(66)ハイス子爵家と王家(2)
大の大人、それも相当に自制心がある大人でさえも嫌悪感を抑えきれなくなる態度を無意識で行えるハンブルを見て愛娘を差し出すなどできる訳もないハイス子爵家当主のグァイスだが、立場上突然切って捨てる訳にもいかないので手探りで突破口を探しに行く。
先ずは、何故正妻ではないのかと言った所をつついてみる事にした。
「妾・・・でございますか?」
「そうだ。子爵程度が正妻になれると考えるとはおこがましいぞ?だが、妾と言っても大出世ではないか?何を不満に思う事がある?」
「ぐふふ、そうだよね。でも俺としては妾だろうが正妻だろうがどっちでも良いよ。あの古龍すら従えるリーンだからね。ぐふふ」
背筋がゾワゾワするのだがその不快感よりも怒りの感情の方が強いハイス子爵は、このままでは何も言わずにリーンを差し出す羽目になると思い拒絶の意思表示を決断する。
「大変申し訳ありませんがご存じの通りリーンは今冒険者として活動しておりますし、今後もその立場を捨てるつもりはないようです。ですから王家に入ると言う大役をしっかりとこなす事は出来ないでしょう」
「ぐふふ、そんな事はどうでも良いよね。冒険者なんて下賤な仕事をしなくても楽をさせあげるよぉ?」
リーンの容姿は優れており、その容姿からは想像もできない程の強さを持っている事も知れ渡っているので、そんな女性を妾にできると知らされたハンブルは勢いが止まらずハイス子爵が何を言っても暖簾に腕押し状態に陥ってしまう。
必死に怒りを抑えつつも拒絶の意を示していたのだが、その態度が国王の逆鱗に触れてしまう。
「いい加減にしろ!しつこいぞ、ハイス!貴様は黙って王命に従っておれば良い!立場を弁えろ!!良いか?次にリーンが王都か貴様の領地に戻ってきた際には、有無をも言わさず連れて・・・いや、貴様の事だから隠すか逃がすかしそうだな。余の方で迎えを出してやろう。分かっているだろうが、貴様程度の情報網よりも余の情報網の方が優れている事を忘れるな。では、下がれ!」
臣下である以上は国王にここまで言われてしまっては何も言い返せずに、肩を落として部屋を出て自らの邸宅に戻ろうとするのだが・・・
「ハイス子爵!お待ちを!」
「ブライアン殿」
自らの息子で爵位を継いでくれる為に必死になって領地の経営を行っているルホークには申し訳ないが、リーンを逃がして甘んじて罰を受けようと覚悟していたハイス子爵。
このままリーンを王城に向かわせてしまってはあのドラ息子に宛がう妾・・・相当な大金を積んでも正妻など永遠に来ないだろうから中途半端な立ち位置で王城に幽閉される可能性が高いと思っており、そのような都合の良い人材を逃がしたと分かれば爵位剥奪の上反逆罪で裁かれる可能性すらあった。
悲壮な覚悟で邸宅に戻ろうとしていたハイスを呼び止めた宰相ブライアンは、何も言わずに自室に来るように視線で促し足早に移動する。
「この度は助力できずに申し訳ありません、ハイス子爵。貴殿の領地の経営が他の高位貴族と比べても遜色ない程になっており、その秘密を知る為に貴殿の身内を手に入れようと画策しているのです。まぁ、ご存じの通りにあのブタの相手を探していると言うのも間違いではありませんが・・・」
「領地の経営ですか?最近は爵位を継がせるルホークに大半を任せているので、調査の上と言う前提ですが手法であれば開示できるのですが。今更伝えてもダメでしょうね」
今回の突然の呼び出しと有り得ない要求と言う命令の真意を伝えられたハイス子爵は経営が上手く行っている要因については開示できるとすぐさま言ってみたものの、リーンを迎える気満々のハンブル王子の表情を思い出して今更何を言っても決定は覆らないだろうと目を瞑る。
爵位剥奪、反逆罪、娘を守る、色々な事が脳裏を渦巻いているので、本来は国王の懐刀であるはずの宰相ブライアンが守るべき存在のハンブル王子の事をブタ呼ばわりしている所は完全にスルーしてしまう。
「ハイス子爵。私も今回の陛下の横暴にはホトホト愛想が尽きました。そもそもリーン殿は古龍すら手懐けているのは周知の事実。望まれる婚姻であれば何も問題はないでしょうが、あのブタ相手に喜んで身を差し出す女性がいる訳もありません。その結果何が起こるのかはバカでもわかりそうなものですが・・・古龍が王都を襲うか、古龍すら従える力を持つリーン殿が王都で暴れるかの二択でしょう」
「そ、それはそうかもしれません。そうなると周囲の民にさえ被害が起きてしまうかもしれませんね」
確かに今のリーンの力であれば王城を纏めて粉々にしかねないと思い至ったハイス子爵は、どうすればこの窮地を乗り越えられるのか必死に考えるのだが・・・
「ハイス子爵。コレは少々確度の低い話しになってしまうのですが、私の方で幾つか情報を持っております。有り得ない程の品々を販売しているシンロイ商会は子爵もご存じでしょう?」
「は、はい。流石にあれほど有名になれば、私の耳にも入ってきますが?」
「実はそこに出入りしている者達の噂ですが、何でも願いを口にして受け入れられれば万屋と言う謎の存在が絶対に叶えてくれると言うのですよ。願いを受けるか否かの基準は全く明らかになっておらずシンロイ商会の者に聞いても良く分からないようなのであくまで噂ですが、火のない所に・・・と言うではありませんか?先ずは試していただき、その間に私も対策を考えますので諦めずに行動しましょう!」
「宰相殿!恩に着ます!」
ハイス子爵は宰相ブライアンが出来る男である事を知っており全くの噂だけで摩訶不思議なこの話しを伝えてくるわけがなく、少なくとも証言程度はとっている上で伝えてきてくれたと理解する。
あまりにも荒唐無稽な話しなので確度が低いと付け加えられているのだが、こればかりは当人が経験していないし他人が望んだ事に対する結果を直接見てもいないので誠実なブライアンは一言付け加えざるを得なかった故だ。




