マサムネ・ヒナギク/stray
へし折られた刀身を見つめても、直りはしないことはわかっている。
勇者……界層ダンジョン攻略パーティのうち、そのリーダーを指す……のフェブレイをはじめ、メンバーから出て行けと通告された時に、笑いながら折られたものだ。
……どうしてこんなことをするのだろう。彼らにも何か理由があったのだろうか。あまりのショックで、荷物も持たず走り出してしまったのだが、問い質しに戻った方がいいのだろうか。
「……ここ、どこだ?」
一旦納刀し辺りを見渡すと、森林を思わせる第三界層ではなく、荒野のような第二界層に来てしまったようだ。
…………。
みんなもギルドを拠点に活動している探索者だ。街に戻れば、いずれ会えるだろう。
「刀って、直るのだろうか」
僕は刃こぼれとかしたことがないのでわからないが、みんなは鍛冶屋とかに持っていっているらしい。ただ、反りのある片刃の剣を使う探索者など、僕以外だと師匠くらいのものだ。はたして……
「うん。これも帰ってみてだな」
幸い、このあたりは武器の素材を拾える鉱石地帯だ。いくつか見繕って行こう――
「……まさか」
イヤな予感がして、僕は少し離れたところに見える丘に向かった。
◆◆◆
金剛ヤドカリの縄張りらしいここは、新規の探索者がよく痛い目に遭う名所だ。
基本的に金剛ヤドカリは屍肉しか食べないので、普通にやってれば死にはしないし、温厚な性格なのでケガもしないのだが、名の通りダイヤモンド製の殻が硬く、挑んでは撤退を余儀なくされる……のだとか。
そのヤドカリたちが、やけに騒がしい。
「――」
試しに気迫を飛ばしてみる……が、反応はない。捕食に夢中になっている時の特徴だ。
所々切り立った丘の上の方に、バックパックだけが見える。
「おいおいおい……」
バックパックとヤドカリが群がっているらへんは、例えば人が滑落でもしていたら、というシチュエーションに合致する。
間に合うか? いや、間に合わなくても、せめて遺品だけでも取り返さなければ。
「待ちなさい」
柄に手をかけ、彼らの警戒圏に入る。
いくら大人しい生態でも、食事の邪魔をされては黙っていられない。数匹が、大きなツメを持ち上げて威嚇してきた。
その中でも一際大きい個体が、少し前に出た。
「その意気やよし」
決闘である。
「いざ、尋常に!」
あっ。
折れてるんだった……。
抜刀してから気付いたが、もう遅い。どうか殻だけ切れますように、とナイフより短い刀身を信じて祈る。
……。
土埃が少し舞う。金剛ヤドカリのボスは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、裸? のまま去っていった。手下たちもそれに続く。
「よかった……」
あのヤドカリたちには漢気があった。
なら、無意味な流血は不要。いらない傷はいらない禍根を生む――とは、師匠の教えだ。
集られていたのは、やはり人だった。目立ったケガもなく、どうやら頭を打って気絶しているだけらしい。
「きみ、きみ。大丈夫かい?」
こういうときは万が一ということもあるので、頭を揺らしてはいけない。肩甲骨のあたりをはたき、声をかけてみる。
「ぅ、ん……」
呻きながら、少女は目を覚ました。
「ふ、あーぁ、あ……。ん? おはよーござぁー……ます?」
◆◆◆
呂律が回ってないようで非常に心配だったが、
「いやー、失礼しました。ここ数日ロクに寝てなくてでして、お目当ての素材を見つけてつい、ふらっと……」
「緊張が解けて、寝てしまったと」
「えへへ……」
ヌル子は照れ隠しで後頭部に触れる。たんこぶ一つない綺麗な地肌だ。立派な黒髪共々大事にしてほしい。
「僕は、ヌル子ちゃんに会えてよかったと思ってます」
「なっ、なななななにをっ⁉︎ あとヌル子じゃなくて、ヌルレインです! あーもう、顔熱い熱い……」
「やはり、どこか具合でも……?」
「へーきですっ! はい、シチューできましたよ」
「おぉー……」
ヌル子ちゃんはとても器用なもので、寝起きながら火をおこし料理まで作ってくれた。
「うん。素材も大きくて美味しい」
「……褒めてます? それ」
ジトっと見つめてくるヌル子ちゃん。墨で塗りつぶしたような瞳も、白い肌に映えて綺麗だ。
「褒めてる褒めてる。塩もしっかりしてて、疲れた体に沁みるよ」
「…………一応、私は素直に受け取りますけど、他のひとにそういうことしちゃダメですよ」
「? よくわかんないけど、食事の恩もある。善処するよ、ヌル子」
「ヌルレインです。……もう」
そっぽを向かれてしまった。
「ヌル子ちゃんは、どうしてこんなとこに一人で?」
「お金がないからです。勇者やるにも誰も一緒に来てくれないし、パーティに入れてもらおうにも役割が被っててダメですし。雇うしかないんですけど、それもできず……」
ため息をつくヌル子ちゃん。
「マサムネさんこそお一人ですよね?」
「ヒナギクと呼んでほしい」
「……ヒナギクさんは、どうしてお一人で?」
「…………パーティと喧嘩してね」
僕の戦い方とか、信念とか、師匠との約束とか、あと魔術が使えないこととかひっくるめて「面白い」と言ってくれたフェブレイだったけど、この頃は弱い魔物をイジメたり、巣穴を奪って根倉にしたりたりっていうのが重なって、何度か抗議したけど聞いてもらえなくて、出て行けと言われてしまった。刀の件は……話すと泣きそうだから……黙っておこう。
「飛び出したはいいけど仲直りもしたくて、それで引き返そうとしたんだけど……」
「迷子になってしまった、と」
「迷子じゃないが?」
「迷子っていうんですよ、そういうの」
「迷子ではないのだが」
「ふふっ。そうですね。……さて、片付けて出発しませんか? 私、仕事休んでここに来てるので、なるべく早く帰らないと……」
「そうだね。送っていくよ」
「ヒナギクさんは送られる側です」
ピンクちゃんを書き終えたので書いた新しい性癖蒸留液です。
「ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!」と思っていただけましたら、画面やや下にブックマークとか☆☆☆☆☆マークとか感想とか色々あるので、背中を押す感じて触っていただけると幸いです