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第96話:時を戻す夜

ビジェイを拘置所から救出し、国家イノベーション機構の量子機械学習AIの破壊を目指した世界線は終わった。自室の暗闇の中で、ベッドから体を起こした俺は左手首のデバイスの液晶画面を見つめた。浮かび上がる日時が目に飛び込んでくる。


『Sep. 23 2050 0:07』


4カ月前に戻っている。体中に痛みのような感覚があったが、それは単なる錯覚のはずだった。時間を巻き戻したとき、体の状態も含めて記憶以外の全てはもとの状態に戻るのだから。俺は深呼吸をして、自分の状態を確認した。左腕に銃創はない。体を少し動かしてみたが、痛みはなかった。


俺はゆっくり立ち上がると自室を出た。心臓の鼓動を落ち着かせながら、俺はリンの部屋のドアをそっと叩いて呼びかける。


「大丈夫か?」


ドアが開き、リンの顔が現れた。その表情は、予想に反して穏やかだった。


「私は大丈夫です。楽しく過ごしていましたよ」


リンの声は予想外の明るさに満ちていた。


「そうか、友だちの家に泊まってたんだもんな」


俺は安堵のため息をついた。しかし、リンの次の言葉に、思わず背筋が伸びた。


「はい。六本木にある孫君の実家に泊まっていました」


現代の日本で、女子高生が男子の家に泊まるのは普通のことなのだろうか。ライフコードでそういう行動は監視されているはずだが、それは大丈夫なのか。


「孫君だから男の子だよね」


我ながらバカな質問だと思いながらも、俺は確認せずにはいられなかった。


「そうですよ。クラスで1番頭が良くて、学級委員長もしている男の子です。六本木の高層マンションの最上階に住んでいて、8部屋ぐらいあるんです。リビングからは東京タワーとJDタワーが両方見えて、夜景が本当に綺麗でした」


リンは嬉しそうに話し続けた。その目は輝いていて、楽しい思い出を振り返る喜びに満ちていた。


俺の表情が複雑に変化するのを見て、リンは首を傾げた。


「なにか問題でも?」


「それって...泊まったのリンだけ?」


俺は余計な詮索だと分かっていながらも、思わず口にしてしまった。


リンは少し驚いたような表情を見せた後、説明を始めた。


「何でそう思ったんですか?学校で、ひかりちゃんに『今日泊まりたい』って話してたらみんな集まってきて、みんなで泊まろうってなって、じゃあ家が広い孫君のところがいいねって。私含めて7人で」


「ああ、なるほど。そういうことね」


冷静を装いつつ、俺は自分の早合点を恥じた。娘に対する父親のような余計な詮索に嫌気がさした。リンの純粋さと、自分の下世話さの差に愕然とする。


「みんなでゲームをしたり、映画を観たりして、本当に楽しかったです。孫君のお母さんが作ってくれた山東料理もとても美味しかったです」


リンは楽しそうに続けた。その笑顔を見て、俺は少し安堵した。


しかし、リンの次の言葉に、俺は息を呑んだ。


「そういうお兄様こそ、無茶苦茶やったようですね。朝のニュース動画で見ましたよ」


リンの声には、軽い叱責の調子が混じっていた。


「いや...まあ、ビジェイを助けないといけなかったし、量子機械学習AIの破壊もあったし、あの世界線でどこに行き着くのか確認したかったんだ」


俺は言い訳を口にしたが、リンの表情に疑念が浮かぶのを見て、すぐに態度を改めた。


「ちょっと無茶をしてみたかったのは事実です。すみません」


素直に謝罪する俺に、リンの表情が少し和らいだ。


「まあ、ギリギリセーフにします。今後気をつけてください」


リンの言葉に、俺は安堵のため息をついた。彼女の寛容さに感謝しながら、同時に自分の行動の軽率さを反省した。


静寂が二人の間に落ちる。時間を戻したこの世界で、俺たちの戦いはまた一から始まる。しかし今回は、より慎重に、そして賢明に行動しなければならない。


これまでに4度時間を戻した。実験と称してこの世界に来た直後に1度、黒川への返答を忘れて警官隊に急襲された時に1度、俺が超知能AIに操られてリンが時間を戻してくれた時、さらに今回。現実世界でのSDOの再起動の時間を計算すれば、それだけで2年分を浪費してしまっている。加えて、この世界では合計1年間を過ごした。つまり、既に3年分の時間が経過したことになる。俺は様々な試行錯誤を重ねてきたが、リンにとっては基本的に学校での生活がまた一からのやり直しになってしまう。申し訳なさが胸に広がった。


「リン、ありがとう」


俺は静かに言葉を紡いだ。リンは少し驚いたような顔をしたが、すぐに優しい笑顔を見せた。


「何のことですか、お兄様」


「学校、またやり直しだね」


俺の言葉に、リンは首を傾げた。そして、まるで俺の心配を察したかのように答えた。


「私は全然構いません。いろいろなことが上手くなっているから、また最初からはじめるのも楽しいですよ」


その言葉に、俺は救われる思いがした。リンの前向きさと強さに、改めて感謝の念が満ちていった。

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