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第81話:消える灯火

10月中旬、東京の街にようやく秋の気配が漂い始めた頃、衆議院解散のニュースが飛び込んできた。俺は、新型デバイスのファームウェアの開発が佳境に入っており、その情報を耳にしても、ほとんど反応する余裕がなかった。


山本議員から選挙運動の手伝いの依頼が来たが、断らざるを得なかった。リンとの食事の時間も減り、二人で話す機会もめっきり少なくなっていた。


それでも、毎朝、リンを学校まで送る車の中では、僅かながら会話の時間があった。ある朝、リンが選挙について語り始めた。


「お兄様、今度の選挙、立候補者の主張を分析するのはとても楽しいです」


リンは目を輝かせて言った。


「でも、私は誕生日が来年2月なので投票権がないのが残念です」


俺は少し驚いた。


「そうか、お前はまだ16歳になっていないのか」


「というより、リンの場合、誕生日ってどうなるんだ?」


俺は素朴な疑問をぶつけた。


「2月というのは、この世界での私の誕生日、つまり結月さんの誕生日です」


リンが答える。


「よく知ってるな。俺なんか、ユヅの誕生日がいつかなんて全く知らなかった」


「私は現実世界で、結月さんの友だちでしたから」


リンが得意げに言う。「妹分」などと言いながら、結月の誕生日にすら関心を持たなかった自分を恥じた。


俺は話題を変えた。


「学校ではみんな選挙の話をしてるのか?ほとんどの生徒が投票できる年齢だろう?」


リンは首を横に振った。


「いいえ、学校では誰も選挙の話をしません」


「どうして?」


俺は不思議に思った。


「どうも、学校で政治の話をすると評価値が下がるようなんです」


リンは静かに答えた。


俺は愕然とした。政治について話すことすら、ライフコードによって抑圧されているのか。これは民主主義の根幹を揺るがす問題だ。しかし、今の俺には、それに向き合う余裕はなかった。



その後も、俺は土日返上でサイファー社に出社して開発を続けた。一方、リンは週末に山本議員のところへ行っていたようだった。


「山本さんのところに行ったんですが、私には選挙権がないので選挙運動のお手伝いはできないそうです。ずっとお茶を飲んでいただけでした」


月曜日の朝、例によって車の中でリンは少し寂しそうに報告した。


「でも、お話は聞くことができました」


リンは続けた。


「山本さんは『うちのような事務所はボランティアに依存しているから、今回のように人が少ないと苦しい』と言っていました」


俺は眉をひそめた。


「ボランティアが来ないって?」


リンは説明を続けた。


「友達に聞いたら、選挙事務所の手伝いは他のボランティアと比べて『タイパ』がとても悪いみたいです。もともと公園の清掃とか町のパトロールとか、行政の手伝いのようなものは時間に対して評価値が上がりやすくてタイパが良いらしいんです。それらが、選挙期間中はさらに良くなっていると聞きました」


これは明らかに、選挙ボランティアを減らそうとする姑息な手段だ。


リンは続けた。


「ただ、『山本のおっさんbot』が活躍してくれているので、ご本人の動きが鈍くても、なんとかなるかもしれないと言っていました。一方で、山本さんの同僚からの話では、今回はとにかく有権者の反応が悪くて厳しいそうです」


俺は深刻な懸念を抱いた。しかし、今の俺にはとにかく余裕がない。



11月中旬、ようやく新型デバイス向けのファームウェア開発が一段落したところで、選挙結果に目を通した俺は愕然とした。定数300。与党系が294、野党系はたった6議席。ただ、幸いその中に山本議員が含まれていた。


小選挙区のみで比例代表が廃止されて久しく、与野党間で議席が動きやすいとはいえ、これは衝撃的な結果だった。与党はほとんど全権を握った。憲法も含めて、あらゆる法律を制定したり改定することが難なくできてしまう状況だ。


SNS上では「大勝利」「野党ざまあ」「自業自得」といった書き込みが溢れていた。民主主義の危機を訴える声はほとんど見当たらない。


俺は深いため息をついた。ライフコードの運営を握られれば、民主主義が正常に機能しなくなる。頭では理解していたとはいえ、それを目の当たりにして今更ながら戦慄した。


「これがエターナル・ソサエティの描く未来か」


俺は呟いた。



その夜、俺は久しぶりにリンと向き合って話をした。


「リン、選挙結果をどう思う?」


リンは少し考えてから答えた。


「人々の選択の結果とはいえ、あまりに極端です。しかし、私の周りの生徒はそれを特に問題だと感じていないようです」


俺は頷いた。


「そうだな。これは明らかにライフコードによる評価値の操作と人々のマインドの変化の結果だ。しかし、それを指摘する声すらほとんどない」


「お兄様、私たちに何かできることはありますか?」


リンは不安げに言った。


今の俺には、この状況を変える力はない。しかし、見て見ぬふりをすることはできない。これまで、エターナル・ソサエティは評価値の操作によって実質的に人々の行動を操ってきた。しかし、政治の実権まで握るとなれば、人々を守る最後の砦となるはずの法まで自由に操ることができるようになってしまう。それは、あまりに危険な状況だった。


「今はまだ何もできない」


俺は静かに言った。


「でも、必ず機会は来る。その時のために、今は情報を集め、準備をするんだ」


リンは真剣な表情で頷いた。


窓の外では、東京の夜景が静かに輝いていた。一方で、民主主義の灯火は消えかけているようにも見えた。

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