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1.イースターフェア開催中

#深夜の真剣物書き120分一本勝負 参加作品

お題「イースターエッグ」、「新」、「ねこちゃん」


あたたかな春風が、石畳の上の新聞の切れ端を転がす。新芽をつけた街路樹とガス灯が交互に立ち並ぶ緩やかな坂道を、人々が忙しなく行き交う。

目深にフードをかぶったちいさな影が、レトロな喫茶店の前で立ち止まった。立て看板のオススメメニューを全部覆い隠すように雑に貼られたポスターの中で、パステルカラーのウサギが狂ったように飛び跳ねている。長い耳の合間に並ぶポップな文字を、丸い瞳が辿る。


「……イースターフェア、開催中」


やや高めの声が律儀に音読。しばらくじいっと見つめていた小柄な影が、立て看板の後ろ、ヒイラギの植え込みに手を伸ばす。小さな白い花とトゲトゲの葉の間から、紫色にペイントされたオモチャの卵を取り出した。卵から流れ出す陽気な音楽。

こてんと首をかしげたところで、カランとドアベルが鳴る。


「おめでとう。卵を見つけたひとにはイースターメニューをプレゼントするよー」


綺麗に艶出しされた木目の美しいドアが開く。エプロン姿の青年が顔を出して、笑顔でその子を手招きした。



ほかほかのエッグサンドにかぶりつく小さな頭部。途端に丸い瞳が輝く。膨らんだ頬がむぐむぐと動く。その様子をカウンター越しに眺め、エプロン姿の青年がでれでれと鼻の下を伸ばしながら尋ねる。


「お名前は?」


アラタ


「へぇそうか、アラタちゃんか。ーーああ、俺? 俺は根古ネコって言います」


ふむ、と神妙にうなずく小さな頭部。


「ねこちゃん」


頬杖をついていた肘をずるりと滑らせて、そのままカウンターの下に姿を消す青年。二枚のパンの間からはみ出た卵で口の周りをべたべたにしながら、疑問符を浮かべる小さな頭部。


「ううん、いや、いいですけど、ええ、光栄ですけど」


ぶつくさ言いながらカウンターの上に戻ってきた青年がコンロの火を止める。湯気のたつ鍋の中身をホーローのマグカップにゆっくりと注いで、


「熱いから気をつけてね」


子どもの前にマグカップを差し出した。湯気を立てながらくるくる回る茶色い液面を不思議そうに覗き込んで、動物のように匂いを嗅ぐアラタに、「カフェオレだよ」と青年が教えてやる。小さく復唱したアラタが、両手でカップを持って美味しそうに飲む。白い喉元が上下するのを、再び頬杖をついた青年が目尻を下げて眺める。


二人の頭上から、ドスの利いた声。


「コーヒー。ホットで」


まばたきを数回、カップを置いたアラタが頭上を見上げる。瞳に映るのは濃紺の制服。


「おまわりさん」


「おう。ちびすけ、変なことされなかったか?」


「何言ってるの人聞きの悪い」


唇を尖らせた青年が、アラタの隣に座った警官の前に、水を入れたグラスを置いた。


ズボンのポケットをごそごそやっていたアラタが、空の皿とカップの横に硬貨をいくつか置く。


「あ、イースターエッグ見つけてくれたから、今日のお代はサービス……」言いかけて目を向けた青年がギョッとなる。「えっこれどこの国の?」


キョトンと首をかしげるアラタ。表面に刻印された消えかけの文字を読み取った警官が、渡航禁止の紛争国を言った。


「……ええと、お父さんが軍人さん、とか?」


青年の問いに小さな頭がうなずく。青年は傷だらけの外貨をアラタのほうへと押し戻し、優しく微笑んだ。


「こんな大事なものもらえないよ。ーーでも、良かったらまた来てね」


***


ごうごうと排気ダクトの音が鳴る。うずたかく積み上げられた古びた計器類の中、赤いランプが不規則な明滅を繰り返す。深海用の小型無線機のスピーカーから耳障りな雑音が断続的に流れ、その合間、各国語の暗号軍用無線が飛び交う。


「ーー何者かが『猛禽ラプトル』から『ツバメ』を奪って本国に入った、という情報はどうなった? ……」


「各組織に送り込んである密偵からはめぼしい情報が得られず……調査を続けます」


「あの強大な組織から戦力をくすねるなんて、相当な相手だぞ」


「『猛禽ラプトル』はすでに追跡を中断したらしい」


「領事館への潜入は中断。作戦の優先順位を変更……所在を掴め。繰り返す、『ツバメ』の……」


「いったい、どこの誰が手引きしたというんだ」


***


ランプの暖かな光が照らす店内。

足つきのガラス製デザートカップに盛りつけられた自家製カスタードプリンを、銀色のスプーンがつんつんとつつく。ホイップクリームとシロップ付けのさくらんぼを乗せてぷるぷると揺れるその堅焼きのプリンを、鼻先が触れそうな距離で見つめる、とても真剣な表情のアラタ。


カウンターの向こうから、青年の苦悶の声。


「……よく分かんないけど、なんかとんでもなく可愛いものを餌付けしてしまった、ってことだけはわかる……」


アラタの左横の席に座ってビーフシチューを口に運んでいた常連客の警官が、とりあえず形式的に「大丈夫か」と尋ねてみる。


「ダメかもしれない……」


黒いエプロンの左胸あたりを握りしめて、真顔で答える青年。


白けた目をしてビーフシチューを平らげた警官が、コーヒーカップを手に取りながら隣を向く。


「アラタ、いいことを教えてやる。こんな場末感たっぷりの、軽食+カフェバーなんつうわけのわからんボロい店、好き好んで贔屓にしなくても、この街には他にも色んなメシ屋があるぞ」


「余計なこと言うなぁぁ」


血相を変えて身を乗り出す青年の前、カラメルソースのついたスプーンをくわえながら、こてんと首をかしげる小さい頭部。


「……きそうほんのう?」


「ん?」と警官。


「おおー! うちの子になるかー!」


歓声をあげた青年が両手を広げる。


「俺の職業忘れてんなよ店長」


「忘れてないよ! なんでだよ!!」


じりり、と店の奥の黒電話が鳴った。はいはーいと返事をしながら、青年が名残惜しそうに去っていく。


「ーーえっ、『ツバメ』が失踪?! そりゃおおごとですね、我が西町支部もぜひ協力をーーあっ切られた」


はぁ、とため息をついて戻ってくる青年。ちぎったパンで皿のビーフシチューを残さず拭い取りながら、警官がものすごく呆れた目を向ける。


「お前、今のあれだろ」


「うん、そう」


「俺にはもうバレてるから良いとして、この店がいくら閑古鳥だからって、ほんっと緊張感ねぇな」


「俺には分かる!! アラタは悪い子じゃないから大丈夫!!」


「そんな迂闊だから、いつまで経っても任務が回ってこないんじゃねぇの、『揺籠』の西町支部さんよ」


うっと腹部を押さえてうずくまる青年。「それ言わないで……」


空になったプリン皿を奥に押しのけて、今日はポストの中から見つけた紫色のイースターエッグを転がし始めるアラタ。その左耳に、こそっと警官が耳打ち。


「年甲斐もなくゴッコ遊びが好きなやつでな。悪いが適当に付き合ってやってくれ。ここが軍事組織の一支部っていう設定らしい」


ころん、と卵がテーブルに転がる。

アラタが小さく首をかしげた。


***


雑音の合間、硬質な声が告げる。


「ーー『ツバメ』 らしき人物の情報が入りました。偽造書類で3日前に本国に入国。長距離鉄道の下りに乗車……追跡部隊からの定時連絡は、2日前の昼に西町の外れで途絶えました」


「あんな田舎になんの用が?」


「西町に支部があるのは『揺籠』くらいのもので」


「『揺籠』ならすぐに引き渡しを要求……」


「待て。西町支部だと?」


「ええ、何か?」


「今、データベースの記録と照合しているが……先の大戦で戦艦を奪って軍港に突撃して以来、一切の任務記録がない」


ノイズの合間に、多くのどよめきが混じる。


「……記録抹消するほどの何かが、あるというのか」


「ーー迂闊な行動は組織の破壊を招きかねん。くれぐれも慎重に、いいな」


***


「えっ?! 『ツバメ』がここにーー西町支部に接触した?!」黒い受話器を耳に当てて、青年の声がひっくり返る。「いえいえ、なんにもないです! 隠してるとかじゃなくて!」


「だからアイツは……」こめかみを押さえる警官。


フォークを置いたアラタは、何かないかと周囲を見回し、使用済みのおしぼりを警官にそっと差し出す。とりあえず受け取りながら疑問符を浮かべる警官。


電話を切った青年がバタバタと戻ってくる。


「アラタ、悪いんだけど……危ないことに巻き込まれそうだから、当分この店に来ないでくれる? 落ち着いたら必ず連絡するから」


アラタが深くうなずきーーそのまま上がってこない小さな頭に、謝罪の言葉を繰り返す青年。


「それで、」コーヒーカップを置いた警官が、半泣きの青年に問う。「その『ツバメ』とかいう偽名だけ聞かされて、お前はこれから何をどうするつもりなんだ?」


「え、そりゃツバメっていうくらいだからヒモ男みたいな……アラタ、どうした?」


はい、と挙手しているフード姿のチビを、大人二人が不思議そうに見る。


「まぁ冗談は置いといて。本部から増援が来るらしいから、そこんとこは大丈夫だと思う」


へらっと笑うエプロン姿の青年を、子どもと警官が不安そうに見つめた。

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