(230)無駄な決意と良い決意
周辺の町民、特にハートシックスに鉱石を購入すると上から目線で告げていた人物は近くにいる冒険者二人が手に何も持っていない事を確認していたのだが、食事を選んだ直後に札が現れたのを目にして驚愕している。
冒険者二人が驚く様子も無く店員の態度も変化がないのでこれがシンロイ商会の通常の流れなのだろうとは嫌でも理解できるのだが、だとすると何故自分達の手元には何も商品が出てこないのか分からない。
説明が記載されている内容は誰しもが眉唾物だと思いながら読んでいたのだが目の前で欲する品が手に突然現れた現象を見てしまえば説明内容は真実だと理解しつつも、購入資格がない人物には対応しないとの記載部分を把握している状態ながらも何故自分がそこに該当しているのか本心から理解できない。
「承りました。では皆様、こちらにどうぞ」
周囲の動きがおかしい事に気が付きつつも自分達と同じように購入商品が素晴らしすぎるので悩んでいるのだろうと勝手に納得した二人は、案内されるままに席に着くと何やら楽しそうに会話を始めている。
誰しもが冒険者二人とハートシックスを見ている中で、ハートシックスは厨房に向かい渡されていた札を瓜二つの存在に手渡している。
その直後・・・厨房から匂って来るこれ以上ない程に食欲をそそられる香りと、何かを炒めているのか気持ちの良い音が聞こえてくる。
「お~!商会で食事が売っている所は初めてだが、他の商品と同じように期待が持てるな。食事も美味いとなると・・・是非とも他の商会でも販売してもらいたいな」
「確かにそうだ!流石は豊穣の町に構えている店だけあるな。待ちきれないぞ!」
嫌でも冒険者二人の会話は聞こえてくるし異常に食欲をそそる匂いも充満し始めるので、町人が我先にと食事のサンプルが置いてあるショーケースの前に向かって食べたいと思うのだが誰一人として札が手に現れていない。
「お待たせいたしました。実は当支店開業後の初めてのお食事のご提供ですので、本日は無償で提供させて頂きますね?お代わりも無償で承ります!」
万屋爆誕のきっかけとなった冒険者、更には商会をさりげなく称賛している・・・つまりはロイを称賛していると同義だと考えているカードの者達なので、二人に対して益を与えるべきだと判断している。
「お~、流石のシンロイ商会だな。有難く受け取らせてもらうよ!」
「本当に何時も助かっている、ありがとう。正直俺達を含めて大多数の冒険者、いや、冒険者だけでなく人々はシンロイ商会を経験してしまうと、最早商会無しでは生活できないからなあ~。人々の癒しであり駆け込み寺でもある」
再び商会、つまりロイを褒めているので機嫌が良くなるハートシックスだが、そんな事はお構いなしに例の鉱石を購入しようとした男がツカツカと近接してくる。
「君達・・・少し確認させてもらいたいが、あのショーケースの前で突然札を手にしたように見えていたけど、願った為に出てきたと言う事で良いのか?」
「?・・・あぁ。この紹介はどの場所にあっても同じシステムだからな。そう説明が書いてあると思うが。っと、ほら、あっちの紙に詳しく説明が書いてあるぞ?」
話しかけて来る男を含めてまさかこの町の住民が商会の排除対象になっているとは思っていないので、聞かれたことに対して普通に説明している冒険者の男。
一方の町民達はこの会話を聞いて完全に自分達は商会で何も購入する資格がないと判断されたと認識して正直即座に店員を問い詰めたい所なのだが、今この場には第三者の冒険者二人が美味しそうに食事をしているので二人の前で揉めて余計な噂をばらまかれる事をきらったのか表情は厳しいまま黙って出て行く。
その中で鉱石購入を希望していた男は通常では購入する事は不可能だと判断し、第二の選択肢である夜間の侵入を決断してしまう。
一気に店から人々が去って行ったのを不思議に思いながらも、目の前の食事が美味しいので話す事も忘れてバクバク食べている冒険者。
「ふ~、あり得ない程美味かった。こうなると逆に移動中の食事が心配になるぜ」
「本当にその通りだ。相変わらず流石だな。どのような品も超一流。商会様様だ」
食後に無償でデザートまで振舞われてこれ以上ない程に満足顔の二人を見て、こちらも満足そうにしている今日の調理担当であるダイヤフィフス。
過去にロイがこの店で食事をした際に使用している素材が劣悪ながらも有り得ない程見事に調理して見せ、更にこれ以上ない程の称賛を受けていたのを知っているので、この場で任務を遂行すると決まった段階で宿の主人に調理を習っていた。
今回使用しているのは裏庭にある立派な野菜やカードの者達の力で手に入れている肉類なので素材は極上の上・・・更に宿の主人仕込みの腕が合わさっているので、冒険者達が満足するのも当然だ。
当時カードの二人は何としても今後ロイに美味しい食事を食べてもらいたい、そして料理を褒めてもらいたい一心で宿の主人に頼み込み、必死に料理の技術を習得していた。
教えを請わず共能力が高いので美味しい料理を作る事は出来るのだが、やはり餅は餅屋とでも言うのか劣悪な環境下で料理を美味しく仕上げた経験等ないので、見た事も無い技術に感動していた。
ロイの為ならば何でもすると言う決意もあって手にした技術だがロイは既にこの町からは出立しているので今すぐに食べてもらう事が出来ない所は残念だが、何時かその時は絶対に来ると信じている。
待ちきれなくなった場合には料理を収納してどちらかが一気にロイの元に届けるのもアリかと考えているのだが、リル、そして宿の夫婦の状態が安定しているとは言えないので二人がしっかりとこの町に留まって保護する必要がある。
「ふ~、本当に美味かった。ついでに宿泊するので朝、夜の食事もお願いするよ。でも、次からはしっかりと払わせてくれな?」
商会での行動に慣れている冒険者なのでその後に案内された部屋の豪華さを見ても流石の商会だと思う程度で済んでいたのだが、普通の人だけではなく高位貴族が見ても腰を抜かすほどの贅を尽くしている部屋だったりする。




