刀剣作成系恋人未満堪能ヒロイン
「おはよう、ヌル子ちゃん」
「……」
「ヌル子ちゃん、着替え見られるの……恥ずかしいんだけど…………」
「…………」
「このスープ美味しいね。なんのお肉だろう」
「……」
「こっちのパンも美味しい! こね方がいいのかな……」
「……」
「わぁ! 綺麗だなぁ可愛いなぁ……。このケーキ、食べてもいいのかな? 食べなきゃダメだよね……?」
「……」
……めっちゃ無視される。いや、着替えてるところはガン見されたんだけど。
「ねぇ、ヌル子ちゃん……」
「……なんですか」
そんなヌル子ちゃんが口をきいてくれるようになったのは、夕方になってからだった。
「僕、なにか怒らせることしたかな」
「そんなことないです。私が勝手に勘違いしてただけですから……」
「それは……そうだけど」
「そうです」
「でも、僕たちは相棒ってやつだろう。ここままじゃいけないと思う」
「……そうですね」
ベッドに腰掛けていた僕の隣に、ヌル子ちゃんも腰掛けた。
「すみません、ヒナギクさん。男の人じゃないってわかって、へんに緊張しちゃって……」
宵闇のような瞳が、僕を覗き込む。
「顔は、元々好みだったんです。整ってるとか、そういうのもあるんですけど、なんというか、なんとなく」
ん?
「でも男の人ですし、そういうの踏み込むの怖いですし……。でもでも、女の人だってわかって、安心して……」
何が起きている……?
「失礼なのは承知の上で、お願いなのですが……」
「な、ナニカナ……」
「少し、顔を触ってみても?」
――。
「手もいいですか? わ、綺麗……」
「手は……握りダコだらけだから……ホント恥ずかしいから……」
少しひんやりしている小さな手が、僕の手を執拗にまさぐる。爪の形から骨のないところのくぼみまで、丹念に確認されている……。
「恥ずかしくなんかありませんよ。頑張り屋さんの証拠じゃないですか」
ヌル子ちゃんの手指観察は、左手薬指に移った。付け根から爪の先まで、細い指先が何度も何度も往復する。時折握り込まれたり、親指と人差し指の輪っかで挟まれたり、指の長さを比べたり。
「うふ。ありがとうございます、ヒナギクさん。ヒナギクさん? ヒナギクさーん!」
蠱惑的な笑みを浮かべたなヌル子ちゃんのあたりで、僕の記憶は途切れている。
◆◆◆
「昨日は本当にすみませんでした」
翌朝目を覚ますと、土下座で謝られていた。
「これは言い訳と受け取ってもらっていいんですけど、テっ、手を触らせていただいたのは、半分実益半分仕事と言いますか、これ! これを、どうぞ!」
「これは……」
木の模型だ。
……さっき実益って言っていたような……。やっぱり気にしないでおこう。
「ヒナギクさんの刀の、柄の部分の試作です。どうですか?」
「なるほど」
促されるまま握り込んでみると、驚くほどしっくりきた。
「それをマスターにして作っていきたいと思うんですが、どうですか?」
「すごいよヌル子ちゃん。今までのどれよりも良い……」
「師匠の刀よりも、ですか?」
「うん? うーん……」
あっちはあっちで長年使い込んでいるというのもあって、とても収まりがいいのだが……
「ヌル子ちゃんの方がいいかな」
「やったー! やりました! あなたの鍛治師ヌル子ちゃんですよー!」
「うん。すごいね」
跳ねて回るヌル子ちゃんを見ていると、こっちも嬉しくなってくる。
……顔のくだりについて言い訳がなかったことについては……聞かないでおこう。