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第69話:感情と感覚

ムジーク社での日々は、俺の予想をはるかに超える展開を見せていた。ライフコードの評価値表示画面のバリエーションを作る作業は単調になりがちだったものの、俺は平島さんの言う「遊び」を意識し、デザインに面白みを持たせることを心がけた。


例えば、評価値が上昇した時に画面上で花火が打ち上がるアニメーションを追加したり、数値の変動に合わせてレトロな効果音を鳴らしたりといった具合だ。こうした「遊び」の要素によって、人々がライフコードをより気軽に捉えるようになるのではないか——そんな期待を抱いていた。


そんなある日のこと、ビジェイが興奮した様子で俺に近づいてきた。


「樹、ちょっとこれ見て」


ビジェイは左腕のウェアラブル・デバイスを自慢げに見せた。


「新しいの買ったの?」


俺は適当に尋ねた。実際のところ、左手に時計型のウェアラブル・デバイスを装着するのは20年近く前から当たり前となっており、デザインも機能も既に完成の域に達していて、目新しさは感じられなかった。


「いや、これ、サイファー社の知り合いから『拝借』した試作品なんだ。いろいろ機能が追加されている」


俺は一瞬にして真剣な表情になった。黒川の言葉が頭をよぎる。ある「計画」のためのハードウェア開発が遅れている、と言っていたはずだ。


「例えばどんな機能?」


俺は平静を装ってそう聞いた。


「ハードウェア側で、皮膚の表面を伝う微弱な神経信号を検知できるようになっているみたい。ソフトウェア次第でいろいろ使えそう」


俺は思考を巡らせた。神経信号——これで黒川は一体何を企んでいるのか。


「樹?」


ビジェイの声に、俺は我に返った。


「ごめん、色々できそうだなと考えていて」


「そうだ、じゃあ、今週は『ハッカソン』やろうよ。二人で」


ハッカソンとは、集中的に開発を進めて新しいサービスを競うイベントだ。クオンタム社時代、俺は気分転換を兼ねて時々参加していた。


「わかった、やろう」


俺は即座に同意した。このデバイスの可能性を自分でも試してみたかったし、ビジェイの発想にも興味があった。


それから数日間、俺たちは新しいハードの解析とソフトウェアの開発に没頭した。


金曜日、発表の時間を迎えた。


「じゃあ僕から。2つある」


とビジェイが切り出した。


「まずは、痛みを数値化するアプリね」


「痛みの数値化?」


「例えば、胸毛を抜く」


ビジェイはシャツの胸元から手を入れ、おもむろに胸毛を抜いた。見ているこちらが痛みを感じる。


画面には「113」という数字が表示された。


「まあまあ正確だね。胸毛を抜いた時の痛みを100として基準化してあるんだ」


ビジェイが説明する。


「今度は、尻を蹴ってみて、樹」


俺は躊躇したが、ビジェイに促されて強めに蹴った。ビジェイが飛び上がる。


画面には「561」と表示されている。


「ほら、痛みを客観化できるんだよ」


確かに凄い。少し変わった発想だが、よく考えれば何か実用性もありそうだ。


「もう一つはコレ」


ビジェイが評価値の画面を見せた。600という数字が表示されている。ちょっと待って、と俺にジェスチャーすると、ビジェイは神経を集中させ始めた。すると評価値が815に変化した。


「頭の中で考えた数字を表示できるんだ。評価値の偽装に便利でしょ」


俺は驚きを隠せなかった。ソフトウェア次第でここまで精密に思考を読み取れるとは。ビジェイは凄い。技術力も然ることながら、発想が秀逸だ。


「樹のは?」


「俺のはあんまり面白くはないんだけど」


そう付け加えざるを得なかった。


「感情をグラフ化できるんだ。喜怒哀楽を4角形の大きさで。例えば『怒』」


俺はライフコードの現状について思いを巡らせた。デバイスの四角形が形を変え、歪な三角形が現れる。


「樹、凄く怒ってるね。『哀』もだいぶ入っているけど」


「で、『喜』」


俺はこのプログラムを開発している時と同じように、澪とのある思い出を思い浮かべた。


「めっちゃ喜んでるね、樹。……最後ちょっと『哀』が入ったけど」


「今、何思い浮かべてた?樹。彼女でしょ」


ビジェイが意味ありげに笑う。俺は慌てた。


「いや、そういうわけじゃないけど……」


ビジェイは笑みを浮かべたまま言った。


「樹、やっぱりサイファーの人じゃないでしょ」


俺は冷や汗を感じた。


「前もそうだけど、どうしてビジェイは俺がサイファーの人間じゃないと?」


俺は少し不機嫌そうに言った。


「だって、サイファーの人、もっと堅いよ。社長より先に帰らないし、朝はたぶん、一番に来て掃除してる。しかも手で。話してても、なんか、堅いのよ、あの人たち」


俺は納得した。確かに、サイファー社のフロアを回って俺も感じていたことだ。そういう理由なら、ビジェイを過度に警戒する必要はない。


「今、俺がサイファーの人間なのは間違いないけど、その前はクオンタムにいたんだ」


「あー分かる!あそこは割と変な人多いからね」


ビジェイはようやく謎が解けたと笑顔を見せた。


俺はビジェイの反応に安堵しながらも、新たな不安を感じていた。このデバイスの技術が完成すれば、人々の感情や思考までもが容易に読み取れてしまう。それは、エターナル・ソサエティの思惑通りなのだろう。


しかし同時に、この技術を理解し、対抗する手段を見つけることの重要性も痛感していた。この技術の進化を見守りながら、それに対抗する手段も開発していく——それが、今の俺にできる最善の方法だった。

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