濡烏の王、泥濘
それでもカブは抜けません
抜けないんです、カブが
わかります?カブが抜けないこの恐怖が
なんなんですかね、このカブ
マジでヤバいんですよコイツ
って、聞いてないか笑笑
「無職ってのはな、心のあり方なんだ」
僕にそう言ってくれた、自分を無職と呼んでいたのにいつも忙しそうだったおじちゃんは言う。
「いついかなるときでも全てを捨て去る覚悟、全てを持ちながら、持たない矜恃。それを備えることで、職があろうとなかろうと無職なんだ」
おじちゃんはルアーのついた釣竿を投げながら、僕に語りかけるように、自分を再確認しているかのように喋る。
「おじちゃん、今日のルアーはなんなの?」
「久本雅美だ」
「まちゃみ?」
「そう、まちゃみ」
「これでウド鈴木を釣った後にな、それを捌いてバイクで市に売りに行くんだよ」
おじちゃんのバイクは変わっている。東京フレンドパークのデリソバグランプリのバイクと一緒で、いつも僕と出かける時には僕を後ろに乗せたまま、右手で今日の荷物を蕎麦屋のように持っていくのだ。
おじちゃんは他にも変わっているところがたくさんある。
くしゃみをすればどこからかパチンコひぐらしの鳴く頃にの役物のナタが落ちてくるし、部屋の電気をつけたり消したりするとウボァになっていることもあるし、おしりからずしん、と座るとケツワープすることもある。
3時間に一回はですよ。の「あ〜いとぅいまて〜〜ん」を110dBで叫ぶし、とでも変わった人だ。
でも僕は、そんな無職のおじちゃんが好きだった。
52年が経った。
空は紫色に妖しく光、HIKAKINは毎日投稿をやめSEの頻度が約5動画に一回になった。
TwitterはXに名前を変えた後、「聖戦士ダンバイン」に更に名前を変えサービスを継続している。
僕はおじちゃんとカラオケに来ていた。この52年間ずっと、おじちゃんはカラオケに来るたびヒャダインの「クリスマス?なにそれ?美味しいの?」以外歌っていることがない。
フリータイムで10時から18時までいるのに、ずっとだ。
おじちゃんは言う。
「坊主、そろそろお前にも『無職』がわかってきただろ?」
僕はハッとした。それは52年間の中で、とうにわかりきっていたことであった。
しかし、それを言ってしまったが最後、おじちゃんとはもう会えなくなる気がして、言い出せなかった。
「俺がいてもいなくても、言ったとおり。無職は心のありかたであり、プライドなんだ。
それは今後お前の人生を支えてくれるさ」
「おじちゃん…」
「……わかったよ」
僕は言う。
「でじこがきたにょ」
僕がそう言うと、おじいゃんは光の粒子へと姿を変え、カラオケの点数表からDAMチャンネルへと切り替わる時間くらいで霧散した。
こうして、52年間いっしょだったおじちゃんとの話は終わったのだった。