その選択は尊いもの?(タマゲッターハウス:純文学の怪)
このお話は『小説を読もう!』『小説家になろう』の全20ジャンルに1話ずつ投稿する短編連作です。
舞台や登場人物は別ですが、全ての話に化け猫屋敷?が登場します。
なぜ人を殺してはいけないか?
そう問われた場合、あなたはどう答えるでしょうか。
ある男は言いました。「殺してもいいんだよ」と……。
しいな ここみさまの『純文学ってなんだ? 企画』にも参加しています。
「君も困った性格だね、匂坂くん。社会貢献のフリも結構だが、オレたちが忙しい時には余計なことを……」
「お言葉ですが、先輩。いちおう断っておきますが、私が希望したわけではありません。あの通知は裁判所が勝手に送ってきたんですよ」
日本では二〇〇八年から裁判員制度が始まった。
殺人などの凶悪犯罪の裁判を一般の国民が参加するものだ。
選挙権のある日本国民の中で、くじ引きで選ばれた者に『裁判員候補者名簿への記載のお知らせ』が届く。
候補者の中でさらにくじで選ばれた者が裁判員になる。
私は裁判には興味はあるが、『お知らせ』が届いたのは自分で希望したわけではない。
もっとも、今回のことで私が裁判員に選ばれる可能性はなくなったわけだが。
「ふむ。本当にそれに選ばれてしまうと、何日も拘束されるのか」
「殺人事件などの刑事裁判ですからね。一日で終わるもんじゃないですね」
「ふむふむ。でも、あれだね。事件の内容にもよるけど、自分で死刑の判断をするのってキツいわな」
「そうでしょうか。死刑判決って、犯人がそうとうひどい殺し方で反省もなく、酌量の余地もない場合に限られます。私はその判断に躊躇はしませんよ」
先輩はやれやれと肩をすくめる。
「匂坂くんは手厳しいね。どんな理由があろうと、相手が殺人者でも、人を死なせるのはどうかとオレは思うよ」
「先輩。私は『やっていい人殺し』もあると思うんです。死刑制度のある法治国家では『死刑判決を判ずる義務』と『執行する義務』もあるはずですよ」
「死刑はあっても、なるべく避けるってのもあるだろう。それに、その判決がでても執行まで長く時間をとるとかね」
「今の日本の死刑囚は、それに近いですね。他の事由として『正当防衛』というのがあります。やらなければやられる、という状況で無抵抗になるのも間違っています」
「もし匂坂くんがそういう状況になった時に、過剰防衛にならないことを祈るよ。まぁ、日本で許される人殺しってその二つかな」
先輩の言葉に、私は五本指をだした。
「まだ五つほど思いつきます。一つは、私の友人の話です。友人の姉が在日米軍のアメリカ人と結婚したんですよ。その軍人さんが戦地に異動するようなんです」
「おいおい。戦場で敵を倒すのと、平時に人を殺めるのは意味が違うよ」
「戦場は例外、つまり『やっていい人殺し』ですね。二つ目は、『命の選択』です。二人のうち一人しか助けられないというより、自身の行動でどちらかが死ぬ場合を考えてみましょう。いわゆる『トロッコ問題』です」
「たしか、暴走するトロッコの先に分岐が合って、一方に多数の人間、もう一方に一人がいてどちらも動けなくなってるんだよな。で、レールの切り替え機を自分が操作できるとか」
「よくご存じですね。まさにそれです。レールをどちらに切り替えても誰かは死にます。何もせずに運を天に任せてもいいですが、その選択でも死者はでます」
「よし、切り替え機をうまく操作して脱線させることを試みよう。トロッコの最初の車輪がポイントを通過したときにポイントを切り替えれば、脱輪させられるかも」
先輩も無茶をいう。まぁ、この人らしい。
「トロッコは脱線すれば、切り替えの操作者を直撃しそうですね。で、三つ目は『安楽死』です。これには『尊厳死』も含みますが」
「うん? 安楽死と尊厳死って何が違うんだっけ?」
「まず、安楽死はそのままでも死を避けられない状態です。痛みや恐怖で『死んだほうがマシ』の苦痛を味わっている時、そこから解放することです」
「尊厳死も同じだろう」
「解釈によって意味が違ってきます。全身に管や器具を取り付けて病院のベッドで寝たきりの治療を受ければ延命できるとします。痛み止めの麻酔だけを射ってもらい、自宅で身体を動かしながら最期を迎えることも選べるとしましょう」
「後者の場合は、当人は『自殺』に近いとか、お医者さんから見れば『見殺し』に近いと考える人もでそうだな。それが尊厳死か」
「他に精神的な障害が出ていて、意識が正常になときに本人が死を望むこともありますね。発症時のことを恥じて、そうなる自分を許せないとか。私なら自殺するかも」
「難しい話だな。オレなら、最後まであきらめるなと言いたい。だが、いざ自分がそうなったらどうするかわからんね」
先輩は腕組みをした。
「で、匂坂くんの言う四番目は自分自身を殺す『自殺』かね。言っておくが、それは『やっていいこと』じゃないからな」
「もちろんです。私は苦痛から逃げるためや、当てつけ自殺、後追い自殺などはダメだと思いますよ」
「いや、『ダメじゃない自殺』などないぞ」
「先輩は神風や回天はご存じでしょうか」
「『自爆テロ』はいちばんダメなやつだぞ。で、匂坂くんのいう五番目はなんだ? またロクでもない意見がでそうだな……」
「日本の刑法に『緊急避難』というものがあります」
私がいうと、先輩は少し黙って考えていた。
「まぁ、匂坂くんにしてはまともな意見かな。あれだろ? 崖から切れそうな一本のロープに二人がぶらさがっているとか」
「そうです。そのまま二人とも死ぬより、どちらか一人でも助かった方がマシでしょう。私なら迷いなく、もう一人を突き落とします」
「思い切りがいいね。オレはそこまでできんよ。自分から手を放すかもな」
「いえ、先輩の性格なら違いますよね。先輩は最後まで日寄って、結局共倒れになりそうです。だから、我々も今こんなところにいるんですよ」
私は前の方に並んでいる亡者の群れを見た。
その先に川があり、渡し船のようなものが見える。
あれに乗れば私は地獄行きで、先輩は別のところにいくだろう。
「あの洋館で猫の化け物に襲われた時、私は本気で先輩を見捨てていました。でも、先輩一人なら逃げ切れたんじゃないんですか? あるいは本気で足止めだけをしてくれてたなら、私だけでも助かったかもしれません。先輩が欲をかいて二人とも助かろうとしたもんだから、二人とも死にました。これだと意味がないじゃないですか」
「そうは言うがね。きみ。人事を尽くして天命を待つと言ってだな。最後の最後までベストを尽くすのが理想だと思うぞ」
「ひとつ聞いていいですか。先輩。もし、あの化け猫屋敷でやり直せるとしたら、先輩はどうしますか? もう一度共倒れ覚悟で、二人とも助かる方法を試すんですか?」
私が聞くと、先輩は自信満々で答えた。
「決まっているよ。今度は、あの屋敷の猫さんたちと友達になるのさ」
「わかりました。その時は先輩が独りで逝ってください」
タマゲッターハウスの他作品や『純文学ってなんだ? 企画』の他作品はこの下の方のバナーから見ることができます。