改めて子爵家代表の出場予定を確認してしまったほどだ。
「おい、何時ハイスの所は出場するのだ!」




