割ける空、裂ける焔、咲ける花
第八界層・雷が降り注ぐ原野、龍帝の庭。
突破条件は――龍帝カズラの撃破である。
「ちっちゃいヒナギクさんです!」
「『ちっちゃいヒナギクさん』」じゃねぇ! オレは龍帝カズラだ!」
「カズラちゃん! ンフフ……な、撫でてもいいですか?」
「敬うなら……よし」
「やった! うわぁー、ふわふわだぁ……!」
ヌル子ちゃんに撫でられてご満悦のカズラ。
僕がまだ十二歳のころだったか。ソロでここに辿りついて、出会ったのがこの龍帝カズラだ。本来はもっと荘厳な龍の姿をしていたのたが、(僕が)遊び相手になってほしいと頼んだので、当時の僕と同じ見た目になっているのだ。唯一、尻尾だけは龍帝の名残がある。
「お姉ちゃん、って呼んでみてくれます?」
「お姉ちゃん?」
「あぁ〜っ! ヒナギクさんだー!」
「カズラだ。撫でるのをやめんな」
「あらあらごめんねぇ」
「うむ、うむ」
……。
…………。
「ヌル子、ちょっと」
「なんでふかぁ?」
「ごめんカズラ、ちょっと待ってね」
「ん。おう」
カズラはその場にしゃがみ込み、待っている時間を指折り数え始めた。ちょっと、って。時間の間隔は僕たちよりうんと長いクセに……。
「ヌル子ちゃん」
「なんですか?」
両手がまだカズラを撫でていたので、手首を掴んで止める。
「一回しか言わないから」
「は、はい……」
「『ヌル子お姉ちゃん、僕のことだけ見ててほしいな』」
……。
止むを得なかったのだ。
あの空間がある限り、先には進めなかったから、仕方ないのだ。
「――――」
「……よし。待たせたねカズラ」
「――――」
「あれ。お姉ちゃん死んでねェか? 大丈夫?」
「――――」
「しばらくしたら生き返るから安心して。それより、話がある」
◆◆◆
「第十界層に? いいぜ」
「助かるよ」
ここを抜けた先、第九界層を突破するには龍帝の許しがいる。
界層そのものが龍帝の所有物であり、その先第十界層へ向かおうとする探索者を選ぶのだ。
「だが、こちらにも条件がある」
瞳に闘志が宿り、解放された魔力によって火の粉が舞い散る。
「そういうと思ったよ。……ヌル子ちゃんは巻き込みたくない。すこし離れよう」
「よし。おい眷属、客人を守れ!」
分厚い雲に向かってカズラが命令すると、大型の翼竜が降ってきて、長い尾と大きな翼でヌル子ちゃんを覆った。
「これでいいか?」
「助かるよ」
「なぁに。三年ぶりにヒナギクとやりあえるんだ。全力でやらなきゃ後悔する――!」
溢れ出るパワー。足元の地面を抉り出し、宙に浮かせ、焼き尽くす。
ちゃんとやらなきゃ、怪我じゃすまない。
「いざ、」
ここでカズラに勝てないようでは、師匠には到底及ばない。
「――尋常に!」
「ブチ食らうぜッ!」
火炎を纏った、流星のような飛翔。突進の軌道を剣気の圧で逸らす。
背中の翼を開き、空中で静止するカズラ。手をかざした先に両手を広げたほどの火球を生み出し、
「『龍炎涙』!」
降り注ぐ炎。数も速さもあるが、途中で軌道が変わるわけでもない。避けきれない分だけは切り払い、対応する。
「それでこそだ! 『龍炎剣』!」
次は烈火の剣。形を整えた炎を振るうだけなのだが、その熱が凄まじく、近くを過ぎるだけで焼かれてしまいそうだ。これも全身から剣気を放って膜とすることで無効化。本命の直撃を切って捨てる。
「もう見切ったよ、カズラ。次で終わりにしてやる」
「次だって? じゃあじゃあじゃあじゃあ、次で終わりにしてやる! 僕が! 私が! オレ様がッ!」
世界を焦がすような魔炎。
「やるぜェ……界層ごとバチ焼いてやるぜ、ヒナギクッ‼︎」
それはダメだろう。
「『龍帝撃覇《炎・星・撃》』!」
……撃って2回言ったな。
ともあれ、あれだけ魔力を垂れ流しまくっていて、2回も刀で触れたのだ。例え灼熱と化したカズラが龍の質量で降りかかって来ようとも――
「――」
「……っ、」
停止するカズラ。
流星を周囲の魔力炎ごと断ち切り、……鼻先を峰で軽く叩く。
「楽しかったよ、カズラ」
なんとか逃した絶刀の衝撃が空を昇り、真っ黒な雲を穿つ。
……なんだ。初めて見たけど、綺麗な青空だったんじゃないか。
◆◆◆
「……ナメやがって」
龍帝カズラはヘソを曲げてしまった。
「仕方ないだろう。カズラを切っちゃったら、次に進めないのだから」
龍帝の許しが必要……なのだ。殺してはダメだし、その誇りを汚してもならない。
……あっ。
「待って待ってカズラ、ごめん! 別に侮っていたわけじゃないんだ!」
今はヌル子ちゃんの膝の上で慰められているが、師匠のところに行けるかは未だその小さな胸に委ねられている。
「ンなことァわかってんよ。わかるさ……わかる。あんだけやって、手加減までされて、ンなザコトカゲが龍帝だから困るよな? ご機嫌取らなきゃ師匠に会えないもんな?」
……拗ねきっていらっしゃる……。
「師匠に会うために会いに来たんだもんなぁヒナギクくんはさぁ」
「えっ」
「え?」
「あー……」
……。
ヒナギクくん、かぁ。
「ホント、マジで悪かったって」
「まぁまぁヒナギクさん、カズラお姉ちゃんもこう言ってますし……」
立場逆転。今度は僕がヌル子ちゃんに慰められる番だ。膝の上は返してもらったぞ。
「でも、友達だと思ってたんだぞ? それがさ、ずっと男の人だと思ってたわけだ。姿まで真似るような相手をだよ?」
「つってもよォ、仕方ねぇよ。ここに来たとき、おっ、嫁さんの紹介か? って思ったくらいだ」
「お嫁さんだなんて……そんな……えへへ」
「それはまだ早いよカズラ!」
「……へぇ」
あっ。
「いいねぇ。ハハッ、愉快愉快。……しゃあねぇ、通してやるよ、お二人さん!」
……代償は大きかった。
「愉快ついでにも一つ、ヌルレインにいいこと教えてやる」
「いいこと、ですか?」
ギザギザした歯を見せて、さらにその口元を自ら指差し、カズラがイタズラに笑う。
……まさか。
「待てカズラ、」
「この姿は子供のころのヒナギクから借りてっけど、実は喋り方もなんだ」
「喋り方も……ですか……!」
「おう。なんなら表情もだ。イカしてンだろ。オレに惚れンなよ?」
「はわわわわわ…………!」
「やめろぉカズラ……忘れてくれ……」
頼む。あの日の自分をなかったことにしてくれ。
「ハ。大事な婿候補がダメになったんだ。こんくらい許せよ」
「……わかったよ、バカカズラ」
……さて。
「あごクイ、壁ドン、腰クイ、股ドン……」
「トリップ中失礼、ヌル子ちゃん。忘れてほしい。帰ってきてほしい。昔の僕がバカだった。頼むから戻ってきてくれ」
「むふふ……!」
「ヒナギク、ヒナギク」
「……なんだよ」
振り向くと、カズラは唇を『お姉ちゃん』の形に揺らした。
……嘘だろ。冗談だよな。
「やったらちゃーんと第十界層まで送ってやンよ。見物料だ」
……ヌル子ちゃんの意識をここに置いていくわけにもいかない。何より、3年前の自分にヌル子ちゃんを取られたようで嫌だ。
「ぬ、ヌル子」
……ちゃん。
「踏み込みが甘いぜ、ヒナギク。そっちはからっきしか?」
「……カズラ、ちょっと向こう向いてて」
「そォ来なくっちゃな!」
……ふぅ。
「ヌル子」
汗で少し重くなった髪を払い、小さな耳を撫でて、手のひらを添える。
腰に手を回して、ゆっくりと草むらに横たえて、その上に、体が触れないよう注意して覆いかぶさる。僕の体重は膝と左肘に任せた。
「……僕だけを見てろ……」




