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第47話:インカーネーション

御厨博士はSDOの説明と、世界を定常状態から救出する戦略を探り出す方法を語り終えると、優しい眼差しで俺を見つめ、思いがけない微笑みを浮かべた。


「あと、SDOの中にはAudrey(オードリー)を連れて行って欲しいんだが」


その言葉に、俺は胸が締め付けられる思いがした。Audreyのことを完全に失念していた自分に、罪悪感が湧き上がる。


「Audrey...無事だったんですね」


「ああ、無事だよ。6か月前、君の所からここに移ってきた。今はそこにいる」


御厨博士が指し示した先には、1台のPCが佇んでいた。一見すると普通のマシンながら、どこか特別な存在感があるように思えた。


『こんにちは、樹さん、お元気でしたか?』


懐かしい声が響き渡る。PCのスピーカーから流れ出るAudreyの声は、澪や結月、西村さんや斎藤さんと共に戦った日々の記憶を鮮やかに呼び覚ました。


「よかった。Audrey、無事なんだね」


拘束されている仲間たちの面影を追いながら、俺はそっと呟いた。


御厨博士が柔らかな口調で続ける。


「Audreyはシミュレーション世界の主要な情報を把握し、君に伝える能力を持っている。君の良き相談相手にもなるだろう」


『私はあなたの役に立ちます、樹さん』


Audreyの声には、揺るぎない決意が込められていた。


「分かった。一緒に行こう」


6か月の拘留生活で、孤独の重さを痛いほど知った俺には、シミュレーション世界で彼女と行動を共にできることが、大きな心の支えになるだろうと想像できた。


「実は、もう一つ提案がある。せっかくの仮想世界だ。Audreyにも人間の体を与えてはどうだろう? 君の左手のデバイスの中ではなく、ね。その方が自然に行動できるし、最長20年にもなる君の旅の孤独感も和らぐと思うんだ。これは、かなり重要なことだ。ただ、どんな外見にしたものか……」


その斬新な提案に、俺は戸惑いの色を隠せなかった。AIに人の姿を与えるという発想は、全く思い及ばなかったのだ。


思いがけず、Audreyが静かな声で言った。


『私は、結月さんの体が良いです』


その言葉に、俺は困惑した。


「そんなことができるのか?」


Audreyが結月の姿をしているという光景が、俺の頭の中でぼんやりとしか像を結ばない。


博士が丁寧に説明を始める。


「可能だ。というのも、今のシミュレーション世界の中で、体が空いている人物が何人かいる。つまり、澪さん、吉岡さん、西村氏、斎藤氏だ。彼らは拘禁された後、ライフコード内では『不存在』というステータスにされ、シミュレートされていない状態だ。彼らの体なら、借りることが容易だ」


様々な感情が俺の胸の中で激しく渦を巻く。拘束された仲間たちが社会的に「不存在」とされている現実に戦慄を覚えながら、中身がAudreyとはいえ、仮想世界で仲間と再会できる可能性に心が揺れる。


『それとも、澪さんの方がいいでしょうか』


Audreyの突然の問いかけに、俺は動揺を隠せなかった。


「いや、それはやめましょう。結月で良いと思います」


相反する感情の狭間で揺れながらも、俺は理性の声に従ってそう答えた。


『では、結月さんの体にします、兄者』


Audreyの言葉が響く。


「兄者はちょっと……」


その呼び方は生々しく結月を想起させ、胸を刺すような痛みをもたらすと同時に、Audreyの声質とは不釣り合いな違和感があった。この奇妙な状況に、俺は戸惑いを覚えずにはいられなかった。


Audreyが申し訳なさそうに答える。


『申し訳ありません。私はまだ、結月さんほど樹さんと親しい関係ではありませんでした』


「いや、そういうことじゃないんだが」


俺の言葉は宙に消えたが、Audreyの純粋な反応に、思わず微笑みがこぼれた。


彼女が真摯な口調で続ける。


『それでは、一般的な慣習に従って、「お兄様」と呼ばせていただきます』


Audreyの学習データには何か偏りがあるのかもしれないと思いつつも、俺は不思議と心地よさを感じていた。むしろ、その独特な物言いに愛らしさすら覚え始めていた。俺は黙って受け入れることにした。


「それじゃあ、いろいろ決まったな」


御厨博士が茶目っ気のある表情で微笑んだ。


俺は深く息を吸い、心に決意を刻み込んだ。Audreyと共に、この歪んだ世界を正す方法を探し求める俺の長い旅路が、今まさに始まろうとしていた。未知の世界への不安と期待が胸の中で交錯する中、俺は御厨博士のほうを見て静かに頷いた。

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