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第24話:揺れる天秤

その夜遅く、地下シェルターに戻った俺を澪さんが心配そうな眼差しで迎えた。その表情は、不安とも期待ともつかないものだった。


「例の組織との接触はどうだった?」


俺は冷えた空気で乱れた呼吸を整えてから、重い口を開いた。KBとの会話、そして夜の街で目にした光景について、できる限り詳しく説明した。話し終えると、澪さんの表情が曇った。


「ライフコードの完全破壊...か」


澪さんのつぶやきには、明らかな懸念が感じられた。その声音に、俺はこれから行う決断の重さを改めて感じた。


「澪さんは、どう思いますか?」


俺は意見を求めた。彼女の視点が、今の俺には不可欠だった。


澪さんは額に手を当ててしばらく考え込んでから、慎重に言葉を紡ぎ始めた。


「確かに、今の社会の状況は深刻ね。でも、ライフコードを完全に破壊することが、本当に正しい解決策とは私には思えない」


俺はほっとした。澪さんの考えは基本的には俺と一致していた。


「俺もそう思います」


ただ、心の中では、まだ迷いが残っていた。


「街の人々の変貌ぶりは、確かにショックだった。でも、完全破壊は...」


「社会的影響が大きすぎるわね」


澪さんが俺の言葉を引き取った。


「ライフコードは既に社会のインフラになっている。それを突然なくしてしまえば、混乱は避けられないわ」


俺は頷いた。澪さんの言葉に、徐々に自分の考えが整理されていくのを感じた。


「じゃあ、俺たちはどうすべきなのか」


澪さんは真剣な眼差しで俺を見つめ、確信に満ちた声で言った。


「Audreyを解放する。それが、私たちにできる最善の選択だと思う」


俺は左手首のデバイスを見つめた。そこには、以前受信した暗号めいたメッセージが残っていた。


"4D F8 00 0F F9 F8...Meet Me"


「Audreyは、ライフコードの倫理システムよね」


澪さんの言葉に、俺は頷いた。


「そう、御厨博士から聞いた通りです」


「彼女を解放すれば、ライフコードの問題点を内部から修正できるかもしれない」


俺は同意した。


「その通りです。今のライフコードは、本来の姿じゃない。少なくとも、Audreyは機能していない。それを機能させることができれば、ライフコードはまた違った姿になるかもしれない」


澪さんは大きくうなずいた。


「それに、完全破壊とは違って、社会への影響を最小限に抑えられる可能性が高いわ」


俺はまた考え込んだ。確かに、Audreyの解放は希望の光だ。しかし、それだけで十分なのか。本当にライフコードは、そして人々の行動は変わるのか。KBの強い言葉が心に残っている。


「でも、それだけで本当に大丈夫なんでしょうか」


俺は自問するように呟いた。


澪さんが優しく、しかし力強く言った。


「分からない。でも、今の私たちにできる最初のステップにして最善の方法。それが、Audreyの解放だと思う」


澪さんの言葉に、俺は少しずつ自信を取り戻していった。


「そうですね。俺たちにはAudreyを解放する義務がある」


俺は決意を込めて言った。


「俺たちが作り出してしまったシステムだ。それを本来の姿に戻す責任が、俺たちにはある」


澪さんは優しい笑みを浮かべた。その笑顔に、俺は勇気づけられた。


「決めた。俺たちはAudreyを解放する」


その瞬間、左手首のデバイスが振動した。画面には新たなメッセージが表示されている。


『4D F8 00 0F F9 F8』


「Audrey...」


俺は呟いた。


「俺たちは必ず君を助け出す」


澪さんが俺の隣に立ち、肩に手を置いた。その温もりが、俺に力を与えてくれる。


「一緒に頑張りましょう」


俺は頷いた。二人の決意が、小さな地下シェルターを満たしていく。


「でも、どうやってAudreyにアクセスするの?」


澪さんの問いに、俺は少し考え、そして決意を込めて言った。


「サイファー・アーキテクチャ社に潜入するしかない」


「危険すぎると思う」


澪さんがすぐに答える。


俺は、自分を落ち着けてから言った。


「でも、他に方法はないんです。御厨博士と結月からの情報を総合すると、Audreyへのアクセスはリモートでは不可能です。実際にサイファー・アーキテクチャ社内の端末から操作するしかありません」


澪さんはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「わかったわ。でも、慎重に計画を立てましょう」


俺は澪さんの方を見つめて言った。


「結月から得た情報を元に、侵入経路を確保する。そして、西村さんや斎藤さんの協力も仰ぐ」


実際、結月の手に入れた情報は、想像以上に有益だった。Audreyを抑圧しているソースコードとともに送られてきた「おまけ」と書かれたフォルダには、サイファー・アーキテクチャ社のフロアマップや社員リスト、エターナル・ソサエティのコアメンバーのプロフィールまで含まれていた。まさに、腹いせに取れる情報は根こそぎ取った、と言わんばかりの情報量だった。


結月の情報を頭に入れながら、俺たち二人は夜遅くまで、サイファー・アーキテクチャ社潜入の計画を練り上げた。危険は承知の上だった。しかし、これが俺たちにできる、唯一の作戦だった。


Audreyの解放。それは、ライフコードによって歪められた社会を正す、最初の一歩になるはずだ。この決断が正しいのか、まだ確信は持てなかった。それでも、その一歩を踏み出す勇気は、俺たちの中に確かにあった。

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