表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/157

第89話:KB

2051年は7年ぶりの雪とともに始まった。新年が明けて間もないある日のことだった。俺のデバイスに一通のメッセージが届いた。東京のどこかを示す緯度経度の座標だけが記されていた。俺は自分でも不思議なほどとまどいなく、その場所へと向かうことを決めた。


到着したのは、都心にぽっかりと空いた穴のように佇む廃ビルだった。周囲に人気はなく、冷たい冬の風だけが建物の隙間を抜けていく。俺は慎重に内部へと足を踏み入れた。何があるとも分からないので、左手首のデバイスで筋力を通常の3倍にまで引き上げて備える。


薄暗い廊下を進んでいくと、柱の陰から低い声が響いた。


「ここには何もありませんよ」


その声に、俺は過去の記憶を遡る。そして、応答した。


「明るいときに見えないものが、暗闇では見えるんです」


柱の陰から一人の男がゆっくりと姿を現した。俺の背丈より少し高く、引き締まった体つきをしている。マスクで顔は隠されているものの、その佇まいを見て、俺は即座に悟った。


「KB......ですね」


俺たちは静かに握手を交わした。KBは、現実世界でエターナル・ソサイエティに対抗するため、俺たちと連携を取っていた地下組織「インディゴ」のメンバーだった。声から察するに、俺より年上なのは間違いない。20代後半から30代のように思えた。


「そうだ」


KBの声は、以前会った時よりも柔らかく感じられた。


「立ち話も何だ。座ろうか」


KBに導かれ、俺たちは窓際に置かれた古びた椅子に腰を下ろした。躊躇いながらも、俺は気になっていた質問を口にした。


「あの後......インディゴはどうなったんですか?」


KBは深いため息をつき、ゆっくりとマスクを外した。思ったより若い顔立ちのなのに、どこか苦労の跡が見える。


「まず、謝らないといけない」


KBは真摯な表情で語り始めた。


「あのとき、君たちを助けることができなかった」


「いや、俺たちも、結局何も出来ませんでした」


俺は、サイファー社への潜入計画の実行直前に警官隊の急襲を受けたあの夜のことを思い出していた。


KBは続けた。


「インディゴは自主的にメンバーが集まったフラットな組織なんだ。その後、ライフコードの影響力が強まるにつれ、メンバーが一人、また一人と抜けていき、組織的な活動が困難になった。事実上、解散に追い込まれたんだ」


俺は複雑な思いで聞いていた。


「そうだったんですか......インディゴについて、もう少し詳しく教えてもらえますか?」


KBは静かに説明を始めた。インディゴは元々、フリーランスや派遣社員の労働組合として長く活動していたという。正式名称は「インディペンデント・ワーカーズ・ユニオン」。しかし、活動を進めるうちにライフコードの本質的な問題点に気づき、そのメンバーを中心にライフコードの廃止を目指す地下組織が生まれた。それが「インディゴ」と呼ばれるようになったのだ。


メンバーは多岐にわたった。ライターやデザイナー、プログラマー、事務職、果ては俳優や音楽家まで。通常の社会生活を送りながら、深夜や休日を利用して活動していた。組織の特徴は、そのフラットな構造と柔軟な活動形態だった。固定のリーダーは存在せず、状況に応じて適任者が指揮を執る。活動は小規模なセルに分かれ、相互の連絡は最小限に抑えられていた。


「主な活動は情報収集と啓蒙活動だった」


KBは続けた。


「メンバーが職場で得た情報を共有し、ライフコードの問題点を明らかにしていった。SNSや匿名ブログを通じて、一般市民にもその危険性を訴えかけていたんだ。ただ、次第に先鋭化し、社会を混乱させる活動を行うようにもなっていた」


しかし、ライフコードの影響力が強まるにつれ、インディゴの活動への参加が評価値を大きく下げるようになった。生活基盤を脅かされたメンバーは、ひとり、またひとりと活動から離脱していった。強いリーダーのいないボランティアベースのフラットな組織という性質が、逆に弱点となったのだ。


KBは少し表情を明るくして続けた。


「だが、このままでは終われないという思いが強くなった。ナイーブだと思われるかもしれないが、あるドラマを見てね」


「『闇を照らす』ですか?」


俺は即座に反応した。


「そうだ」


KBは頷いた。


「このままではこの国は全体主義に陥ってしまう。犠牲を払ってでも抵抗する必要があると強く感じた。今、かつての仲間とも少しずつ連絡を取り始めているところだ」


俺は希望を感じ、手を差し出した。


「心強いです。いつかまた連携できることを願っています」


KBも手を伸ばし、俺と固く握手を交わした。


「こちらこそよろしく。俺は小林圭介、フリーランスのカメラマンだ」


溶け残った雪の上を吹く冬の風が窓から舞い込み、二人を包んだ。二人の握手には、これから始まる新たな闘いへの決意が秘められていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ