誕生日の夜に
猛吹雪の中を男は彷徨っていた。ここが何処で、何故こんな場所にいるのかは男にも分からない。
男の名はジョン・モルト。田舎町で育ったジョンは、変わらぬ日々を過ごしていた。朝に目覚め、仕事へ行き、夜になれば眠る。こんな日々を十六の頃から十三年続けていた。だからといって、ジョンは自身の人生に不満を抱いてはいなかった。平凡で変わらぬ日常を愛していた。
そんな平凡なジョンが三十歳になる日の夜の事だった。その日は同僚や知り合いから誕生日を祝福されていた。子供の頃のように盛大な祝福では無かったが、お祝いの言葉だけでも十分だった。
仕事帰りの夜。その日の夜は一際暗かった。建物の明かりは消え、物音が一切無く、月は雲に隠れたまま顔を出さない。暗く静かな夜に、ジョンは年甲斐も無く恐怖を感じていた。足を一歩踏み出すだけで、体温が奪われていく寒気。何かに怯えるような体の震え。常に何かに監視されているような不安感。その日は皮肉にも特別な夜だった。
無事に家に辿り着くと、ジョンは食事も風呂も忘れてベッドに潜り込んだ。明日は休みだから、明日にすればいいとジョンは考えていた。そうして、ジョンは未だ感じる恐怖に怯えつつ、目を閉じて夢の中へ逃げ込んだ。
目を覚ました時、ジョンは猛吹雪の中に立たされていた。夢を見ているのかと思ったが、凍えるような寒さの鮮明さが夢ではない事を証明してくる。ジョンは襟元を引っ張って顔の半分を隠し、吹雪の中を彷徨った。
あてもなく彷徨い続けていくと、ボヤけた灯りが見えた。その方向へ進んでいくと洞窟があり、その穴の先に灯りがあった。
洞窟の中は吹雪の中よりはいくらか温かった。先へ進んでいくと、誰かが灯した焚火があった。ジョンは一目散に焚火へ駆け込み、火に手を突っ込む勢いで暖を取った。
冷えた体が暖まると、改めて自分の置かれた状況について考えた。自分が眠っている間に誘拐され、猛吹雪の中に放置されたと考えたが、それはありえないと口にした。ジョンが住む田舎町は冬の季節でも雪が降る事は少なく、寒い風が吹く程度。ここまでの猛吹雪が起きるのは、ジョンが住む田舎町からずっと下にある地方でしか起きない事だった。例え異常気象による吹雪が近場で起きていたとして、自分をその場に放置する意味が無い。他人に恨まれた事は無いし、恨まれるような事もしていない。
結局、全く理解出来ない事を再確認すると、目の前にある焚火の火が弱まっている事に気が付いた。すぐに薪を足そうとしたが、近くに薪は無かった。その代わりに、奇妙な形をしたランタンが置かれていた。焼け爛れたような見た目をしたランタンには、独特な存在感があった。
ジョンは消えかけた焚火から火を借りて、ランタンに明かりを灯した。ランタンで洞窟の中を照らしていくと、奥に続く道があるのを発見した。何処へ続いているのか分からない奇妙な道だが、あの吹雪の中に戻るわけにはいかない。ジョンはランタンの明かりを頼りに、暗闇に包まれた道を進んでいく。