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第76話:分断された教室

8月の夕暮れ時、俺とリンは吉岡家のリビングで夕食を取っていた。そういえば、リンはいまや箸も上手に使う。最初の頃は、友だちには「イギリスから来たので箸はまだ難しい」と言い訳するように言っていたのだが、その必要もなさそうだ。AIロボットが用意した和食の香りが部屋に満ちる中、リンは箸を置いて俺に尋ねた。


「お兄様って、AIロボットに話しかけるとき、変ですよね」


俺はリンの予想外の言葉に面食らった。


「ああ、『コーヒー ミルク 入れる たっぷり 作る』みたいなやつね」


俺はAIに命令するとき、無意識に数学的表現の一種である「逆ポーランド記法」を使うらしい。以前、吉岡結月に指摘されたことだ。これは、ほとんどAIロボットに育てられた俺が、本能的に学んだ効率的なAIとの対話法だった。


「それです。いつも変だな、って思ってました」


「でも、AIにとってはそのほうが効率的に理解できるんじゃないのか?」


俺は逆にリンに尋ねた。


リンは少し考えを巡らせてから答えた。


「お兄様、会話っていうのは効率の問題ではないのですよ。それじゃ、気持ちが伝わらないです」


俺はぐうの音も出なかった。まさかAIのリンにこんなことを言われる日が来るとは思っていなかった。


俺は話題を変えた。


「そういえば、リン、最近の学校の様子はどうだ?」


リンは夏休みに入ってからもバスケットボール部の練習に通っていた。少し躊躇いながら答え始める。


「お兄様、実は少し気になることがあります。部活のメンバーの中で、評価値によってグループが分かれているんです」


「どういうことだ?」


リンは詳しく説明を始めた。


「大きく3つのグループに分かれています。高評価値グループは600以上、中評価値グループは300から599、低評価値グループは299以下です」


俺は静かに頷きながら聞いていた。


「そして、このグループ間の交流は必要最小限です。もちろん、コートでは必要なのでコミュニケーションをとりますが、一旦コートの外に出ると、グループ毎に別れる感じで。特に高評価値グループと低評価値グループは完全に分断されているように見えます。これは、クラスでも感じていたことです」


「お前はどうしてるんだ?」


「私は評価値を持っていないので、どのグループにも属していません」


俺とリンはこの世界では評価値を持っていない。リンには、海外から帰国してまだ評価値のシステムに登録されていない、と答えるようにと言っていた。


俺は深いため息をついた。


「まるで社会の縮図だな。学校でさえこんな状況か……」


リンは少し言葉を選びながら続けた。


「私は、できるだけどのグループとも交流して情報を集めようとしているのですが、かなり珍しがられます。複数のグループに出入りすることを嫌がって、止めるようにアドバイスをくれる友だちも何人もいます」


「そうか、申し訳ないな、リン」


「いえ、私はいいんです。どのグループの子もとても良い子で、それぞれに仲が良いです。どうしてみんなで仲良くできないのか、不思議だし、残念です」


俺はまた一つ、心に後悔の種を植えられた気がした。自身が開発したライフコードが、多くの人生に思いがけない影響を与えてしまっている。しかも、悪い方向に。


そんな俺の暗さを察したのか、リンが話題を変えた。


「実は、お兄様に、もうひとつご相談です。同級生の春山いちかちゃんのことなんです」


俺は首を傾げた。


「知らない名前だけど、どうしたんだ?」


「彼女、以前、学校の廊下で私に『ユヅ』と話しかけてきた子です。夏休み中、何度か学校であって、私は結月さんの『従姉妹』っていう話をしたんです」


リンは慎重に言葉を続けた。


「そうしたら、この週末、うちに来たいって言われているんです」


俺は驚いた。


「で、何と答えたんだ?」


リンは申し訳なさそうに答えた。


「良いと思うけど、お兄様に聞いてみるね、と」


俺は腕を組んで考え込んだ。これは予想外の展開だった。リンが学校で友人を作ることは歓迎すべきことだが、同時に警戒も必要だ。ただ、結月の古い知り合いならば、聞いてみたいことがあった。


「分かった。いちかさんを家に呼んでもいいよ」


俺は慎重に言葉を選んだ。


「ただし、気をつけてほしいことがある」


リンは真剣な表情で俺を見つめた。


「俺たちの本当の目的がばれないように注意すること。リンは結月の従姉妹として振る舞うんだ」


リンは頷いた。


「分かりました、お兄様」


話題は再び学校の分断状況に戻った。


「しかし、同じ部活の中ですら評価値によってグループが分かれているなんて……」


俺は憂慮の表情を浮かべた。


リンは静かに答えた。


「はい。高評価値グループの生徒たちは、常に自信に満ちているように見えます。でも同時に、評価値を下げることを極端に恐れているように感じます」


「低評価値グループは?」


「彼らは……諦めているように見えます。自分たちには未来がないと思っているのかもしれません」


俺は首を横に振った。


「こんな若いうちから、未来を諦めさせるなんて……」


リンは言葉を続けた。


「中評価値グループは、上を目指そうとする人と現状維持を望む人に分かれています。でも、みんな不安を抱えているように見えます」


この学校の状況は、社会全体の問題の縮図だった。ライフコードによる評価値が人々を分断し、自由な交流や可能性を奪っているのは間違いなかった。


「リン、この状況を少しでも変えていく方法を考えないといけないな」


リンは真剣な表情で頷いた。


「はい、お兄様。私にできることがあれば、何でもします」


夜が更けていく中、俺とリンは長い間、評価値システムがもたらす社会問題について語り合った。

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