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第71話:恋と友情の境界線

朝もやが靄のように漂う校舎に、リンの足音が静かに響いていた。下駄箱を開けると、一通の封筒が音もなく滑り落ちる。薄い水色の封筒には、丁寧な文字で「吉岡さんへ」と書かれていた。


手紙には、こう書かれていた。「いつも吉岡さんの笑顔に心を奪われています。あなたと話すだけで胸が高鳴り、一日中あなたのことを考えてしまいます。迷惑かと思ったけど、この気持ちを伝えずにはいられません...」


誰もいない教室で、リンは真剣な表情で手紙を読み終えると、すぐにカバンから便箋を取り出した。ペンで丁寧に文字を綴り始める。


「拝啓。私の笑顔について、詳しく説明していただきありがとうございます。ところで、具体的に、私のどのような表情に魅力を感じられたのでしょうか。また、胸の高鳴りについて、それは頻脈などの症状でしょうか?もしそうでしたら保健室への受診をお勧めいたします...」


「ちょっと、何書いてるの!?」


後ろから覗き込んでいた富永ひかりが、慌ててリンの手から便箋を取り上げた。


「手紙の返事だよ」


リンは首を傾げながら答えた。


「丁寧に質問に答えようと思って」


「違うの!これはラブレターだよ。告白の手紙なの!」


「告白?」


「そう、恋愛感情の告白」


リンは更に首を傾げ、まるで辞書を読み上げるように話し始めた。


「恋愛感情は、私も知っているよ。恋愛感情とは、特定の他者に対して抱く強い愛着と親密さを求める感情であり、個別性、持続性、相互性、の要素を含みます。身体的な魅力や性的な親密さも...」


「リン、分かった! あとで話そう!」


ひかりは思わず頭を抱えた。


その日の部活終了後、ふたりは誰もいない屋上のフェンスから、人気もまばらになった校庭を眺めていた。初夏の風が、制服のスカートを優しく揺らしていく。


「恋愛って、特別な感情なの」


ひかりが柔らかく説明を始める。


「好きな人のことを考えると、胸が締め付けられるような」


「ひかりちゃんのことを考えると、私も温かい気持ちになるよ」


「それは違う!」


ひかりが思わず声を上げる。


「それは友情でしょ!恋愛は、もっと違う感情なの」


「どう違うの?」


「えっと...その...」


ひかりが言葉に詰まる。


「一緒にいたいとか、触れたいとか」


「私も、ひかりちゃんと一緒にいたいよ。バスケの練習でも、お昼ご飯でも」


リンが真摯な表情で答える。


「それに、よくひかりちゃん、私の後ろからぎゅっとしてくるよね」


ひかりは諦めかけたが、別の角度から説明を試みることにした。頬を赤らめながら、小さな声で囁くように言う。


「じゃあ、キスしたいと思う?」


「キス?」


リンが首を傾げる。


「唇を合わせること?知ってるけど、なぜそんなことをしたいの?」


「だから、それが恋なの!」


ひかりが叫ぶように言った。


少し考えたあと、リンの表情が明るく輝き出す。


「分かった!味でしょ。読んだことがあるの、キスはレモンとか苺とか、そういう味がするって。もしミルクティーの人がいたら、私はそれがいい!」


「これはダメなやつだ...」


ひかりは思わず頭を抱えた。


リンは真剣に考え込んだ。長い沈黙の後、静かに口を開く。その声には、かすかな悲しみが混じっていた。


「私には、その感情が分からないかも」


「ひかりちゃんのことは大切で、一緒にいたいと思う。後ろからぎゅっとされると、嬉しくなる。でも、それは恋じゃないんだよね」


ひかりは、リンの素直な言葉に心を打たれた。


「それでいいのよ」


優しく微笑みながら言う。


「無理に理解する必要はないけど、でも」


「でも?」


「そういう気持ちを送ってくれた人には、きちんと気持ちを伝えないとね」


その日の放課後、リンは新しい手紙を書いた。心を込めて、一文字一文字丁寧に綴っていく。


「あなたの気持ちを、私はまだ理解することができないみたいです。でも、それが特別で大切な感情だと、親友から教えてもらいました。しかし、私はその感情を持つことができません。あなたの大切な気持ちに、偽りの返事をすることはできないのです。ごめんなさい。そして、ありがとうございました」


「リン、これでいいと思う」


ひかりが優しく言った。


「正直に、でも相手の気持ちを考えて。私たちの友情とは違う感情があることを認めて」


下校時、夕陽に染まる校舎で二人は手紙を相手の下駄箱に入れた。廊下には二人の影が長く伸びていく。


「ひかりちゃん」


リンが突然声をかける。


「恋は分からなかったけど、友情は分かると思う」


「うん」


「大切な友達と一緒にいられること。それは、今の私にとってかけがえのない宝物」


ひかりは微笑んで頷いた。二人の影は重なって一つになったかと思うと、また別々になる。まるで、恋と友情の境界線のように。


「ねえ、今日のこと、私たちの秘密にしない?」


ひかりがリンの手を優しく握る。


「うん。私たちだけの」


リンも笑顔で応えた。


それは、リンが自分にはまだ理解できない感情があることを認めた日であり、確かな友情の絆を実感した日でもあった。同時に、二人の心に残る大切な思い出が刻まれていく時間だった。

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