インフレの始まり
【見習い狩人】というクリッカースキルの覚醒によって私のレベリングは加速した。
手近なアオキノコを突き倒した私は、獲物にするラインを大幅に引き上げた。
私と同程度と感じる存在は恐らく適正レベルの敵だ。
倒せれば美味しいかもしれないけれど、きっと倒すのには時間が掛かる。
なので、自分より少し弱いくらいの雑魚を選んでその指で蹂躙していく。
アオキノコの次に選んだ敵は落ちていた謎の木の実だ。木の棒も餌にできる感覚がしたように、アイテムっぽくても存在因子になるみたいだ。
存在の因子というだけあって、もしかしたら原子みたいにあらゆる物質を構成していて私はそれを全て分解できるのかもしれない。チートの香りがするね。
木の実が弾けて牙を剥くかどうか安全確認し、問題がなさそうなのでつんつんタイム。
小突いた感触は紛うことなき木の実。硬い殻は検証のために突いて諦めた樹木よりも硬質感があるけれど、倒せそうな気配を感じるということはHP自体は高くないのかもしれない。
ちなみにその辺に生えている樹木は全く歯が立たない。【狩人の直感】が全く気配を感知しないので、今の私では戦うことすら視野に入らないくらいの力量差なのだろう。木の分際でッ……ナマイキ!
そんなことを考えながらしばらくつんつんしてるとパキっと音がして殻が光になった。あれっ、中身そのままなの?
なんと【破壊の指先】には部位破壊機能もあるみたいだ。
殻が消えた木の実の中身が地面に転がっている。
うーん、水があれば浸してアク取りからの美味しくいただくムーブができたんだけど……。
ちょっとだけ……齧ってみようかな……。
できるのかわからないけれど、一応可食チェックをしておこう。左手の地肌の上にぽいっと。
そういえば、すっかり片手だけでクリックしてたなぁ。
筋力か敏捷か、はたまたHPや防御も影響してるのかもしれないが、とりあえず肉体の持久力は元の世界の私とは別次元の頑強さになっているようだ。
明日の筋肉痛が怖かったけれど、これなら心配いらないかな。念のためにあとでヒエラ草を揉んで湿布代わりにするけどさ。
なお殻は1存在因子だった。この木の実の本体はきっと中身だね。
でも殻だけでもヒエラ草5房分である。
ヒエラ草の価値が低いのか、この木の実が高いのか。
仮にこれが食べられるとしても、存在因子によっては食べるより還元した方がいいのかも……。食はモチベーションに直結するので悩みどころだ。
そして木の実のすぐそばに落ちていた20cmくらいの大きめの葉っぱも突く。これもヒエラ草より強く私が勝てる獲物らしい。
すでに木から切り離されているにも関わらず、結構しぶとい。
ヒエラ草でも試したけれど、植物は地面から抜くとダメージ扱いになるのか倒した時に得られる存在因子が結構減る。
その分早くHPを消し飛ばせるけれど、引き抜く労力分は存在因子にならず損をしてるのでヒエラ草は生えていたまま突き回していた。
しかしこの大きな葉っぱは切断されて時間が経っているようなのに26秒も掛かった。
189連打を耐えきった葉っぱがもたらした存在因子はなんと脅威の73!!
優秀な【無職】が誇る【モラトリアム】の実に3分半分もの存在因子を保有していたのだった。
もしかしたらこの葉っぱはレアアイテムなのかな?
これもあとで可食テストしなきゃ。
その後もイモムシっぽいのやらなにかの蛹やらちょっと大きめのアリンコやらをしばきつつ、半径10mのエリア内を狩って回った。
虫? 気持ち悪いけれど死ぬよりはマシでしょ?
ゴブリンなどのおぞましいモンスターといつか戦わなければいけないことを考えて、なんとか生理的嫌悪感を抑え込んだよ。
ふと私は転移地点からいまだ半径10mすら移動してないな……と気付いた。
【無職LV10】で叩きつけられた【ヒキニート初心者】という実績は、あながち間違っていないのかもしれない。
狩人らしくいそいそと狩りに勤しんだ10分ほどで得た成果は凄まじいものだった。
クリックのみで得られた存在因子は652。
【見習い狩人】取得時点での総獲得存在因子が340しかなかったのを考えるとその加速具合が伺い知れる。
さらにそこに【モラトリアム】の数値も加算される。
実は狩り開始から2分ほどしたタイミングで【モラトリアム】は進化を遂げていた。
そう、100存在因子を消費する『アップグレード』、【親が買ってきた下着】を購入したのだ。
100存在因子が溜まってから少し迷っていたものの、そういえば私もまだたまに母親が買ってきてくれた下着を穿いていたことを思い出し嫌悪感が晴れてポチった。
その効果は絶大で、その時点で【モラトリアム】が生み出す存在因子は2倍の40となった。親に感謝するのだぞ!
多分両親が何も知らないままに私は異世界に来ちゃったけれど、親不孝な娘を許してね。趣味で稼いでいたお陰で私がいなくても微妙に増えていく通帳のお金は気兼ねなく使っていいからね。
流石に申し訳ない気持ちが芽生えてこんな私でもそれなりに愛してくれていたはずの両親へ罪悪感をちょびっと抱いたけれど、もう過ぎたことなので胸のうちにしまってレベリングのことを考えよう。
I LOVE 異世界。夢が叶った娘の幸福を祈ってくれ。知らないと思うけど。
そんなこんなで10分で得た【モラトリアムLV2】の存在因子は360。
これまた以前の総獲得存在因子を上回っている。インフレの始まりた。
それらを合わせて、10分間で私が獲得した存在因子は総計912。
それら存在因子をつぎ込みちょこちょこレベルアップをしたステータスはこちら。
――――――――
能力値
総合LV34 (+12)
HP 205.6/231.4 (+27)
MP 0.5/6 (+4.2)
CP 1/5 (+4)
筋力 15.8 (+10.4)
魔力 0
防御 8 (+3.5)
精神 31 (+1)
器用 39 (+4)
敏捷 17 (+14.1)
幸運 17.2 (+0.2)
ATEF 40 (+21)
存在因子獲得+0.20% (+0.01)
CDMG 15.8 (+10.4)
保有存在因子
248 (+204.7)
総獲得存在因子
1252 (+1070.3)
所持金
職業
【無職LV20】【見習い冒険者LV10】【見習い狩人LV4】
――――――――
【見習い冒険者】をLV10まで上げて223存在因子。
【見習い狩人】を4LVまで上げて441存在因子。
合計664存在因子を使って生まれたのがスーパー宮子ちゃんである。
いやぁ人間34LVにもなれば強くなるもんだね~。
異世界転移直後の私の数値化から推測した一般的な『能力値』は15前後だ。
その中で筋力2という幼稚園児レベルのクソザコステータスを誇っていた私が、なんとついに平均予想値を上回ったのである。
脱・人類最弱!! どんどんぱふぱふ~~!!
成人男性の正確な平均数値はわからないけれど、少なくともそこらの女子には負けない身体になったはずだ。
すごく強くなった。とてもうれしい。
思わず片言になってしまうくらいにはじーんと来ている。
ちなみにもはや馴染みの友人であるかのような気すらしてきた元雑草ことヒエラ草は11連打でK.O.だ。
秒間連打数も14連打にまで高まったので、1秒掛からず消し飛ばせてしまう。成長の実感はヒエラ草と共に。
超絶進化を果たした私だけど、更に目を見張る事態と直面していた。
それは何を隠そう【見習い冒険者LV10】の『アップグレード』である。
その内容がこれだ。
――――――――
【快適な冒険のための生活魔法 上】
冒険者には必須のベストセラーな一冊。
【トーチライト】【クリーン】【フリント】【モイスチャー】を覚えることができる魔法書。
――――――――
「ほあぁぁぁぁぁ!!!??」
驚きすぎて思わず声が出ちゃったね。
いや、テンプレの一つではあるからいつか来るとは思ってたけれど、『アップグレード』で取れるとは思ってなかったんだよ。
現時点で取った【親が買ってきた下着】は既存スキルの単純強化だったからさ。
これで新規スキルも『アップグレード』で取得できることがわかった。
今後は更に積極的に『アップグレード』が出てくる区切りを目指すべきだね。
なお実績は【期待の新人】だった。冒険者ギルドはおろか街にすら到達してないのに異世界定番イベントが勝手に進んでしまった。もちろん実績の効果はない。
しばらく停止してしまったが、衝撃から復帰した私は黙々と生活魔法のための存在因子をかき集めている。
私が必死こいて打ち立てた生存戦略のサバイバル面はこれを取得してしまえばもう完了と言ってもいい。
【フリント】は火打ち石のことで恐らく着火魔法だ。英語はそこまで得意ではないけれど色々プレイしたサンドボックスゲームで覚えた。
これで枯れ木を集めれば暖を取れるし、食べ物も焼けるようになる。
そして【モイスチャー】。化粧品のCMとかで聞いたような気がするけれど、生活魔法で美容が入るとは考えづらい。あり得なくはないんだけどね。
頭を捻りながら連想してみたところ、そういえばこの単語とよくセットになっていたのは"潤い"だった気がする。
潤い。つまりこれは水に関する生活魔法だと思う。とすると、運が良ければ飲水を生み出す魔法の可能性もある。
ヒエラ草の僅かな水分で生き延びようと思っていた私には、これはもう何が何でも取得しなければならないものとなった。
火! 水! 清潔! どこぞのクズ男みたいなノリになるくらい気合が入った。
これらの生活魔法が想像通りなら、もう序盤の立ち上がりは完璧なのだ。
いっそ余暇で木を切り出し家を建ててサバイバルからスローライフルートに入ってもいいくらい、生存に関しては万全になる。
最低限のライフラインさえあれば人間わりと生きていける。知らんけど。
ひとまずのゴールが見えてきたことで、私の右手はこれまでにないくらいくらい張り切って森をしばき回したのだった。




