サムライハント
「女将さん、3番テーブルに羊肉のステーキ、11番からギルド飯セット、2・3・6・11・15にジョッキ追加です」
「はいはい! あ、そうだそうだ、ジョッキの数控えといてくれるかい?」
「わかりました」
食堂での仕事は忙しいが、俊敏さ、正確さはもちろん、オーダーの気配を読んだりするのも修行みたいで面白い。
それに、こうして接客していれば、もしファブレイたちが帰ってきてもすぐに訳を聞き出せるだろう。
「いいねアンタ! 顔も声の通りもいいし、背もあるから見つけやすい。なにより気配り! 未来でも見えてんのかい?」
「……それなら、本当に未来が見えてるのは女将さんですよ。僕を雇うと決めたその審美眼に、僕も救われたのです」
「まぁまぁまぁ! お世辞言っても給料は増やせないよ!」
さぞご満悦という様子で、女主人はコンロに向き直った。
こういう言い回しをすると師匠がそれはもう喜んだので、活かせてよかった。
来客のピークも過ぎ、空いたテーブルの片付けがメインの時間帯になってくる。会計のメガネちゃんはすでに目にまとまらぬ高速回転を見せている。見習わなければ。
頑張るぞ、とちっちゃく拳を握ったところで、事件は起きた。
まず酒瓶が割れる音。次に男の怒号。
「メシはまだか! オレは第三界層探索者だぞ!」
「ひぃっ」
割れた酒瓶をウェイトレスに突きつける大男。背には大剣を背負っている。同じ席には弓手が一人、魔術師一人にサポーター一人か。
「失礼いたします、お客さま。提供は順にさせていただいておりますので、少々お待ちください」
ただのクレームなら放っておいたが、ガラスの切っ先を向けるのはさすがにやりすぎだ。ウェイトレスちゃんとの間に割って入る。その子は大きく頭を下げてズレたカチューシャを直し、涙目になりながら口元を押さえて裏に戻っていった。
「あ? なんだ? 第三の探索者サマに口答えか?」
「おいおい兄ちゃん、あんまりエカッテさんを怒らせんなよー?」
「そーそー。ゴキゲン取っておかないと、あとで怖いよぉ?」
仲間内で大きな笑いが起きる。日頃からこんな感じなのだろう。
「……そうか。君たちの程度はよくわかった。第三で燻ってるからって、周りに当たるのはよくない」
「ンだと!」
大男のエカッテが椅子を蹴り上げた。見た目通りのパワーはあるらしく、バラバラに砕け散った。
脚だった棒切れを拾い上げる。古いけどよく手入れされた、立派なものだ。惜しい椅子を亡くした……。
「質問なんだが」
「……なんでしょう」
比較的話の通じそうな魔術師に声をかける。
「こんなことをして、君たちになんの得になる? ほかにやるべきことはないのか?」
「て、ッめぇ!」
息を荒らげて、エカッテは大剣を抜いた。食堂の客がにわかにざわめきたち、僕とエカッテのパーティを円状に囲うよう避けていく。
「おい。エカッテと言やぁ、戦牛を一撃で切り伏せたっていうじゃねえか」「マジかよ。あのにいちゃん、やばいんじゃ……」
ム。さっきからにいちゃんにいちゃんと……。
「余所見、してる場合かよ!」
振り下ろされる大剣。酔っ払いだから加減もしてないだろうし、避けたら店にキズがついてしまう。
「仕方ないか」
木の棒を一振り。音もなく、鋼の刀身を中ほどから切り落とす。
空中で二回転、三回転する先の方を受け止め、ゆっくり置いてから向き直る。
「剣を斬ってしまったのはすまない。女将には僕の方から謝っておくから、それで水に流してくれないか」
「すげぇ! あのにいちゃん何者だよ!」「木? 木の棒だろ、アレ! 椅子の足の!」「なんで切れたんだよ……」「すごい動きのウェイターだとは思ってたけど……ホントにすごいんだな……」
いまにいちゃんって言ったヤツ、顔覚えたからな。
「あ、あぁ……」
膝をつくエカッテ。仲間たちに肩を担がれ、すごすごと店を後にした。
◆◆◆
「いやー、助かったよマサムネくん!」
夜も更け、閉店後。
女主人に肩を叩かれ、今日の分の給金のほか、宿への紹介状までいただいてしまった。
「すみません、その……椅子の足。あとヒナギクと呼んでください」
大剣を切って捨てた椅子の足は、あのあと繊維に沿ってバラバラになってしまった。あれでは直しようがない。
「可愛い呼び方だね。ヒナギク、ヒナギクか。椅子のことはいいよ。誰もケガしてないし、アンタがいなかったら1つじゃすまなかったろうしね」
「……ありがとうございます。それでは、また明日」
「はいよ。また明日も頼むね」
「はい。お疲れ様でした」
……。
「ヌル子ちゃん、何してるの? 寒くないの?」
「わぁっ⁉︎ ……なぁんだ、ヒナギクさんじゃないですか……。待ってたんですよ。へっくち」
店の外でヌル子ちゃんが待ち伏せしていた。気配ではわかってたけど、何の用だろう。
「まだ夜は冷えるから、よければこれ」
耐火性に優れたコートを貸すと、ヌル子ちゃんはニヤけながら袖の匂いを嗅ぎはじめた。……臭くないよね。探索で着てたから臭うのは仕方ないかもしれないけど、それでもなぁ。
「えへへ。ヒナギクさんの匂いです……」
僕がフツーに臭いってこと?
「あ、それでですね。私、ヒナギクさんに折り入ってお願いがあるんです」
なんだろう。
「ぜひぜひ、私専属の剣士になってほしいんです!」
7話くらいから見返すとここのヒナギクさんめちゃくちゃ可愛いので、ご期待いただけるよう、またそれに沿えるようがんばります
「カレの上着を借りたら即袖嗅ぎはマスト」と思っていただけましたら、画面やや下にブックマークとか☆☆☆☆☆マークとか感想とか色々あるので、背中を押す感じて触っていただけると幸いです