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第110話:優良中小企業

ムジーク社のオフィスに戻った俺とビジェイは、早速平島さんと吉本さんを交えてミーティングを始めた。窓から差し込む午後の光が、真剣な表情の四人を照らしている。


「皆さん、実は重要な話があります」


俺は慎重に切り出した。


「まず、俺がライフコードの開発者だということを、お伝えしなければなりません」


平島さんは困ったように頭をかきながら、穏やかな声で言った。


「こりゃまた、驚いたね」


「しかし、そのライフコードを止めるために、俺はこれまで戦ってきました」


「西村君とも共闘していた...というわけだね」


平島さんの言葉に、俺は頷いた。


「はい。平島さんに西村さんから依頼して作ってもらったIDカードを使って、俺たちはサイファー・アーキテクチャ社に潜入しました」


ビジェイが身を乗り出すように言った。


「そう言えば、僕が作ったIDは女性のだったよ。確か橘さんという方のものだったはず」


「俺と橘澪は二人で行動していました。サイファー社のサーバー室にまで潜入して目的は達したのですが...」


俺は一瞬言葉を詰まらせた。あの時の記憶が鮮明によみがえる。


「橘はそこで拘束されました。その後、結局、俺も捕まり、拘置所で6ヶ月を過ごすことになったんです」


「橘さんは今、どうなっているの?」


吉本さんの心配そうな声に、俺は重い口を開いた。


「今も拘束されたままです。橘だけでなく、西村さん、そして元官僚の齋藤さんも」


「それはまた…酷いことになったね」


吉本さんの言葉に、会議室に重い空気が流れた。


平島さんが真剣な眼差しで俺を見つめる。


「サイファー社、つまり黒川が絡んでいるということだね」


「はい。ライフコードは黒川の率いるエターナル・ソサエティによって改ざんされ、人々を縛る道具と化してしまったんです」


俺は深く息を吸い、続けた。


「そして今、黒川はライフコードの開発者である俺をエターナル・ソサエティに引き入れ、さらなる野望を実現しようとしています」


「野望?」


平島さんの表情が一気に引き締まった。


「超知能AIの開発と、それによる社会の統治です。もうすぐ、国家イノベーション機構の設立がニュースで報じられるはずです。しかし、その真の目的は超知能AI実現のための量子機械学習なんです」


ビジェイが眉をひそめながら口を開いた。


「超知能AIは確かに危険だけど、そう簡単には実現できないはずだよ。ここ30年間ぐらい、世界中の企業や研究者が挑戦し続けても、誰も成功していないんだから」


「黒川の計画は違います」


俺は説明を続けた。


「ライフコードの次期バージョンで人々の感情や感覚データを収集し、それを様々な情報と共に量子コンピュータに学習させることで、超知能AIの覚醒を目指しているんです」


「あー、それは...」


ビジェイの表情が一変した。


「直感的には、確かに実現可能かもしれない。これは本当にまずい」


「それで、君はどうやってそれを防ごうとしているんだい?」


平島さんの真摯な問いかけに、俺は御厨博士と練り上げた計画を説明し始めた。ライフコードからの人々の解放、超知能AIの覚醒阻止、そして社会変革への道筋を、一つ一つ丁寧に語っていく。


平島さんは深く頷きながら言った。


「なるほど。だから私にドラマの制作を依頼したというわけだ」


「はい。ドラマには人々の意識を大きく変える力があります」


「実はちょうど進捗を報告しようと思っていたところでね」


平島さんが嬉しそうに続けた。


「近森から連絡があって、マンデラについての取材が終わったそうだ。脚本は来週には仕上がる。音楽も順調」


彼は誇らしげに胸を張った。


「そして、タイトルは『闇を照らす』に決定した」


「素晴らしいタイトルですね」


俺は心からそう思った。仮想世界で何度も目にしたそのタイトルが、現実でも同じように決まったことに、不思議な安心感を覚える。


「...予算は大丈夫なの?」


吉本さんが心配そうに尋ねた。


平島さんは苦笑しながら答えた。


「それが最大の課題なんだが...まあ、走りながら考えるしかないね。我が社の優秀な財務担当の手腕に期待するよ」


吉本さんは深いため息をつきながら、観念したように頷いた。俺は申し訳なく思ったが、今は金銭面での解決策を提示できる状況ではなかった。


「というわけで」


ビジェイが明るく話を切り出した。


「僕の役目は、ライフコードの評価値に乱数を混入させるってことでいいんだね」


「ああ、よろしく頼む」


俺が深々と頭を下げると、ビジェイは楽しそうに笑った。


「いいんだよ樹。こんな面白いことに誘ってくれて、こっちこそありがとうだよ」


「ただ、評価値って暗号化されて保存されてるから、そう簡単には改ざんできないよね。特に何百万人もの評価値を一度に変えるのって無理じゃない?」


ビジェイが率直に疑問を呈する。


「いや、そこでビジェイのやり方なんだ。評価値そのものは変えない。ただ表示に乱数を混ぜるってだけなんだ。要は、人々が自分の評価値を見て混乱してくれればいいわけだから」


「なるほど。それならビックリするほど簡単だね。いいね、樹」


ビジェイが親指を立てる。


「あと、新しいハードウェアの情報が出たら、感情や感覚の情報へのノイズ混入も考えないとね」


ビジェイの状況把握能力に、俺は感心した。さすがだ。


「しかし、真島君」


吉本さんが不思議そうに言った。


「君は、まるで未来を見てきたかのように話すね」


「そうでもないんですけど…いや、実は...」


俺は覚悟を決めて切り出した。


「俺は先週まで、仮想世界で生きていました」


そう言って、SDOのこと、12の世界線のこと、そしてエターナル・ソサエティとの戦いについて、順を追って説明していく。平島さんは穏やかな表情で聞いていたが、吉本さんの眉間にはしわが寄っていた。ビジェイは、相変わらず楽しげな様子だ。


「驚いたね」


平島さんが感慨深げに言った。


「シミュレーションでそこまで再現できるとは」


「はい。この会社のことも、皆さんのことも、実は既によく知っているんです」


「だから僕の日本語に驚かなかったわけだ。なるほど、腑に落ちたよ」


ビジェイが納得したように言った。


俺は改めて深々と頭を下げた。


「人々をライフコードの支配から解放するため、そしてエターナル・ソサエティが進めようとしている超知能AI開発を止めるため、どうか力を貸してください。お願いします」


「協力したいのはやまやまなんだけど」


吉本さんが慎重に言葉を選びながら話し始めた。


「それは事実上の犯罪行為になるんじゃないかな」


「おっしゃる通りです」


俺は正直に認めた。


「だから、皆さんには迷惑はかけたくない。断っていただいて構いません...と言いたいところなのですが」


俺は申し訳なさそうに微笑んだ。


「実は、皆さんの協力を大前提に計画を立ててしまっています。申し訳ありません」


もう一度深々と頭を下げる俺に、平島さんが温かい笑顔を向けた。


「いいじゃない、面白そうじゃないか。僕は参加するよ。ビジェイはどうだ?」


「もちろん!」


ビジェイは即座に返事をした。


「吉本君は?」


吉本さんは観念したように答えた。


「私は、みんながやりやすいようにするだけですよ」


「よし、じゃあ早速始めようか」


平島さんが声を掛ける。ビジェイが立ち上がり、自分のPCの画面を皆に見せた。


「評価値表示アプリのコードはこんな感じ。ここに、ランダムな値を加えるロジックを入れれば良さそうだ」


「いいね」


俺は説明を加えた。


「ただし、表示だけを変更して、内部の計算には影響を与えないように注意が必要だ」


「分かった。こことここを変更すればいけるはず」


ビジェイが素早くコードを書き始める。


「でも」


吉本さんが慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「こんな単純なトリックで、本当に人々はライフコードから解放されるのかい?」


俺は確信を持って答えた。


「はい。人々は、評価値が自分の予想と違う動きをすることに混乱し、疲れ、やがて評価値自体を気にしなくなるはずです」


「なるほど」


平島さんが深く頷いた。


「そういう意味では、『闇を照らす』も同じ方向性を持っているわけだ。人々に、数値では測れない価値があることを示すんだからね」


「その通りです」


「いいじゃない。久しぶりに良い仕事ができそうだ」


平島さんが力強く立ち上がった。


「僕は映像の方を進める。ビジェイと樹は評価値表示アプリを。吉本君は予算の心配を」


「はいはい」


吉本さんは苦笑しながらも、確かな決意を胸に秘めているように見えた。


窓の外では、夏の陽光が眩しく照りつけていた。平凡な雑居ビルの一室。しかし、ここから人々を解放するための静かな革命が始まろうとしていた。


俺は確信していた。この場所で、この仲間たちと共に、必ず世界を変えられると。


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