(76)第二王子ミラージュの立ち位置 (第三者視点)
いつもの離れに戻ったミラージュは貴族や関係者しかいない市で聞いた話を思い出しながら、一人でリーンから渡された収納袋に大量に入っていた食事の一部を美味しく食べていた。
何時も市で購入する食事は当然の様に手を抜かれているか素材が劣悪な物で作られているのでとても美味しいと言えるような品ではなく、相当な落差に思わず無意識に涙を流しながら食べていたほどだ。
「それにしても万屋ですか。どんな願いでも聞いてくれるとは、まるで夢の世界の住人のようですね。僕が冒険者に憧れて妄想していたように、中途半端な貴族が夢を見ていただけの様な気がしますけど?」
ここにはミラージュ一人しかいないので通常問いかけの様な言葉に誰かが答える事は無いのだが、今日に限ってはそのような事は無かった。
<いいえ、そうでもないですよ?現実に万屋は存在します。正に今、貴方は万屋の一従業員であるこの私と交流しているではないですか?>
何時もの様に不思議な声がミラージュだけに聞こえており、この声の出所は・・・ロイによってあの市で顕現され、ミラージュの情報を集めるように指示を受けていたダイヤクィーンだ。
万屋として話しているのだが、その声を認識した当人はついに孤独と劣悪な環境に耐えられずに幻聴が聞こえ始めたと思ったのか乾いた笑いを漏らしている。
「もう僕は、心まで壊れてしまったようですね」
<いえいえ、そうではないと言っているではないですか。そうですね、信用できないのであれば止むを得ませんね。今回だけ特別ですよ?>
その直後にフードと外套に覆われてどのような人物なのかが全く分からないのだが、今まで聞こえた声から判断すると女性であると想像できる人物が何の音も無く突然ミラージュの前に現れた。
万屋としては男性も女性も存在していると理解させる為に、今回はしっかりと何時もの通りの話し方で自らが女性であると認識させているのもダイヤキングの指示による。
ロイからの指示はミラージュの調査と危険になれば守るようにとだけ言われているので、その他の動きはダイヤキングが全てを取り仕切っている。
「え?貴方は・・・どちら様ですか?」
「ですから、再三申し上げております通りに万屋の一従業員です」
何故かこの事象が起きても現実だと受け入れる事が出来ないのか、ミラージュは自らの頬をきつく抓って涙目になっていた。
「フフ、面白い方ですね。第二王子のミラージュさん」
離れとは言え王城の敷地内にあるのでこの周辺は問題ないが敷地に入る時点で警備は万全になっているはずであり、ここまで容易に忍び込める存在であれば自分の立ち位置など既に明らかになっている事は理解の範疇なので、第二王子と指摘されても特段驚くような事は無い。
「えっと、貴方が万屋だと言うのは正直な所理解しきれてはいませんが、わかりました。ですが、何故僕の前に来て頂けたのでしょうか?」
当然とも言える疑問を口にするミラージュ。
「そうですね。先程の様子ではればあの市で周囲の者達が話していた内容も把握されているようですので、それを踏まえて分かり易く申し上げますと、貴方の願いを叶えようと思っております。もちろん不条理な願いは却下させて頂きますが、願いを仰ってみてください」
「!?そ、それであれば、冒険者になりたいのですが!」
「成程、冒険者ですか。叶える事は容易いですが、貴方の立場であれば周囲の目もあるでしょう。最終的に冒険者を装った国内外至る所の存在から命を狙われる事もあるかもしれません。それでも良いのですか?」
指摘されて事実に気が付き、相当甘い考えでいた事を恥じているミラージュ。
「確かにそうですね。であれば、今の生活環境を変えたいのです。こんな事を言っては何ですが、正直一人は寂しくて辛いのです。でも裏切られるのだけは勘弁してもらいたいと言う気持ちもありますし、折角仲良くなった所で仲間を失ってしまうと言う恐怖もあります。あははは、ごめんなさい。支離滅裂なうえに我儘ばかりですね」
自分で言ってはみたのだが何をするにも王族と言う呪縛はついて回る以上、市井の者と仲良くなってもその呪縛に飲み込まれて自らの元を去って行く可能性がある事に思い至ってしまったミラージュ。
「成程、重症ですね」
「え?」
突然全否定するかのような言葉が聞こえてきてしまい、キョトンとするミラージュをよそにダイヤキングからの指示を受けているダイヤクィーンは止まらない。
「良いですか?冒険者としての活動は非常にリスクが伴いますが、その理由は私達の目の届かない場所に移動する可能性が極めて高いからです。ですが、そうでない場所で生活をする分には安全を確保する事が出来ます。例えば、とある巨大な商会の従業員になるのです」
「それって、貴方が所属している万屋の事ですか?」
「いいえ、違います。申し訳ありませんが万屋は神とも言えるとあるお方の為に動いている存在ですので、自分で言うのもなんですが相当な力が必要です。普通の人、例え王族であろうが、失礼ながら貴方もご存じのリーンさんであろうが加入する事は不可能です」
有り得ない程の功績を叩き出しているリーンでさえ力不足であると言ってのけた目の前の存在だが、確かにリーンであればこの場にこれほど鮮やかに出現する事は無く、相当な力技で来るしかできないだろうと勝手ながらも正しく理解していたミラージュ。
「ですので、私達からの紹介と言う事でシンロイ商会の従業員になって頂く事は可能です。ご存じでしょうか?この王都にも複数あった店舗を一つにまとめた巨大な商会がある事を?」
「はい。見た事は有りませんが、市で相当耳にした事は有ります」




