18.秋の収穫祭と明確な悪意
「お姉様、どうしますか? こっちの淡い琥珀色のネックレスとイヤリングにしますか? それとも真っ赤なものを?」
「まっ、真っ赤なものを……? でもあの、用意ぐらい自分で出来て」
「それならこちらの薔薇の形をしたイヤリングとネックレスにしましょうね! ちょっと早いけど祝祭の贈り物ということで!」
「セシリア様、これ、お値段は……」
「内緒ですわ、お姉様!」
相変わらず押しが強いし、私に貢いでくる。金色の鎖に通されたものは薔薇色の花弁に、きらきらと輝く淡い琥珀色の小さな宝石だった。
(これは、どこからどう見てもエディさんの色合いなのでは……?)
耳元にはぷっくりとした質感の薔薇のイヤリング。黒髪はふんわりと波打ち、それを纏めるバレッタは赤い薔薇の花弁が集まったような形をしている。纏うワンピースは深い薔薇色で、袖にはくるみボタン、ウエストには焦げ茶色の本革コルセット、そして靴はいつもの編み上げブーツ。
「レイラ、用意出来たのか? さっきからエディが死ぬほどうるさくって……」
「えっ? 家に来たんですか?」
「来てないけどまだかな、楽しみだなってうるさい。早く行ってくれ……」
「えっ、ええええ……」
「ふふふふっ、まだ二時間前なのにエディ様ったらもう! さっ、お姉様? 後はメイクだけですわね!!」
「いや、あの。自分で出来て」
「かなり待てって言っとくよ、俺。うわっ、電話かかってきた……もしもし? エディ? 大丈夫だ、レイラは腹も壊してないし熱も出してないから……うん。おう。あ? 何でそんな考えになったんだ……?」
アーノルドが苛立った様子で呟き、出て行く。鏡台に座ったまま、背後に立つセシリアと顔を見合わせて笑う。
「じゃあ早く終わらせてしまいましょうか、お姉様!」
「そうですね、セシリア様……あっ、あの」
「何でしょう? まぁ、可愛いピンブローチ……もしやエディ様からの贈り物ですか!? 一番目立つ胸元に付けましょうか!」
「あっ、はい。お願いします……」
別にピンブローチくらい、自分で付けれるのだが。背後のセシリアが鼻息荒く「自分が付ける! 自分が付ける!!」と無言で主張していたので、圧倒されて渡す。真っ赤な苺を抱えた子熊のピンブローチを。
(あっ、これ。エディさんの赤……)
いや、赤は赤だ。それ以外の何者でもない。自分で自分の思考に混乱して、前を向いた。でも、鏡に映った自分は真っ赤な顔をしていた。居た堪れなくなって眉を顰め、俯く。
「……話してくれるでしょうか。その、エディさんは」
「その時は私がお姉様にお話しします」
「セシリア様……」
ああ、そうか。当然だ。だって私と彼女は一つ屋根の下で暮らしてきたんだから。鏡に映ったセシリアがふっと切なく微笑み、青い瞳を細めた。もう今は母親である、イザベラとそっくりの青い瞳だった。
「お姉様……それでも、それでも」
「セシリア様?」
「それでも幸福に、と。エディ様が願ったのはただそれだけです」
「えーっと、今、ちょっと教えて貰うのとかは」
「駄目です!」
「でっ、ですよね……ははは」
ああ、何が隠されているんだろう。怖いな、でも。鏡に映ったお父様そっくりの自分を見て考える。
(全部知って、これが終わったらエディさんと結婚する? 出来るのかな、そんなこと)
手渡されたルドルフからの手紙にハーヴェイのこと、エディのこと、アーノルドのこと。これからのことを考えると気が重くなってきた。でも、深い薔薇色のワンピースを見て気持ちを切り替える。
「……さて。じゃあ私、行ってきますね! 収穫祭に!」
「行ってらっしゃいませ、お姉様! お気を付けて!」
「行ってきまーす」
どうしよう、物凄く緊張する。こうして改めてしっかりお洒落をしてデートするのが初めてだからか、物凄く緊張する。テラコッタ色と赤色タイルの上を歩くと、こつこつと音が鳴った。空は青く、透き通っている。白い雲が穏やかに流れてゆき、辺りは人で賑わっていた。どうか遠くの方で祝砲が鳴る。王宮前の騒ぎがここまで届いてる。
(時計台の下で待ち合わせなんだけど……あ、いたいた。良かった、移動してなかったみたい)
鮮やかな赤髪を揺らしたエディが腕時計を確認して、そわそわと辺りを見回している。白いシャツに紺色ジャケットを羽織って、ぴったりとしたデニムを履いていた。うん、それでいい。素材の良さが引き立つし、紫色のネクタイとかしてなくて良かった……。ほっとしつつ視界に入らないように動き、後ろに回ってその背中をぽんと叩く。
「わっ!?」
「エディさん! お待たせしました! とは言っても、まだ三十分前ですけどね……」
「ごっ、ごめんね? 俺、すごく楽しみでさ……」
「あー、私も楽しみでしたよ……」
「何で虚ろな顔なの? 可愛い」
ふっと笑って、口元に指を当てる。あーあ、こんなさりげない仕草でもときめいてしまうんだから恋愛ってすごい。恋に落ちるということはこういうことなのかと考え、足元を見ているとそっと髪の毛に触れてきた。
「これ、薔薇のバレッタ? 可愛い……あっ! 俺の色かな!? それとも勘違い!?」
「勘違いです。いや、あの」
しまった、エディを拒否するくせが付いてしまっている。エディが戸惑って「だよね、ごめんね? トマトのバレッタを付けていたって何だって、君の自由だよね……?」と呟く。どうやらエディも混乱しているらしい。顔を上げてみると、私を見てはっと淡い琥珀色の瞳を瞠った。
「……それ、ピンブローチ。付けてくれたんだ? てっきり俺は捨てたんじゃないかって」
「捨ててませんけど!? そ、そのっ、大事にしまってあっただけです……」
「あっ、そうなんだね。へー……」
エディは本気で照れると反応が薄くなる。でも、顔は真っ赤だし随分と嬉しそうな笑顔だ。それに腹が立って、軽く腕を叩くと「可愛い~、照れ隠しが可愛い~。回し蹴りじゃない~」と言って感動していた。そうだった、よく回し蹴りをしていたんだった……。
「私、よく考えたら色々と冷たかったかも……?」
「俺の心は毎日折れてたよ、レイラちゃん……あっ、今日。ちゃんと周知しておいたからね!?」
「何をですか?」
「いやぁ~、ほら。みんなにばっちり顔を覚えられているみたいでさ、俺! ウィッグ被ってたのに、これからレイラちゃんとデート? って滅茶苦茶聞かれちゃってさ~。はい! 二回目のデートなんです! 実は初デートじゃないんですよ~、でも声をかけないでください、よろしくお願いします! ってちゃんと言っておいたからね?」
「……すみません、ちょっと今ここで全力で川に沈めてもいいですか?」
「何で!? 俺とのデートは!?」
そんなことは言っちゃいけませんときっちりエディを叱り飛ばしてから、おそるおそる手を繋いで歩く。幸いにも辺りはカップルや家族連ればかりで、注目されなかった。
広場にサーカス団でも来ているのかラッパが響き渡り、わぁっという人々の歓声が聞こえてくる。立ち並ぶ屋台からはタラのすり身団子が入ったスープの美味しい匂いに、シナモンと砂糖がたっぷりまぶされたドーナッツ、バターがたっぷりのワッフルの甘い匂いと、温かい紅茶とチョコがかかったマシュマロが焼けてゆく匂いが漂ってきた。
「どうする? 何を食べる!?」
「言うと思いましたよ、エディさん! ドーナッツ食べましょう、ドーナッツを! あっ、でもハーブ酒も売ってる~、飲みた~い」
「じゃあ、先に飲み物でも買う? でも、手が塞がっちゃうかな……」
「折角だからその、分け合って飲んでみます?」
「あっ、じゃあそうしようかな……」
途端に目が合わなくなって、笑ってしまう。経験豊富みたいな顔をしているくせに、やたらと純粋だ。くすくすと笑っていると、不貞腐れたような顔で「すみません、ハーブ酒を一つだけください!!」と太った店主に向かって声を張り上げる。ほこほこと白い湯気を生み出している、薄い緑色の液体が紙コップの中で揺らいでいた。
「おいっ、おいし~。アーノルド様と一緒だと、飲ませて貰えないから嬉しい~」
「元彼と比べられている気分……!!」
「あっ、ごめんなさい。ぷるぷる震えないで下さいよ……ええっと、一口飲みますか?」
「……飲む!」
「何故、そんなに真剣な顔を……?」
エディがひょいっと紙コップを持ち上げ、意を決して飲み込む。何故か生き残った王族が毒薬を飲むシーンを思い浮かべてしまった。一体どうしてだろう。
「あ、本当だ。美味しい。爽やか。何か……体に良さそうな味がする!」
「っふ、もう。エディさんったらもう……あっ、エディさんの好きなフライドポテトがありますよ~」
「あっ、本当だ……しかもぐるぐる巻きのやつもある! あれにする、ぐるぐるにする!」
「はいはい、ぐるぐるにしましょうね~。正式名称、何て言うんだろう……あれ」
「うまそう! あっ、ベーコンのクレープも食べたい! ベーコンのクレープも!」
「今の時刻は……?」
「十一時! おやつの時間帯です!!」
そのまま二人でぐるぐる巻きのポテトを買って食べて、エディは物凄く悩んだ末に苺チョコクレープを頼んでいた。私はお昼ご飯が控えているので頼まなかったが、苺とバナナ、チョコソースが絡んだカスタードクリームとパイ生地が入っているそれを見て、ちょっとだけ欲しくなってしまう。
「ねっ、ねぇ、エディさん? あの」
「おっと! 垂れてきそう、チョコソースが……ごめん、レイラちゃん。俺、あっちの広場に行って座りたいんだけどいい?」
「勿論! やっぱりこの人混みの中で、クレープを食べるのは難しかったですね……」
「ん、だね~。でもうまい~、甘酸っぱい~」
いつもは噴水しかない広場が収穫祭らしく、飾り立てられていた。色とりどりの風船を売って歩くおじさんとそれに群がる子供達を避けて、何故かゾウの形をしたベンチに座る。座ると、「ぱひょーん」と鼻を動かして鳴いた。
「ゾウってそんな鳴き方するっけ……?」
「ま、まぁ、子供向けなんでしょうね……ええっと、ほら? クレープ貰えません? 一口だけ!」
「いいよ~、一口と言わずどんどんどうぞ~。いっぱいあるし~」
エディが屈託の無い笑顔で差し出してくれる。その紙に包まれたクレープを受け取らずに、エディの手に手を添えて齧り取った。途端に甘酸っぱい苺ともったりとした甘いバナナ、滑らかなカスタードクリームとさくさくとしたパイ生地が口の中で弾ける。美味しい、甘さも意外と控えめだ。
「ん、美味しい……エディさん?」
「いや今、自分の意気地の無さを呪ってるところ……」
「何で……?」
「あと、ピンブローチを見て吹っ飛んでたんだけど。その赤いワンピースも可愛い、よく似合ってるね……」
エディの照れ臭そうな笑顔を見て、胸がきゅんとしてしまった。でも、余計に話を切り出せない……。
「あっ、ありがとうございます。その」
「えっ? 何? 俺も格好良いって?」
「あっ、はい。そう言えば褒めてなかった……格好良いですね、シンプルで一番そういうのがよく似合ってます」
「もっと違うものにしようかと思ったんだけど、兄上にそんなものを着るな! シンプルが一番清潔感があって女受けが良いから! って怒られた……」
「あの女好きの屑に感謝しておきます……ちなみに、何を着る予定だったんですか?」
「紫色のスーツ」
「いや、もう、全部吹っ飛びました……センス最悪ですね、エディさん」
「えっ!? 本当に俺のこと好き!?」
「好きです」
その後「ちゃんと俺の顔見て、好きって十回言ってくれないとやだ~」と面倒臭く駄々をこね始めたエディを放置して、すたすたと歩いていると「ごめんね!? 君の愛を疑っちゃってごめんね!?」と言って腕に縋ってきた。やっぱり、こんな風に慌てているエディを見ると安心する。しょんぼりとした顔のエディに笑いかけ、手を伸ばすとぱぁっとその顔を輝かせた。
「好きですよ、エディさん。だからその、」
「俺も好きっ!! 可愛い~、可愛い~、照れ隠しが可愛い~」
「……さっきからそんなに可愛い可愛いって言ってて、飽きませんか……?」
「飽きな~い、可愛い~」
でれでれとした笑顔のエディを見ると、何も言えなくなる。そのまま手を繋いで歩いて、また屋台を見て回った。少し歩くと、カップル向けの秋薔薇で出来たハート形のアーチがあったのでそれを見て、エディが焦った表情で私の袖口をくいくいと引っ張ってくる。
無言で必死に訴えてくるエディに苦笑して、近くにいたカップルに撮って貰った。私としてはもう少し腕を組んだりとか、手を繋いだりとかして撮りたかったのだが。ふと横を見ると、エディが嬉しそうな笑顔でダブルピースをしていたので渋々諦める。
「本当、そういうところですよ……エディさん」
「なっ、何が……? ああ、あと俺。その、ちょっとだけ外れたところにあるんだけど、水族館に行きたいなって思って」
「水族館? ありましたっけ? この近くに」
「えーっと、先週オープンしたみたいで。小さくやっているんだけど、カップル向けの仕掛けが色々あるみたいで」
「カップル向けの仕掛け……? 突然、穴に突き落とされるとか?」
「そんな恨みがこもった仕掛けじゃないから! こうっ、きゅんきゅんな感じだと思うから!!」
「きゅんきゅんな感じ……まぁ、行きましょうか」
「本当に俺のこと好き……?」
「好きですよ、大丈夫です」
また手を繋いで歩くと、幸せそうな顔で口元を緩める。ああ、いつかのどこかでそんな顔を見たことがあるような気がする。胸の奥がずきりと痛んで、苦しくなってしまった。どうしよう、いつ聞こうかな。
「ああ、あれだね。レイラちゃん。待ってて、俺。チケット買ってくるからさ?」
「いや、一緒に行きましょうよ……ほら、その、手を繋いだままで?」
「えっ、可愛い。永遠に繋いでたい……」
「それは嫌です。でも、今は繋いでたいです」
「しっ、幸せ……可愛い」
ふんにゃりと笑うエディを見て、また挫けてしまう。いいや、本人が話すと言っているんだからちょっとだけ待とう。ふいにルドルフ・バーンズが遺した手紙を思い出した。べったりと赤茶色の血がこびりついた、優美な白い封筒。
(何を書いたんだろう、あの人。あの手紙に……)
いつどこでどうやって死んだのかとか、ハーヴェイは一切口にしなかった。だから私もそれに触れなかった。
(でも、部屋を出る時には生きてたから。きっと大丈夫……)
幼い頃からずっと見ていた父の同級生が、あんなことをするだなんて。こちらに触れて首筋にねっとりとキスをしてきたルドルフを思い出し、震えているとエディが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「大丈夫? レイラちゃん? 体調でも悪い……?」
「あっ、ああ。ごめんなさい、その。ルドルフさんのことを思い出していて……気持ち悪かったなって」
「あ~、だよね! 思いっきり蹴り飛ばしておいて良かった!」
「そう言えば、吹っ飛んでましたよね……あの時」
「うん。軽く助走つけてから、蹴り飛ばしたからね~」
辺りは水族館らしい暗さに包み込まれていた。天井からは青い光が降り注ぎ、両側の水槽には色とりどりのカラフルな魚とサメが泳いでいる。
「わ~、海亀もいる……可愛い!」
「あっ、ほら。レイラちゃん。あっちに何かあるみたいだよ……?」
「物凄くそわそわしてますね……行きましょうか」
人でごった返していてよく見えなかったし、別にいいやと切り替えてカップル向けの仕掛けとやらを見に行く。あからさまな赤いハートの風船と薔薇が飾り立てられたアーチに「カップルさん向け」と書いてあったので、気まずい思いでくぐると、ふわりと甘い苺ミルクのような香りが漂った。
「わっ、すごい。良い香りがする……」
「あっ! 凄い! 触れる! 何かを触れるコーナーだって!」
「ふれあいコーナーですね。何が触れるのかな~」
運が良いことに他のカップルはいなかった。収穫祭のイベントを見に行っているんだろう。エディと二人で横に長い水槽を覗き込んでみると、まず砂が飛び込んできた。茶色い砂が敷き詰められている。そして、その中を白いふわふわの子アザラシに似た魔生物がずりずりと動き回っていた。
「かっ、可愛い~! やだ、可愛い! こんなところにマシュマロアザラシがいるだなんて!」
「ねっ! 飼育が難しいって話だけど……わ~、もちもち~、不思議~」
「きゅっ、きゅっ」
「あっ! 抱っこしてもいいって書いてある! 抱っこ、抱っこ!!」
両腕を伸ばすと黒い円らな瞳を輝かせ、よじよじと登ってきた。かわ、可愛い……。そのマシュマロのようにふわふわむちむちと弾む体を抱っこして、エディを振り返ってみる。
「ほらっ! 可愛いっ!」
「あっ、なんか今俺。カップル向けって真の意味を理解したかもしれない……!!」
「なっ、何の話ですか……? 一体」
「いや、小さいアザラシを抱っこしているレイラちゃんが最強に可愛いなって。そう思ってさ……」
エディが淡い琥珀色の瞳を細めて、私の黒髪を梳かすのと同時にひらひらと白い雪が舞ってきた。どうやら、マシュマロアザラシに触れると降ってくる仕組みらしい。息を飲み込むと、「可愛いな」と呟いて顔を近付けてくる。ぐっと息を飲み込んで、わあああっと叫んで逃げ出したくなる気持ちを封印する。まだ慣れない、ちっとも慣れない。
「っふ、滅茶苦茶嫌がってるように見える……」
「いやっ、嫌じゃないんです。でもまだ、緊張すると言うか……」
「邪魔だな、このもちもちアザラシちゃん」
「きゅっ!?」
エディがアザラシを抱き上げて水槽へと戻し、私を見つめると懐かしい音色のオルゴールが鳴り響く。それに合わせて少しだけ照明も落ちるんだから、水族館って何? という感じだ。緊張してエディの腕に手を添えると、額にキスをしてくれる。ほっとして見つめるとまた笑って、今度はくちびるにキスをしてきた。
「ちょっ、待って、流石にこれ以上はちょっと……!!」
「えっ? 駄目かな? もっとしたい」
「嫌いになりますよ、エディさん……!!」
「え~? 意外と落ち込むからやめて欲しい、それ。言うの」
そう言いつつも、苦笑してぱっと放してくれた。よ、良かった……。まだ慣れない、こういった触れ合いは。
「あー、写真。写真撮りましょうよ、ここで……」
「そうだね。あっ、やった。アザラシちゃんと撮れるんだって。自動か~」
可愛くピンクの薔薇で飾り立てられたコーナーに行って、二人で背に赤いハートが浮かんだアザラシを抱っこして写真を撮る。設置された魔術カメラにお金を払って、写真を二枚取り出した。
「あははっ、よく撮れてる。可愛い~」
「本当だ、エディさん可愛い……!!」
「えっ!? 俺!?」
その後も色々と見て回って、喫茶店で休憩しているとすっかり暗くなってしまった。窓際の席に座ったエディが体を捻って、暗くなった歩道と街路樹を見つめて呟く。
「うわ~、早いね。日が暮れるの……前はこの時間帯、もうちょっと明るかったのにな~」
「ですね……あの」
「うん、話すよ。ごめんね、レイラちゃん……とりあえず出よっか、店」
良かった、話してくれるんだ。お会計を済ませて外に出ると、冷たい空気が襲ってきた。ふるりと震えていると、どこからかマフラーを取り出して巻いてくれる。
「冷えてきたね、随分……ううーん、でもな。人がいないところは……」
「どこか、ええっと、公園にでも行きます……? 私は平気ですよ、別に寒くっても」
「そうだね、お腹もいっぱいだしね……」
「サンドイッチにパスタにと、滅茶苦茶頼んでましたよね……」
「うっ、うん。ごめん。その、どっかレストランにでも入れば良かったかな……」
賑やかなところに行く気分ではなかったので、人でごった返す広場を通り抜けて狭い路地裏に入る。薄暗い路地裏に入って階段を登り、高台を目指した。かつて“彷徨える呪いの木”と戦った場所を目指す。もう辺りはすっかり闇に沈んでいて、頭上の夜空にはぽっかりと美しい月が浮かんでいた。小さな星がいくつも散りばめられ、ちかちかと瞬いている。
冷たい夜風が吹いて、隣を歩くエディがはっと白い息を吐いた。とうとう話してくれるんだろうか、この眩しいエオストール王国の街並みが見渡せる高台で。
「エディさ……ひっくしゅん!!」
「ああっ、やっぱり寒いよね!? ごめんね!? ホットワインでも買ってくるね、俺!」
「えっ、でも……」
「ごめん、少しだけ覚悟をする時間が欲しい……俺、泣いちゃうかもしれないし。もう逃げないから。お願い」
「あっ、はい……」
エディが切ない微笑みを浮かべて、先程くれたマフラーを巻き直してくれる。その精悍な顔立ちを見つめてから頷くと、エディが申し訳無さそうな笑顔を浮かべて「じゃ、買ってくるね。待ってて。すぐに戻ってくるからね?」と囁く。その後ろ姿を見送ってから、深い深い溜め息を吐いた。どうしよう、怖いな。知るのが。どくどくと心臓が鳴り響いている。
「エディさん……」
「あら、偶然ですね。レイラさん」
その虚ろな明るい声に振り向くと、白いダッフルコートを着たフェリシア・ダヴィットソンが立っていた。あっ、騙しちゃってすみませんと言いかけたが口を噤む。彼女はあれを、アーノルドだと思っているから。間違っても、私が変装していたとか思っていないから。
「おっ、お久しぶりです……ええっと」
「ハルフォードさんとデートですか? アーノルド様は?」
「えっ? あっ、ああ。今日は別行動をしていて……」
何故だろう、ぞわりと鳥肌が立った。彼女が私の殺害をほのめかす発言をしていたことを思い出し、硬直する。どうしよう、逃げなくては。エディは? いつ戻ってくる? おもむろに彼女がくたびれた鞄の中から、不気味に赤く光り輝く玉を取り出した。
「私。全部全部調べたんです。レイラさんのことを。だから、これが一番効くんじゃないかって……」
「っレイラちゃん! 危ない!!」
「エディさん!? 何で!? どうして!?」
訳が分からないまま呆然としているとエディが飛び出してきて、ぴかっと赤い光が炸裂した。見えない、何も分からない。それなのにエディが崩れ落ちてゆくのだけが、はっきりと見える。痛いほど、残酷なほどによく見えた。エディが私の両腕を掴んでずるりと崩れ落ち、「呪いか、これは……」と苦しく呟いて倒れる。その光景を見て、頭が真っ白になってしまった。嘘だ、嘘だ。嘘だ。
「エディさん!!」




