25.死と復活
ローマ軍野営地に、聖地アレシアから語り部のドルイドが訪れた。
中央の広場でドルイドは語った。聖地アレシアにて何があったかを。
ねぶたが浄火の炎で、最高神祇官と共に燃え上がる場面では、臨場感たっぷりの描写に聴衆は感嘆した。
語りが終わった後、ドルイドは天幕へ案内される。
中には、杖を持った男が座っていた。
「きみが語り部としてくるとはな。見たところ、火傷ひとつないようだが」
杖を持った男──カエサルは、からかうようにいった。
「閣下こそお元気そうで、安心しました」
語り部のドルイド──ウェルキンゲトリクスが一礼する。
「さて。演説の他に、わたしが知っておかねばならないことはあるかね?」
「ありません。わたしが演説にいれなかったことは、マルクス・アントニウスが報告しているでしょうし。そうですよね?」
「うん。まあ……な」
奴隷が用意したワインを、ウェルキンゲトリクスは受け取る。
「今回の件、どこまであなたの手のひらの上だったんですか?」
「人聞きの悪いことをいうなよ。撤退も本気で考えたんだぞ」
寝台で目覚めたカエサルは、体よりも心が折れていた。
ガリア戦争七年目にして初めての敗北と負傷が、山賊との小競り合いである。
偶然から運命を感じるほどには、カエサルとて古代の人間であった。これを機にローマ全軍をガリア属州へと撤退させるのも天意ではないかと考え、あちこちと連絡を取っていたところに、アウァリクム炎上の報せだ。
「これこそが天意だと感じたよ。わたしひとりのことであれば隠居して終わらせるが、ローマはアウァリクムの損害を看過できぬ。ガリアから撤退する前に、焼け死んだローマ兵の応報を為済ませねばならぬと」
少し後、カエサルは『ガリア戦記』でゲルゴウィア(クレルモン・フェラン近郊)の戦いで、ローマ軍が四十六人の百人隊長の損害を受けたと書いた。
この四十六人は、アウァリクムで焼死したローマ兵のことだ。カエサルは、四十六人が百人隊長であったと書くことで、その栄誉を歴史に刻んだのである。
「……面白いものですね」
「何がだ?」
「わたしが、天意を感じて最高神祇官を目指すことにしたのも、アウァリクムでした。偶然がいくつも重なって、ローマ軍が敗退した。ならばこれは、わたしが最高神祇官になることを神々が嘉したもうたものではないかと」
「コインの表裏だな」
病み上がりの体を押して軍団冬営地のアゲディンクム(サンス)に向かったカエサルは、そこで熱弁をふるった。
ローマは不滅であると。
アウァリクムの恥辱は雪がれねばならぬと。
杖をつきながらも、精力的に動くカエサルをみて、様子見をしていたガリア諸部族の腹も決まった。
「わたしが望んだ結果は、聖地アレシアのきみが、最高神祇官になった後で、自らの意志で降伏してくれることだったんだがね」
「そこは申し訳ありませんが、わたしは自分の命が大事なので」
「いや。面白いと思うぞ。わたしは好きだな、こういう芝居がかったの」
カエサルは笑った後、コンコンと咳をした。
奴隷が痰壺を差し出す。カエサルが痰を吐き出す。濁っている。
「カエサル、その痰は」
「お前さんのいうところの死穢だよ。去年の暮れあたりから、ちょっとな。疲れは抜けないし。ラビエヌスとも、お互い、隠居の頃合いだと話してたんだ」
紀元前五十二年。カエサルは四十八才だ。
古代の平均的な感覚では老人である。
「こんなところで隠居されては困ります。ガリアの戦いは終わってませんよ」
「なぁに。お前さんが戻ってきてくれた時点で、だいたい終わったようなものだ」
カエサルの言葉は、その場しのぎの、おためごかしだった。
この時点でのガリアの騒乱は、まだ終わる気配もない。
ガリアの一斉蜂起は、カエサルがケウェンナ山地(セヴェンヌ山地)で山賊に襲われたことに端を発しているが、そのこと自体は、きっかけに過ぎない。
七年続いた、ガリア戦争の長期化。
冬営する十個ローマ軍団への食料や秣の供出。
庶民にとっては、いつだって、蜂起するのに十分な動機はあり続けている。
それでも蜂起しなかったのは、単純に「自分たちに損しかない」からである。
これまでも、「生きるか死ぬか」の選択肢を突きつけられれば、庶民は蜂起してきた。三年目にアルプスでガルバ軍団相手に村人が蜂起したように。
けれども──
それだけでは、連鎖は始まらない。
ガリア中央部に不平不満が堆積したところに、春の端境期が近づいて飢えの恐怖が忍び寄り、カエサルが敗北して負傷したことが発火点となった。
ここまでして、ようやくガリア一斉蜂起という大火が起きた。
ひとたび大火が起きれば、元に戻すことは至難だ。
心には粘土のような可塑性がある。
自分の心の器を定めて大火の中で確定した後は、容易に変えられない。衝撃を与えて心の器を割ることはできても、形を変えることはできない。
もちろん──
カエサルは、そのことをわかっている。
ウェルキンゲトリクスも、そのことがわかっている。
わかっていても、どうしようもない。互いに苦笑して沈黙する。
「お前さん、新しい名と、うちの家門が必要だな」
「おまかせします。わたしは裏切り者ですので」
「うん。マルクスとはしばらく、顔をあわせるんじゃないぞ」
「はい。できれば、ゲルマン騎兵のアリオウィストスにも名前と家門をください。しばらくは彼と一緒にガリアを回ります」
「任せろ」
「わたしはケルトとローマの神々の習合を進めていきます。今回の事件も感動的な説話にして、信仰の面でガリアとローマを一体化しますよ」
「頼む。これからしばらく、わたしは表に出ないようにしよう」
この年の残りと、次の一年。
ウェルキンゲトリクスは、ガリア各地をめぐり、辻説法を続けた。
ガリア人向けの説話で人気が高かったのは、聖地アレシアでの出来事だ。
『ドルイド最高神祇官、ローマ王を諌め、浄火に身を投ずの巻』
ここでのローマ王は、カエサルのことだ。
説話は口伝で、聞くのはガリア人だけ。聴衆の反応を元に、アドリブをきかせて盛り上げる。
親ローマ派であっても、カエサルに不満はあるものだ。ドルイドの叱責にしょげるカエサルというのは、溜飲の下がる思いであったろう。反ローマ派であれば、言わずもがなだ。
「お坊様。最高神祇官は死んでしまったの?」
夜。カルヌテス氏族の館に案内されたウェルキンゲトリクスに、この家の男の子が問いかけた。
「さて、どうだろうね」
余韻をもたせるため、最高神祇官の最後はあえて濁すのも、演出のひとつだ。
「きみはどう考える?」
逆に問いかけるのも、説法の技法だ。
説話の内容を我が事として考え、精神の血肉とできるようにする。
男の子は、しばらく考えてから答えた。
「ぼくはね。死んだと思う」
「ほう」
事実としては、のうのうと生きてるのだが。
「ガリアに広まった戦の穢れを、最高神祇官は我が身に引き受けられたんだと思う。それは死でしか贖えないことなんだ」
「なるほど」
ウェルキンゲトリクスは、居ずまいを正した。
見かけは十才になっていない男の子だったが、年齢に比して考えが深い。
夕食が終わるまで、男の子は熱心に語り続けた。ウェルキンゲトリクスは、問いかけや確認の形で男の子を誘導し、考えを言語化させた。
「ありがとうございました」
男の子を寝かしつけ、父親である庄屋がウェルキンゲトリクスに礼をいった。
「こちらこそ、学びの多い宵でした」
「ならよいのですか。口ばっかり達者に育ってしまって、困っております」
父親がじっと、ウェルキンゲトリクスの顔をみる。
「あの……聖者さまの近親の方でしょうか」
「聖者? ああ、最高神祇官ですね。会ったことはないのですが、父方の親族であったと聞いております」
しれっとウソをつく。
「そうですか。いえ、聖地アレシアにはわたしも行っておりまして。聖者さま……いえ、最高神祇官にもお会いしております」
「素晴らしい。どのような方だったのですか」
ウソをつく時には、堂々とつく。
正直なところ、興味もあった。最高神祇官であった自分が、どのように周囲からみられていたのか。
「そうですね……立派な方でしたが、ひどく急き立てられてるようにもみえました。浄火の中に飛び込むことを、最初から運命づけられているかのような」
「なるほど。学びのあるお言葉です」
「いやその……息子が、あのように、事あるごとに聖地アレシアの説話を聞きたがり、語りたがるもので。わたしもあてられて、つい語ってしまいました」
父親が聖地アレシアで最高神祇官と直接会ったこともある、となれば息子にしてみれば、推しに会った相手だ。
館や村の様子をみれば、父親が腕のよい狩人であることもわかる。
「息子さんは、これからどう教育されるおつもりですか?」
「頭がいい子ですので、ドルイドの修行に出そうかと思っていたのですが……」
父親が口ごもる。
ウェルキンゲトリクスは、黙ったまま、目で先を促す。
「あれの母の兄、義兄が、ローマにツテをもっていまして……留学をさせてはどうかと、強く薦められております」
「それはぜひ、行かれるべきかと」
「そうですか。いや、ケルトの神々を信仰するお坊様には止められるかと思っておりました」
「これからガリアとローマは一体化していきます。ローマの神々も、ケルトの神々の一部となるのです。ならば、ご子息には、ローマでの教育がふさわしい。ローマの神々のご加護も、きっと得られるでしょう」
「ローマの神々の加護……その、たとえば……病からも?」
「はい。期待できましょう」
ウェルキンゲトリクスの言葉は、その場しのぎの、おためごかしだった。
しかし、疫学的な意味では最善手であった。
幼い個体が、ミクロ寄生体が巣食うローマに行けば、ほぼ確実に何らかの小児病にかかる。死ぬことなく免疫を獲得できれば、ガリアに戻ってきても罹患の心配はなくなる。
「子宝には恵まれましたが、妻はひどく穢れと病を恐れています。息子を留学させることでローマの神々の加護が得られるというのであれば、妻を説得することもできましょう」
父親が訥々と語る内容によれば、彼の妻は初婚で産んだ子供が死んだことで、自殺まで考えるほど精神的に追い詰められたそうだ。森の中を徘徊していたところを狩りをしていた父親が見つけ、保護したのが出会いであったという。
「では、明日朝の出発前に、奥方にわたしからお話しましょう」
「ありがとうございます!」
ローマ内乱の後の話になるが、留学した男の子は、立派に成長して故郷に帰る。
ローマ留学中に、おたふく風邪、はしか、水疱瘡などに相当する病気に次々とかかるが、重篤化せずに免疫を獲得する。免疫は遺伝しないがガリアで流行り病があるたび、青年は病に罹ることなく活躍し、地元で名声をあげていく。
留学の世話をした伯父が死んだ後、母方の家督を継いだ青年は、ローマ貴族となり、ガリアの領地を治めた。




