表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

直立不動のようです

初めて書きました。ドキドキです。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


(どなたかいらっしゃいませんかー!)


異世界転生した私は、荒廃した教会で身動きの取れない状態のまま心の中で叫んていた。


私の名前は伊集院憂佳。ブラック企業勤めの会社員だ。28歳の誕生日を迎えた深夜、仕事終わりの帰宅途中に歩道橋から転落した。お得意様からの電話に出ようとした際に立ち眩みがして、やばいと思った時には遅かった。

意識を失う前に、異世界転生ものの導入でありそうだなと他人事のように思っていたのが幸いしたのか、目が覚めたら病院のベッドではなく荒廃した教会に立っていた。ブラック企業が嫌になっていた私は、念願の異世界転生に少し喜んだのもつかの間、身動きが取れないことに気づいて、転生早々ピンチに追い詰められていた。

声が出せないのはもちろん、指一本も動かない。直立したまま金縛りの状態になっている。心の中で助けを求めて叫んだが、一向に変化は訪れなかった。


(転生したら貴族の令嬢になって自堕落に生きたいと思っていたのに!)


前途多難、異世界転生も楽じゃなさそうだ。


(何かこの状況を打開できるヒントでもあれば……)


廃れた教会は、屋根にぽっかり穴が開いていて、そこから月の光が降り注いでいる。とても明るいので今夜は満月だろう。そのおかげで夜でも室内の状況を把握できる。

屋根同様に壁も一部が壊れ崩れている。ガラスも割れていて、室内と定義していいのか怪しい。風通しは良好だ。

室内には木製の椅子が乱雑に置かれている。どれもこれも壊れていて椅子としては役に立たなさそうだ。私の正面には出入口があるが、木製の両扉は室内に向かって倒れている。

外敵に扉を壊されて中で争った形跡が見て取れた。風化した様子を見るに最近の話ではなさそうだ。荒れているので人が訪れた様子もない。


(完全に詰んでる……。今からでも貴族令嬢に転職したい――)


せめてプレイ済みのゲームに転生していれば今後の対策ができそうだが、身動きも取れないのでままならない。


(もう誰でもいいから、助けてください!)


ふと、出入り口に人影が現れた。その人影は教会内に入ってきた。頭を押さえながら不安定な足取りだ。

月の光に照らされた謎の人物は、フードを目深にかぶっていて顔は見えない。背は高いので男性のようだ。体にまとわりつくように黒い靄がかかっている。ふらつきながら数歩進むと、その場に倒れこんでしまった。


(ちょっと大丈夫? 死んでないよね?)


駆け寄って様子を見たいが、動けない。私の救世主かもしれないキャラが、こんなところで死なれては困る。

男がうめき声をあげた。


(よかった、生きてる)


「聖女様、どうか、お救いください……」

男は私のほうへと右手を伸ばす。


(聖女様がいるなら私も救ってほしいわ。というか、私が聖女?)


ふと、一つの可能性が頭に浮かんだ。転生してから自分の姿を確認できる手段がなかったけれど、教会で等身大のサイズのもので身動きの取れないもの。それこそ『動かないもの』が私自身だったら。


(もしかして、聖女像に転生した?)


「聖女様、どうか……」


(この声、どこかで聞き覚えが……)


苦しそうな声はかすれていたが前世で聞き覚えのある声だった。


(『そのキラ』の魔術師クロード様!?)


聞き間違いじゃない。私が前世でプレイしていた恋愛シミュレーションゲーム『その愛は煌めいて』の魔術師クロードだ。通称、『そのキラ』は、ブラック企業で病んでいた私が唯一ハマったゲームで、彼は私の生きる希望であり推しだ。


(私、『そのキラ』に転生したってこと?)


動けない石像だけど、なんだかやる気が出てきた。


(でも、彼を助けるにはどうすればいいの? ゲームのヒロインみたいに救えるかな?)


魔術師クロードは、先祖が魔王を倒したパーティーの一員だった。魔王討伐の際に呪われて、彼の一族は二十歳までに石化して死んでしまうという設定のキャラだ。

隠しキャラである彼は、ヒロインと出会わなければ呪いで死んでしまう。

しかも、クロード自身はけた外れに魔力量が多い。呪いの影響もあり魔力暴走しやすく、生まれてからずっと健康に不安を抱えていた。

ゲームに登場した時点で、クロードは左手に手袋をしてる、すでに石化が始まっていたのだ。その石化が心臓まで進むと彼は死んてしまう。その呪いを解くのがヒロインのキララだ。彼女の癒しの力で呪いは解け、クロードは恋に落ちるのだ。


(でも、クロードはハーレムルートの隠しキャラだからヒロインにとってはお気に入りの一人でしかない不憫なキャラなのよね)


(私が聖女像なら、癒しの力を使えるかな……?)


ゲームの設定上、呪いは真実の愛でしか解けないが、ヒロインの癒しの力はそれを覆した。私に同じ力が扱えるかは分からない。でも癒しの力に似たようなことを聖女像ならできるかもしれない。


(せめて魔力暴走だけでも、鎮められたら――)


私は、心の中で強く強く祈ってみた。


(彼が苦しみから解放されますように! どうか! どうか!)


強く念じると、私は白い光に包まれた。白い光は強さを増しながら広がり、彼を包み込んだ。彼にまとわりついていた黒い靄は彼から離れ、私に流れこんでくる。すべての黒い靄を吸収すると、やがて白い光は収縮して消えた。


(なんとかなった……?)


おそらく、彼の魔力を吸収したのだろう。魔力がじんわりと私の体になじんでいく。石像なのにほんのりと温かく心地いい感覚が広がっていく。

倒れていた彼は体をゆっくりと起こした。顔を覆っていたフードを右手で下ろし、困惑した様子でこちらを見つめている。


(やっぱり、クロード様だ)


ぼさぼさの黒髪、生気のない白い肌、魔力暴走による不眠でクマができていて、どこか不気味だが人を引き付ける濃い翡翠の瞳。ゲーム開始時はやつれているが、実際はかなりの美形だ。ゲームキャラの中でも一位二位を争うくらい顔面偏差値は高い。

目を伏せ長いまつげで翡翠の瞳がかげる。今起きた出来事が処理できていない様子だ。


(きっと誰も巻き込まないように、人気のない教会まで来たんだわ――)


慢性的な魔力暴走に悩まされている彼は、波があるようだが全身突き刺すような痛みに苦しみ、わずかな睡眠時間しかとれない。暴走した魔力が外に放出されると、周囲の人間を巻き込んで傷つけてしまう。彼は痛みに耐え続けるしかなく、子供のころからずっとそんな生活をしていたのだ。


(彼が、ここまで生きてこれたのは奇跡よね――)


とりあえず、一時的だが魔力暴走による危機は去った。呪いも解ければよかったのだが、さすがに無理だったようだ。そこはヒロインの役目なのかもしれない。


(聖女像モドキにしては役に立ったわ)


私が物思いにふけっていると、いつの間にか彼は私の目の前に立っていた。推しが眼前にいる。その事実だけで、体がこわばり動けなくなった。石像だけど。


「奇跡だ――」


彼はその場に跪き、ゆっくりと手を合わせ祈る。彼を救えたなら石像も悪くない。

しばらく祈りをささげた彼が顔を上げた。


「見たことがない聖女様だけど――。こんな寂しいところにいるくらいなら私の屋敷に来ていただこう」


(え?)


彼はすっと立ち上がり呪文を唱えると周囲の景色が歪み始めた。

ほんの一瞬で歪みは収まり、私は見知らぬ屋敷の庭にクロードと立っていた。


「ようこそ私の屋敷へ、聖女様」


クロードが、わずかにほほ笑んだ。

推しの笑顔の破壊力に胸がギュっとした。石像だけど。

終わらせられるんでしょうか。

気長に応援してくださるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ