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第53話:新たな名前

吉岡家の探索を終え、俺たちは当面の生活に必要なものをリストアップした。この世界でも、現実世界同様にネット通販が利用できることがわかり、俺は安堵の息をついた。


「最大2時間あればドローンで届くらしい。便利な世の中だな」


現実世界では当たり前のことだが、俺は最悪、重い荷物を持って買い物をしてまわることを想定していたから、ほっとした。左手首のデバイス経由で注文を進めていく。俺用の服や日用品、そして食材で冷蔵庫を埋めることにした。Audrey(オードリー)は当面、クローゼットにある結月の服で過ごすことになる。家事全般を担当するAIロボットも最新のものを1体調達しておこう。


ひととおりの注文を終えると、俺は街中で気になったことについて話し始めた。


「そういえば、外を歩いているとき、『Audrey』って呼びかけるたびに、たくさんの人が振り向いていたな」


Audreyは首を傾げた。


「そうでしたか? 私は気づきませんでした」


どうやら、Audreyはまだ周囲の人々の視線を感じ取ることが苦手なようだ。


「Audreyっていう名前は、この国じゃあまり一般的じゃないからな。結月の見た目は日本人だし、新しい名前を付けた方がいいかもしれない」


Audreyは悲しそうに言った。


「Audreyという名前がご迷惑でしたら、申し訳ありません」


俺は慌てて否定した。


「いや、迷惑じゃないんだ。俺はAudreyという名前が好きだよ。ただ、呼ぶたびにみんなから注目されるのは、俺たちの目的を考えた時にリスクがある、というだけなんだ」


Audreyは少し考え込んだ後、頷いた。


「なるほど。確かに目立たないほうが良いかもしれません。では、新しい名前を考えてみましょうか」


その前向きさに、俺はほっとした。


「そうだな。Audrey、3つほど候補を挙げてもらえないか?」


Audreyは真剣な表情で考え始めた。しばらくして、彼女は口を開いた。


「では、3つの候補を挙げさせていただきます」


彼女は指を立てながら、一つずつ説明を始めた。


「まず一つ目は『結月ゆづき』です。理由は、借りている体の本来の名前だからです。仮想世界でも私が結月さんであることにして暮らす方が便利かもしれません」


俺は頷きながら聞いていた。確かに、その通りだ。


「二つ目は『アイ』です。これは『AI』からの語呂合わせです。私の本質であるAIを表しつつ、親しみやすい日本名になります」


俺は思わず笑みがこぼれた。Audreyらしい発想だ。


「最後は『リン』です。私が倫理システムとして開発されたことにちなんで、『倫理』の『倫』を使用しました」


3つの候補を聞き終えた俺は、しばらく考え込んだ。どれも彼女らしい理由づけで興味深い。ただ、まず「結月」は却下だ。確かに、Audreyは結月として暮らす方が、この世界では都合が良いかもしれない。しかし、なにより俺自身がAudreyを結月と呼ぶことに抵抗があった。なにしろ、全く性格が違うのだから。


そうなると、「アイ」と「リン」の二択だ。しかし、俺の感覚からすると「アイ」はやや古く感じる。俺より年上のイメージだ。あと、安直すぎて、その理屈だと全てのAIはアイと呼ばれることになる。一方で、「リン」は俺の世代でもよくある名前だし、Audreyの独自性も反映されている。


「じゃあ『リン』にしよう」


Audreyの顔が明るくなった。


「そうですね。私も『リン』が気に入りました」


「よし、じゃあこれからは『リン』と呼ぶことにするよ」


俺たちは互いに微笑み合った。この瞬間、何か新しい世界が始まったような気がした。


「リン、よろしくな」


「はい、お兄様。これからもよろしくお願いします」


その時、左手首のデバイスが振動した。注文した物が届いたようだ。


「早いな。本当に2時間で来るんだな」


俺が驚いていると、リンが嬉しそうに言った。


「さすがですね。この世界の物流システムは非常に効率的です」


俺たちはドローンが庭に置いていった荷物を部屋に運び入れ、開封した。新しい服に着替え、冷蔵庫に食材を詰め込んでいくうちに、この家が少しずつ俺たちの生活拠点らしくなっていくのを感じた。ついでに真新しいAIロボットもセットアップした。


「さて、これで当面の生活基盤は整ったな」


俺は満足げに言った。リンも頷いている。


「お兄様、次は何をしますか?」


俺は窓の外を見つめながら答えた。


「まずは、この世界の現状を詳しく調べる必要がある。ライフコードがどのように社会に影響を与えているのか、エターナル・ソサエティの動きはどうなっているのか...」


リンは真剣な表情で聞いていた。


「そうですね。私の能力を使えば、様々な情報にアクセスできます。ただし、あまり目立つような行動は避けた方がいいでしょう」


俺は同意した。


「その通りだ。慎重に、でも着実に情報を集めていこう」


俺たちは、これからの行動計画を練り始めた。最長で20年という長い時間。その中で、どのようにして社会を変えていくのか。正直、現時点では何もアイデアが思いつかない。しかし、一歩ずつ前に進んでいくしかない。


窓の外には、夕暮れの空が広がっていた。オレンジ色に染まった空を見つめながら、俺は決意を新たにした。


「リン、明日からが本番だ。準備はいいか?」


リンは力強く頷いた。


「はい、お兄様。私たちなら、きっとできます」


その言葉に、俺は勇気づけられた。俺たちは、この世界での長い旅路の第一歩を踏み出した。


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