(85)武術大会に向けて
国王の密偵がロイに対してリーンの武術大会への参加を打診している時、その情報を聞いていたダイヤキングはいつもの通りに一計を案じていた。
今のリーンの力であれば普通の人では絶対に勝利する事は出来ないと確信しているので敗北の心配はしておらず、どうせならその一大興行を利用して万屋の存在を広く認知させようと考えていた。
もう当初の設定である“裏”だの“秘密裏”だのはどこに行ったのか分からないがカードの者達にとってみればロイを称えるための行動は全力で行うのが当然であるため、ダイヤキングの暴走には今尚拍車がかかり続けている。
ダイヤキングの案としてはこの短い時間で全てを説明する事は出来なかったために対応の仕方だけをロイに提言したのだが、その中身はハイス子爵家の戦力としてカードの誰かが参加して実力差を見せつけて絶対の主であるロイの家の強さを大陸中に認識させるか、リーンの陰に誰かを潜ませて圧倒的に敵を蹴散らすか、何れにしてもハイス子爵家が最強であると認識させるのが第一ステップであり、当然次のステップも存在している。
第二ステップとしてはリーンまたはカードの部隊の誰かが優勝した際に天から万屋の声を出し、この優勝の報奨として万屋がハイス子爵の守護をすると宣言すればハイス子爵家は安泰である上に万屋が相当広く認知されると思っている。
その際にド派手に魔法をブチかましてやればより効果的な演出にもなるだろうと思っており、ロイの願いとは裏腹に表のシンロイ商会と対極にいるはずの裏の万屋の認知度は異常に上がって行く事になる。
密偵はハイス子爵家の家族がロイを大切にしていると同時にロイも家族を大切にしているとの情報は掴んでいるので、ロイが家の格を持ち出して尚自信を見せている為にリーン以外にも相当な戦力を持っていたのかと少々驚きつつも、結局はその戦力を叩き潰せば良いだけだと思いロイの言葉であるリーン以外でも問題ないかと言う言葉を肯定する。
「ハイス子爵家の名前を背負っての出場になりますので、あっけない敗北であった場合には諸外国にもその程度だと思われてしまいます。そこを了承いただけるのであれば誰が出場されても問題ありません。では数日以内に案内をハイス子爵の元に届けますので、くれぐれもよろしくお願いします」
この時点で目の前の男が相当な立ち位置にいると言う事も明らかになってしまうのだが、とりあえずこの場は何とかやり過ごせたと散歩を継続しているロイ。
散歩を続けている途中でダイヤキングの案の中身についてリーンを陰から補強するかカード部隊の誰かが顔を隠して出場すると言った事だけを聞いたロイは、この程度ならば自分の精神的にも何ら被害はないと安堵していた。
家に戻って少しするとリーンがかなり急いで依頼を達成したのかものすごい勢いで戻ってきており、激しい音と共に扉が開きロイの元に突撃してきた。
「ロイ君!お姉ちゃんが来ましたよ?寂しかった?」
誰が来たのかなどカードの部隊に聞かずとも激しい音で理解できてしまうのだが、曇りなき善意なので苦笑いしつつも対応するロイ。
「そ、そうだね。来てくれて嬉しいよ、姉ちゃん!」
その後夕食時には、ルホークを除いた家族が揃う。
ルホークは少し前に領地から王都の邸宅に戻ってロイと共に楽しく食事をしたが、やはり領地経営を行っている関係上とんぼ返りの様に領地に戻っているので今はこの邸宅にはいない。
「・・・と言う事で武術大会が開催されるみたいだけれど、姉ちゃんってその大会に出場したい?何やらハイス子爵家の名前を背負った立場の人物が出場する必要があるみたいなんだよね」
街中で一般人を装った国王の密偵からハイス子爵家の名を背負って出場を打診されたと伝えたロイだが、この場の両親とリーンは密偵からの接触と聞いても今目の前にいるロイが無事である為に不安要素はなにも無く、また驚くような事も無い。
「えっと、ロイ君はお姉ちゃんの勇姿を見たいかな?」
この流れで頷こうものなら周囲の被害などお構いなしに何を置いても出場した挙句に全力で対戦相手を叩き潰す未来が目に見えるので、それならば比較的制御し易いカードの者達に出場させる方が良いのではないかと思い始めているロイは、今更ながらどのようにカード部隊の誰かをハイス子爵家の代表として出場させるのか分からなくなる。
「えっと、姉ちゃんには少し大人しくしてもらった方が良いかな。きっと誰も姉ちゃんには敵わないから、場が盛り上がらなくなるのも申し訳ないじゃない?」
当たり障りのない様な事を言いつつ、どの様にカード部隊を出場させるのかに意識の大半を持って行くロイ。
こんな時に限ってダイヤキングは何も言ってこないと思いつつも、家族の視線が集中している事を感じて焦り始めていた。
<私は万屋である。此度はその大会にハイス子爵家の名を背負って出場し、圧倒的な力を見せつけて見せようぞ!>
最早願いを聞いてもらえる謎の存在どころか善意の押し売りになっている所は否めないのだが、今焦っているロイにとってみれば正に天からの言葉にほかならない。
「よ、万屋が出場してくれると嬉しいよね、姉ちゃん!一緒に家族でゆっくりと観戦できれば、きっと楽しいんじゃないかな?絶対そうだよ!!」
ロイのこの一言、共に楽しく観戦できると言う言葉だけが激しく頭に鳴り響いているリーンと両親なので、謎の押し売りを難なく受け入れる事になる。
「ウフフフ、お母さん!一緒に沢山お弁当を作ろう?ロイ君の好物で埋め尽くしてあげるから、楽しみにしていてね!」
「そうね。リーンちゃんのお料理は少し不安だけれど、お母さんが一緒だから安心してね、ロイ君」
「コレは楽しみだ。ロイ、一緒にゆっくりと何かを見るなんて機会はなかなかないからね。本当に楽しみだなぁ」
相変わらず激甘な家族だと思いつつ、子爵家の名前を謎の存在である万屋に一任して貰えたことに安堵しているロイだ。




