オトナアシスタント
「本当によかったんですか、ヒナギクさん」
第三と第四の境目も近付いてきたところで、ヌル子ちゃんが尋ねてきた。
「よかった、って……なにが?」
「あの男の人のことですよ。仕返しとか……」
「そのときはそのときだよ。今までの分はさっきのでおしまい。向こうが蒸し返すなら、僕も応えるさ」
「……ふぅん」
どこか飲み込めないような様子で、ヌル子ちゃんは立ち止まり、両手を伸ばした。
「少し疲れました。おぶってください」
「いいよ」
第三界層に来て昨日今日のヌル子ちゃんが、ここまで来れただけですごいのだ。おんぶの一つや二つ、とも思ったが。
「まだ話すなら、向かい合ってほうがいいだろう」
せっかくなので、横抱きにする。これなら顔も近いし、ヌル子ちゃんの顔も近いし、ヌル子ちゃんが見られる。
「お、おひ、お姫……さま……」
「お姫様?」
「…………ありがとうございます……」
……気を失ってしまった。
◆◆◆
第四界層にだけ生えている、夜にぼんやり光るというスイセンを一輪摘んで、ヌル子ちゃんとギルドへ。
「はい、確かに。勇者マサムネ・ヒナギクさま、鍛治師の……あら、ヌルレイン・クロームスミスさん! あらあら、でしたら目的は第五界層ですね?」
「ええ。これからよろしくお願いします、……えっと、」
「はい。マサムネさま専属のギルドアシスタントの、クエス・アンスウェルと申します。クエスと気軽にお呼びください」
「すみません。よろしく頼む、クエスさん。あと、ヒナギクと呼んでほしい」
「クエスさん、よろしくお願いします」
「はい、ヒナギクさん、ヌルレインさま」
化粧品の匂いが蠱惑的なクエスさんは、ガチガチに凝り固まった肩を鳴らしながら小首を傾げた。
「…………」
ヌル子ちゃんのじっとりとした視線が、僕に突き刺さる。
「必要でございましたら、勇者さま向けに第四界層以降の案内もございますが、いかがですか? 内容が内容なので、ヌルレインさまには席を外してもらうことになりますが……」
「……? 僕ひとり、ですか?」
「はい。うふふ……」
クエスさんは妖艶な仕草で唇を舌で湿らせ、意味深に微笑む。
敵意は感じないので悪いようにはされないと思うが、どうなんだろう。と、ヌル子の様子を窺うと、
「ふぬぬぬぬぬぬぬ……」
すごい形相でクエスさんを睨んでいた。
「フフン……」
それを見て、クエスさんも大人の余裕を見せつけるような得意顔だ。
僕にはわからない領域で、二人の戦いが繰り広げられている――。
これからお世話になる人だし、こんなに早くヌル子と仲良くなってくれたようで嬉しい。
少し寂しいけれど、そんなことを伝えてもしょうがないだろう。
「ヒナギクちゃん、22時までには帰ってきてくださいね」
「あら、そんなに早く? 仕方ないことですよね、お子様ですからね」
「うぎぎぎぎぎ…… 」
いいなぁ。僕にも姉妹兄弟がいたら、こんな感じだったのだろうか。




