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第82話:焦り

11月中旬、俺はようやく新型のウェアラブル・デバイスのファームウェアの完成に漕ぎつけていた。新型デバイスの生産は先行して始まっており、ファームウェアの完成を待って11月下旬に発売されると、評価値100ポイントアップというキャンペーンも相まって、驚異的な人気を博した。店頭では品切れが続出し、予約待ちの列が延々と続いていた。


新型デバイスの普及は予想を遥かに上回るペースで進み、12月中旬には早くもユーザー数が100万人を突破。そのスピードは日に日に加速していった。


しかし、この好調な滑り出しとは裏腹に、黒川の機嫌は明らかに悪化していた。木曜日の午後に行われる週一回の報告の際、彼の表情には焦りがにじんでいた。いつも俺と入れ替わりですれ違うレイチェル・チェンもまた、普段の冷静さを失いつつあるように見えた。


ある日、俺は二人の会話を立ち聞きする機会を得た。聴力を10倍に上げ、壁に近づいて慎重に耳を傾ける。


「いったいどうなっている」


黒川の声には苛立ちが滲んでいた。


「申し訳ありません。全ては計画通りです。ただ、肝心の量子機械学習AIの成長が思わしくありません」


レイチェルの声は緊張に満ちていた。


「具体的には?」


「従来のAIと質的に変化した様子が見られません。ベンチマークのスコアもやや精度が上がる程度で、革命的とはいえません」


「まだデバイス数が少ないからでは?」


「それにしても、100万人のデータが集まれば、もう違いが出てないと不自然です」


「真島君のファームウェアは?」


「彼のプログラマーとしての腕は信用できます。意図通りに動いています」


俺は急いでその場を立ち去った。心の中で安堵のため息をつく。超知能AIは、結局は誕生しないのかもしれない。杞憂に終わればそれに越したことはなかった。



ファームウェアの開発も一段落し、マイナーアップデートを進める日々。ある日、ホログラフィックディスプレイを眺めているうちに、新たなアイデアが俺の頭に浮かんだ。


12月下旬、俺は黒川への定例報告の際、軽い気持ちでそのアイデアを口にした。


「そういえば、黒川さん、ちょっとしたアイデアがあります」


「何かね」


黒川の声は冷たかった。


「今のデバイスは、神経信号から感情や感覚を取り出すだけですが、ファームウェアを工夫すれば、双方向にできます」


「双方向とは?」


黒川の目が僅かに見開かれた。


「指示した感情や感覚情報を、神経信号に変換して脳に伝えることで、人間に感情や感覚を感じさせることができます」


その瞬間、黒川の表情が劇的に変化した。彼は身を乗り出し、熱心に聞き入った。


「それは凄い。直ぐに試作に入ってくれないか」


「分かりました」


俺は答えた。倫理的な懸念を技術者としての好奇心が上回っていた。


俺は感覚や感情を人間にフィードバックする新しいデバイスの開発に没頭した。決して容易な作業ではなかったが、アイデアが次々と浮かんでくる。デバイスは腕に装着するタイプでは神経信号の脳への伝達強度が不十分と判断し、両耳に装着するイヤホン型へと進化させた。


開発を進めるうちに、俺は新たな可能性に気づいた。腕から脳に近い耳に装着場所を移したことで、このデバイスは感情や感覚だけでなく、記憶や思考までも読み取れる可能性があったのだ。その発見に触発され、俺はさらに開発に拍車をかけた。


しかし、夜遅くまで作業を続ける中で、ふと不安がよぎった。この技術が完成したら、人間の思考を自由に操作することも可能になるのではないか。俺は作業の手を止めて考え込んだ。しかし、結局のところ、この技術を完成させ、その結果を見届けることこそが、現時点での最善の選択だという結論に至った。


2週間後、2051年の年明けには最初の試作品が完成していた。俺は恐る恐る自分の両耳にデバイスを装着した。スイッチを入れ、左手のデバイスで自分の感情を操作してみる。ボタンを押すたびに、喜び、悲しみ、怒り、そして恐怖。それらの感情が次々と浮かび、俺の心を揺さぶる。


「これは...」


俺は言葉を失った。それを目指していたとはいえ、実際に機能させると、その技術の予想以上の効果に圧倒された。


その日、早速、黒川に成果を報告すると、彼の目は異様な輝きを放った。


「素晴らしい!真島君。これで我々の計画は大きく前進する」


その言葉に、俺は背筋に冷たいものを感じた。エターナル・ソサエティは、この技術を使って何をしようとしているのか。人々の感情を操作し、思考を支配しようとしているのではないか。


しかし、今更後戻りはできない。俺は自分の選択の重さを感じながらも、黙ってうなずいた。


その夜、家に帰った俺は、リンに今日の出来事を話そうか迷った。しかし、結局何も言えずにいた。


この技術の行き着く先を見届けること。そして、必要とあらば、時を戻してでもこの世界を正すこと。それが、今の俺に課された使命なのだと。

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