表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

119/157

第115話:同志

夕暮れ時、国家イノベーション機構での仕事を早めに切り上げた俺は、御厨博士と面談するためにクオンタム・ダイナミクス社の健康管理室へと向かった。ドアを開けると、意外な声が飛び込んできた。


「これを見てください、みくじい!」


その声に、俺は思わず眉をひそめた。結月だ。そして、御厨博士を「みくじい」呼ばわりとは。


「おや、樹君」


御厨博士が振り返る。その横で、結月はコンソールに向かって何かを操作していた。俺は顔が引きつるのを感じたが、博士本人が全く気にしていないのであれば、とやかく言うことでもないだろう。


「また来てるのか、ユヅ」


「うん。最近ここが自分の部屋みたいになってるんだ」


結月は嬉しそうに答えた。確かに、ここのところ、彼女の姿を見かけることが増えていた。


「進路の方は?」


俺が尋ねると、御厨博士が答えた。


「ああ、それが素晴らしい話があってね。ユージィはアメリカの大学を目指すことになったんだ」


「え?」


俺は二度驚いた。アメリカの大学という選択と、ユージィという呼び方だ。推測するならば、ユヅキはアメリカでは発音しにくいから、ユージィというニックネームを博士がつけたのだろう。そして、結月が、じゃあ、御厨博士はみくじいね、と。目に浮かぶようだ。


「来年の夏までにGEDに合格して、9月からアメリカの大学に行くんだ」


結月が俺の方を振り向いて誇らしげに言った。


「GEDって確か、アメリカの高校卒業認定試験」


御厨博士が説明を始めた。


「確かにユージィの能力なら、特別入学枠で直接大学に入れるだろう。しかし、GEDの勉強を通じて、工学以外も幅広い知識を身につけておくことは、長い目で見て重要だとアドバイスしたんだ」


「なるほど」


「それより、これを見て、兄者」


結月が画面をホログラフィックディスプレイに切り替えて、表示された3Dモデルを指さした。人型ロボットの設計図が、空中に美しく浮かび上がる。


「ロボットか」


「うん。でも、特殊なんだ。目だけを高精細の有機ELディスプレイにしたの」


「目だけ?」


「そう。普通のロボットって、どんなにリアルに作っても、不気味の谷に落ちるでしょ?それを克服する研究なんだ」


御厨博士が補足する。


「ユージィと始めた共同研究なんだ。人の目は感情を伝える重要な器官で、人間の認知は目については非常に敏感になっている。そこだけをピンポイントで高精細化することで、違和感を大幅に減らせるという仮説を立てているんだよ」


「なるほど」


実際、画面上の3Dモデルは、他の部分は普通のマネキンのようだが、目だけが生き生きと輝いていた。不思議と親近感すら感じる。俺は、それを見ながら、「リンの体を作る」という自分の約束を思い出していた。これは、一つの可能性かもしれない。


「すごいじゃないか、ユヅ。これ、不気味じゃないロボットを作る第一歩になるんじゃないか」


「でも、これだと僕は泣くね」


結月が不満そうに呟いた。


「泣くってどういうことだ?」


「うん。確かに、見る側からしたら、これはリアルな感じがすると思う。でも、もし自分が交通事故かなんかで死んで、記憶だけこういう体に移植されたとしたら、自分の体を見て悲しくなるだろうね」


その言葉に、俺は一瞬はっとした。確かに、他人が見てリアルに見えるということと、その体を自分の体としてすんなり受け入れられるか、ということは全く別物だった。


「いずれにせよ、ユージィにはロボット工学の研究が向いていると思うんだ」


御厨博士が穏やかな表情で続けた。


「ハードウェアとソフトウェアの両方に精通しているからね。まあ、今回の研究はユージィにとっては遊びのようなものかもしれないが、推薦状に書くには十分な水準だよ」


「そういえば」


結月が突然、話題を変えた。


「ドラマの制作費って、どうするの?」


「なんでお前がそれを知ってるんだ?」


「いや、雑談の中でね。ユージィも仲間だしね」


御厨博士が言いよどむ。


「実は、兄者に聞かせたい話があるんだ」


結月がにやりと笑う。


「実は、僕がOGから形見として貰ったPCがあるんだ。2010年代のやつで、GTX 780 Tiが載ってる」


GTXが具体的に何なのか分からなかったが、語感的にグラフィックスボードだろう。結月の曾祖父は有名な技術者だったので、そうしたPCを自作していても何ら不思議はなかった。


「OGから言われたんだ。もし、お前が困ったことがあったら、これを使えって」


結月が続ける。


「ひいお爺さんのお前に対する愛情は分かる。でも、いまは2050年代だぞ。40年近く前のPCを使えって言われても」


俺が突っ込むと、結月が不敵な笑みを浮かべた。


「HDDを解析してみたら、あるものが見つかったのだよ、樹君」


「あるものって?」


俺にはさっぱり見当が付かなかった。


「仮想通貨」


俺は、その言葉に鳥肌が立つのを感じた。


「どのくらいの額?」


「分からない。でも、最低でも何十億円分はあると思う」


俺は絶句した。


「OGが趣味で初期の頃に採掘した仮想通貨だと思う。親も知らないんだけど」


「それって」


俺は平島さんの顔を思い浮かべていた。


「ドラマの制作費に使わせていただけるでしょうか、結月様」


「いいよ。どうせ、僕一人じゃ使い道がないからね」


結月は満面の笑みを浮かべていた。その瞬間、俺は確信した。結月は、もう「妹分」なんかじゃない。一人の技術者として、そしてエターナル・ソサエティと戦う仲間として、一人前の戦力になっているのだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ