旅立ちに備えて
貯めた存在因子を放出して一気にレベルを上げた結果、私のMPが大きく成長した。
23しかなかったMPが今や58だ。最大量が上がったからか、はたまたいっぱい食べたハーギモースの葉の効果かあるいはその両方か、MPが毎分1回復している。やったー!
回復したMPが5貯まるたび、木に生えたハーギモースの葉っぱの根本を狙って【インスタンスマジック】を撃つ。イメージはブーメランみたいな湾曲した光の刃だ。
「『飛斬光』!」
【インスタンスマジック】は本来は詠唱は必要ない。でもイメージを固めるのに名前はあった方がいいので、オリジナルの技名は付けた。
【インスタンスマジック】の形状や効果は無形でイメージによって簡単に変化するため、むしろ名前を付けないと毎回違う中途半端な現象しか起こせないのだ。
その証拠に、『飛斬光』を撃つたびに精度が上がっている気がする。最初は葉に当たっても切れずべちっと弾かれて落ちる程度だったのが、徐々に切断といえるほどの結果を出せるようになっていた。収穫の時は近い。
魔法を使いだしてわかったことだけど、どうやら【破壊の指先】以外でもHPを削ると存在因子を得られるようだった。
葉っぱ収穫の際に撃った魔法が葉や枝に当たるたび極微量の存在因子が入っていたので気付いた。これまで極力【破壊の指先】でしかこの世界のものに触れていなかったので、それ以外でHPを削ることは最初辺りに試したヒエラ草を引っこ抜いたくらいだったため発見が遅れてしまった。
まぁそもそもが普通に消滅させても0.2存在因子しか得られないヒエラ草である。そのさらに極微量では小数点第二位以下を見れない私に変化がわかるはずなかったのだ。
とはいえ隠された仕様を発見したのはいいが、【破壊の指先】以外での存在因子獲得効率は最悪と言っていいくらい低い。
魔法一発では保有存在因子が1増えるかどうかという程度で、しかし消滅時の存在因子は大きく減少する。かなりの存在因子が無駄になっていそうだ。
このことから【破壊の指先】は存在因子の変換効率が非常に優れたスキルということになる。これが私だけの仕様であるなら、このクリッカースキルの特徴は「経験値促進」とも言えるのかもしれない。【破壊の指先】を持ってないであろう現地民の方々は経験値とも言える存在因子の吸収率が悪いことになるからね。
この世界の住民が全く違う経験値仕様だったり、あるいは全員が同じクリッカースキルを持ってたら話は別だけど……これ本当に私だけのチートスキルなんだよね……?
ちょっと怖くなった。世界の住人全員がクリッカースキル持ちの超インフレ大戦なんて化け物同士の戦い、普通の人間が割って入れるようなシロモノじゃないよ。勝手に戦え!
今の私に最も足りてないのはこの世界の情報だね。魑魅魍魎が跋扈する死にゲー世界ではないことを祈りたい。
クリックしながらMP回復を待ち、MPが溜まったらハーギモースの葉を収穫すべく魔法を撃つサイクルに勤しむ私。とても勤勉だ。この森と別れを告げる日もそう遠くないだろう。
ただ若干問題が出始めている。それは周囲の獲物が減りつつあることだった。
そもそも今こうして茂みを突いているのも元を正せばアオキノコなんかの希少個体が減ったからだ。
耐久性が高いもののほうが存在因子の絶対量は多いが、希少なものの方が存在因子の変換効率がいい。
なので本来なら茂みや低木以外も狩りたいのだけど……ついにその茂みくんたちすら減ってきてしまったのだ。まずい。生命力のモンスターである太い樹木はまだ外皮をなんとか削るので精一杯で非効率すぎる。
獲物がいないということは、成長が止まるということ。生存に必要なスキルを得て、周囲の安全もある程度確認できているとはいえ、ここは力がモノを言う世界。安易な停滞は容易く死を招くだろう。多分。
なのでスムーズに次の獲物を探したいところだけど……。そろそろ移動するかなぁ。
私はこの世界に転移してから未だ初期位置からほとんど動いていない。【狩人の直感LV1】で拡張された認識の10m範囲すら移動してない。やはり私は【ヒキニート初心者】だったのか。
敵性生物と接触したくない一心でやってきたけれど、長期的に見ればもう少し周囲を探索した方が危険を減らせるのかもしれない。
なによりこのあたり一帯を草木の生えない荒れ地にすると、むしろ森の民的な勢力がいた場合に敵対される恐れがある。
うん……大人しく場所替えしよう。下手な因縁はモンスターより厄介だからね。
移動に備えてヒエラ草とハーギモースの葉、それと狩り尽くさない程度の個体数が少ない希少素材を【存在因子保管術】に詰め込む。クリックしながらの両手別々な作業はなかなかにしんどいけれど、常人の約6倍の精神や4倍の器用のお陰かスムーズに行えた。この世界の事務処理員はかなり有能揃いの可能性が出てきたな……。
【存在因子保管術】取得初期は容量が小さかったけれど、今は結構大きい。以前の6倍くらいの容量がある。金庫に資産を作るのじゃぁ!
1時間を掛けて8分目くらいまで素材でいっぱいにした。
さっきのハーギモース収穫とこの採取作業の間で集めた存在因子は実に74343.9。インフレの波をひしひしと感じる。
周囲を見回してみると最初は青々と生い茂っていた緑がかなり寂しい見た目になっていた。誰だろうねこんな自然破壊をしたモンスターは。へへっ。
存在因子が貯まるたびにちょくちょく職を上げた結果私はまた大幅に成長したのだった。
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【ステータス】
名前 【神埼宮子】
種族 【人間/(遊戯者)】
年齢 【17歳】
称号 【世界の歪みに挑みし者】
能力値
総合LV79 (+21)
HP 321/335.1 (+66.7)
MP 61.9/157.3 (+133.7)
CP 14/32 (+20)
筋力 44.1 (+13.1)
魔力 84.2 (+70)
防御 44 (+30)
精神 167.3 (+111.3)
器用 120.9 (+65.2)
敏捷 87.8 (+48.7)
幸運 70 (+48)
存在因子獲得+1.3% (+0.9)
ATEF 60
CDMG 445.6 (+392.8)
保有存在因子
4997.6 (+2437.5)
総獲得存在因子
98871.1 (+82655.4)
所持金
職業
【無職LV30】【見習い冒険者LV20】【見習い狩人LV10】【見習い商人LV10】【見習い魔術師LV5】
【見習い僧侶LV3】【見習いシーフLV1】
スキル
【破壊の指先】
『職業スキル』
【モラトリアムLV2】【初級植物知識】【狩人の直感LV2】【存在因子保管術LV1】
【トーチライト】【クリーン】【フリント】【モイスチャー】【魔力操作LV1】【インスタンスマジック】
【ヒール】new【アンチドーテ】new【回避の心得】new
『アップグレード』
【親が買ってきた下着】【快適な冒険のための生活魔法 上】【森を畏れる心】
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既存職は【見習い商人LV10】【見習い魔術師LV5】【見習い僧侶LV3】まで上げ、新たに【見習いシーフ】を取得している。
……なんだこの化け物は……? 初期値が軒並み1桁だったのに、どれも常人値にトリプルスコア付近で魔力と敏捷は100に近づきつつある。というか元から高かった精神器用に至ってはもう3桁突破してる。
CDMGももうすぐ500だ。あの低木くんですら7クリック、つまり1秒掛からず消滅させられてしまう。今の秒間クリック数は気合を入れずに90連打。元の世界に帰れば永久名人としてゲーム界の殿堂に刻まれることだろう。ひょっとすると平時の1秒間のクリック数は敏捷×1付近なのかもしれない。
ダメージの基礎値が上がり連打数も激増したので1秒間に与えられるDPS、つまり秒間火力は40104ダメージ。なんだこれ。
低木くんは約3500ダメージで死ぬ。つまり私が1秒クリックし続けるだけで低木くん11体が死ぬ。
うん、完全に人間やめてるね。これはもう重機ですよ、森林破壊の化身ですわよ。
ちなみに【見習いシーフ】の詳細はこれ。
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【見習いシーフ】
光を求めて手を伸ばし続ける者の職。
果たしてその腕は願ったものを掴めるのか。
LVUPボーナス HP+13 MP+1 CP+1 筋力+2.1 防御+1 器用+17.4 敏捷+26.8
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敏捷やべー!
1LV一発で一気に上がった敏捷はもはや私の手に負えないレベルになっていた。ぶっちゃけ身体能力に振り回されてます。
まぁ普通に動く範囲ではそれほど問題ないのだけれど、戦闘や運動を意識してちょっと動くと意識していた分の数倍挙動がズレる。そしてコケたりする。
防御が上がったので転んだりしても痛くはないけれど、土や草の汁で汚れるし徐々に服にダメージが蓄積してきている気がする。この調子だと人里にたどり着く頃には全裸生活が始まっていそうだ。絶対イヤ!!
まだ異世界テンプレのゴブリンとすら戦ってないのに、もうなんかドラゴンとすら戦える気すらしてきたよ。まぁHP量や防御面がクソザコなのは変わってないので、実際に戦うとワンパンされてしまう可能性が高いけど。なんでこんなピーキーな成長してるの?
そして【見習いシーフ】で取得したスキルは嬉しい防御系スキルだった。
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【回避の心得】
油断してはならない。命あっての物種なのだ。
((器用×0.005)+(敏捷×0.01))%の確率で物理ダメージ判定を無効化する。
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てっきり盗む系が来るかと思ったけれど、初戦闘もまだな私にはありがたいチョイスだ。
これでほんの少しは安心して初戦に挑める。勿論命を運に預ける気はないので、スキルには頼らず全力で回避なり防御なりするつもりだけどね。
まぁ結構な勢いで転んでも身体にはかすり傷一つできないので、相手によってはその心配すらいらないかもしれない。
私、徐々に凶悪な生物へと進化しつつあるなぁ……。
確かな実感と同時に、この調子だと人と合う時には気をつけないとモンスター扱いされるのでは……? という新たな不安を抱いたのだった。




